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猫は死ぬ前に姿を消す

 猫の都市伝説の一つである「死ぬ前に姿を消す」について真偽を解説します。果たして本当なのでしょうか?それとも嘘なのでしょうか?

伝説の出どころ

 「猫は死ぬ前に姿を消す」という風説は非常に古くから日本国内に流布しています。例えば民俗学者・柳田國男は随筆「どら猫観察記」の中で「第一に猫の終わりというものが、いつの場合にも我々の知解の外にあった」と語っており、少なくとも大正末期~昭和初期の時点で、「死ぬ間際の猫がいなくなる」という考え方が一般的であったことが伺えます。しかしその起源をさらにたどっていくと、昭和初期よりはるか以前の江戸時代にまで遡(さかのぼ)れることが明らかになりました。 大和本草・第十四巻に記された「猫」の項
 「大和本草」(やまとほんぞう)は江戸時代の生物学・農学書。1709年、貝原益軒(かいばらえきけん)の著作とされています。その第14巻の中には「猫」という項目があり、「凡ソ猫ノ他獣ト異ルコト九アリ」、すなわち「猫には他の動物とは異なる点が9つある」と述べています。具体的には以下。 大和本草・第十四巻
猫の9大特徴
  • 1=機嫌がよい時顔を洗う
  • 2=喜ぶ時ゴロゴロいう
  • 3=気分が盛り上がった時爪をとぐ
  • 4=よその子猫に乳を与える
  • 5=朝昼晩で瞳の形が変わる
  • 6=鼻が常に冷たい
  • 7=のどをなでると喜んで首を伸ばす
  • 8=死ぬときは人から見えないところに隠れる
  • 9=マタタビを好み、葉・茎・根をしきりに体にこすりつける
 注目すべきは8番目の項目で、「死ヌル時人ニカクレテ人ノ不見處ニテ死ス」、つまり「死ぬときは人から見えないところに隠れる」という性質がはっきりと述べられています。このことから、今日よく聞く「猫は死ぬ前に姿を消す」という風説が、今から300年以上前の江戸時代中期の時点で、すでに存在していたことがわかります。
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伝説の検証

 「猫は死ぬ前に姿を消す」という現象は、少なくとも江戸の中期には観察されていたようです。しかしその背景にある理由については、数百年の時を経た今もなお、謎のベールに包まれています。

民話的な起源

 「猫の伝説116話」の著者・谷真介氏は、北は北海道から南は沖縄まで、日本各地に点在する猫の民話を集めていくうちに、ある一つの共通点があることに気づきました。それは「それまで可愛がられていたはずの猫が、ある日を境に人間の元を離れて二度と戻って来なくなる」というエンディングがやたらに多いということです。具体例としては以下のようなものがあります。
民話に見る猫の出奔
  • 「耳嚢」より 寛政七年の春のある日のこと。江戸牛込のとある寺に飼われていた猫が庭先の鳩を狙っているのを和尚が見つけ、鳥を追い散らすと、猫が思わず「残念!」と口走った。びっくりした和尚は逃げようとする猫を捕まえ、なぜ人語を話せるのか詰問した。猫が言うには「十年も生きれば人間の言葉を話せるようになる」、そして「狐と交わって生まれた猫は、生まれたときから人語を解する」とのこと。秘密を話してしまった猫は、和尚に向かって丁寧に三度頭を下げ、そのまま振り返りもせずに寺から出て行った。
  • 「聴耳草紙」より 岩手県遠野の里に右平という男がいた。ある年の冬、右平は奥方を残し、子供たちを連れて芝居を見に出かけた。すると飼っていたトラ猫が、留守番をしていた奥方に突然話しかけ、声も朗らかに浄瑠璃を語り始めた。誰にも言ってはいけないと釘を刺されたものの、奥方はその夜、この出来事をついつい夫の右平に話してしまう。すると翌朝、奥方はのどを噛み切られて死んでおり、トラ猫も家を出たまま二度と戻ることはなかった。
  • 「ふるさとの伝説」より 青森県津軽黒石に三左衛門(さんじやむ)という男がいた。秋のある日、彼が弘前の城下町からの帰り道、林の中で一服していると、地蔵の裏手から人の声が聞こえる。いぶかしく思って覗いてみると、背の低い子供たちが五、六人、手拭いをかぶったり胴衣をまとったりして踊っていた。すると中の一人が「今日は三左衛門がいないから調子がでねぇ」と言うではないか。よくよく聞いてみると、どうやらこれは自分のことではなく、家で飼っている猫のことらしい。家に帰った三左衛門は猫に向かい「お前が来ないと調子が出ないと言っておったぞ」と話しかけた。すると猫は一声「ニャー」と鳴き、そのまま二度と戻ってはこなかった。
 これらの民話は、まず先に「猫はよくいなくなる」という現象があり、そこに着想を得て生み出されたのかもしれません。あるいはただ単に、物語を終わらせる時の幕引きとして「いなくなる」という設定が好都合だっただけかもしれません。しかし逆に、まず先に民話があり、記憶に残りやすいエンディング部分だけが口伝の中で一人歩きし、いつしか「猫は最後に人前からいなくなる」→「猫は死ぬ前に姿を消す」という風説になったという可能性も考えられます。もし後者のパターンが成立するならば、それは風説の民話的な起源と言えるでしょう。 猫の伝説116話(梟社)

