トップ猫の文化猫の都市伝説鈴の音で胃潰瘍になる

鈴の音で猫が胃潰瘍になる

 猫の都市伝説の一つである「鈴の音で胃潰瘍になる」について真偽を解説します。果たして本当なのでしょうか?それとも嘘なのでしょうか?

伝説の出どころ

猫の胃潰瘍と鈴の関連性は証明されていない  ネット上では一昔前から「猫に鈴をつけていると、音のストレスで胃潰瘍になる」という都市伝説が流布しています。「胃潰瘍」(いかいよう)とは胃酸の影響で胃の壁に穴が開いてしまった状態のことで、人医学の分野では肉体的・精神的ストレスとの密接な因果関係が証明されています。しかし猫のストレスと胃潰瘍の関係については、誰一人として説得力のある情報源を示せていません。
 専門性の高い獣医学書を当たっても、鈴と胃潰瘍を結び付けるような記載はどこにも見当たりませんので、少なくとも実在した症例を基にして生まれた風説というわけではないようです。例えば「スモールアニマルインターナルメディスン」(インターズー, P476)内では、「ストレス性潰瘍は、外傷、手術、およびエンドトキシン血症に続発する重度の循環血液量減少、敗血症、または神経性ショックにより起こる」と記載されており、音響ストレスと胃潰瘍の関係性に関しては全く触れていません。また「小動物の消化器疾患」(文永堂出版, P150)では「ストレス(?)」という具合に、胃潰瘍と精神的ストレスとの因果関係を、そもそも不確かなものとしてとらえています。ですから「鈴の音で猫が胃潰瘍になる」という都市伝説は、医学的な事実を基にして生まれたというよりは、どこかの誰かが人間における症例に着想を得て考え出した作り話と考えた方が妥当でしょう。
 しかし、もしこの言い回しが「耳元で鳴り響く音は猫にとって多大なるストレスになりうる」という表現の比喩として用いられているのならば、話は別です。

伝説の検証

 自然界に存在しない音は、動物にとってストレスの原因になることが確認されています。例えば2005年に行われた実験によると、聞き慣れない音を繰り返しラットに聞かせたところ、交感神経から「ブラジキニン」と呼ばれる化学物質が大量に放出され、それが「プロスタグランジンE2」という物質を介して痛覚過敏を引き起こしたといいます。また同時に、副腎髄質からの「エピネフリン」分泌を促し、痛覚過敏を長引かせたとも。さらに2002年、コンセントにつないだ状態のテレビの近くに実験的にシマリスを置いたところ、超音波による音響ストレスで2日もしないうちに死んでしまったといいます(Meredith, 2002)。
猫の耳は高性能なので、音響ストレスには弱いと考えられる  上記実験はいずれもげっ歯類に関するものですが、残念ながら猫には全く関係がないと言い切れるだけの根拠を見つけることはできませんでした。その代り、「猫にも大いに関係がある」と思わせるような証拠なら、山ほど見つかります。例えば、猫の耳の中にある耳小骨(じしょうこつ)は「ツチ骨柄:キヌタ骨長脚=3.1:1」と人間の3倍近い比率になっており、わずかな音でも20倍以上に増幅する能力を持っています。また聞き取れる周波数の範囲は人間の20~20,000ヘルツに対して25~75,000ヘルツと、高音域に対する感度がずば抜けています。つまり猫は耳がいいのです。このような優れた聴覚を持つ猫の耳元で、自然環境には存在しないチリンチリンという高音を絶えず鳴らし続けると、一体どうなるでしょうか?胃潰瘍になるかどうかは別として、ラットやシマリス同様、かなりのストレスを感じるだろうことは容易に想像が付きます。

伝説の結論

うるさい音は動物全般に対して大きなストレスを与える  音響ストレスが猫の胃潰瘍の原因になるかどうかは分かりません。しかし人間界を見回してみると、大音量の音楽が人間の捕虜に対する拷問として用いられたり、電車の中における迷惑行為の中で、「騒々しい会話・はしゃぎまわり」がランキング1位を獲得しているという事実があります。こうした事実から考えると、やはり猫も「大きな音」や「予期しない音」に対し、人間と同じようにストレスを感じているのではないでしょうか。ひょっとすると、人間よりも聴覚が優れている分、環境中の音から私たち以上のストレスを感じているのかもしれません。
 こうした推察を基に、猫の耳を野生環境には存在しない不自然な音響ストレスから守る方法を考えると、以下のようなものになります。
音響ストレスを減らす方法
  • 使用していない家電製品はコンセントから抜く
  • そもそも猫を放し飼いにしない
  • 首輪と鈴の代わりにマイクロチップを装着する
  • 家の中では猫を踏まないよう気を付ける
高齢猫のFARS
 2015年に行われた研究により、特に高齢猫において「高い音」がてんかん発作の引き金になる可能性が示されました。具体的には「アルミホイルをしわくちゃにする」、「スプーンでセラミックの器を叩く」、「コップをチーンと鳴らす」などです。「FARS」(ネコ聴源反射性発作)と命名されたこの種のてんかんは、鈴の音によって引き起こされる可能性を否定できません。ですから、てんかん持ちの高齢猫がいる家庭においては特に、鈴の装着を控えることが望まれます。猫のてんかん