風習的な起源

 一昔前まで日本各地には「猫に年期を言い渡す」という奇妙な風習があったようです。ここで言う「年期」(ねんき)とは、飼養してあげる期限のことで、「3年だけ飼ってやる」と事前に年期を言い渡しておけば3年後に、「5年だけ飼ってやる」と言い渡しておけば5年後に、猫が自然と姿を消すと信じられていました。
 大木卓氏の「猫の民俗学」では、こうした奇妙な風習の背景として「猫が年を取りすぎて化けてしまうことを恐れる人々が多かった」という点を指摘しています。猫の年期について言及している文献としては、以下のようなものがあります。
猫の年期・具体例
  • 怪猫奇談(1902) 奇態の事には猫は三年なら三年と年を期して飼うと三年目にはどこへか行ってしまう。
  • 石川県鹿島郡誌(1928) 猫を飼うとき何年と年数を限らざれば永年ながらいついに猫股となりて仇を成す。
  • 孤猿随筆(1939) 猫は飼う始めに年期を言い渡すべきもので、そうするとその期限が来ればいなくなるともいう。
  • 年刊民俗採訪(1951) 雄猫を飼うときには、三年飼ってやると年期を言い渡してから飼うとその年限が切れればいなくなる。雌猫なら言わなくてもよい。
 上記したような風習が、いつの間にか「死ぬ前に姿を消す」という風説に変化していった可能性は十分に考えられます。例えば「猫に年期を言い渡す」→「しかるべき時が来ると猫が勝手にいなくなる」→「死ぬ間際になると猫いなくなる」といった具合です。こうした流れが実際にあったのだとすると、それは風説の風習的な起源と言えるでしょう。 猫の民俗学(田畑書店)

動物行動学的な起源

 イギリスの動物行動学者デズモンド・モリス氏は、著書「キャットウォッチング」の中で「なぜ、死ぬときに独りになりたがるのか」ということについて言及しています。彼はこの現象を「偶然ではなくて、猫の行動の典型的な特徴である」と述べ、その理由を「闘争・逃走反応」の一種ではないかと推測しています。「闘争・逃走反応」とは、自分の身に降りかかる危険を察知した動物が、交感神経系を通して体の興奮レベルを高め、敵と戦う「闘争」や、敵から逃げる「逃走」に適した体の状態を作り出すというものです。 人目につかない場所に隠遁した猫たち  彼の考えをまとめるとこうです。まず体調不良を抱えた猫は、その不調の原因を見えない敵からの攻撃と解釈し、「闘争・逃走反応」で対応しようとします。しかし戦う相手がいないため、必然的に残された「逃走」の方に頼るしかありません。その結果が「身を隠す」という行動になります。具合が悪い状態で見えざる敵から隠れていた猫は、体調が回復しないまま死んでしまうこともあるでしょう。このようにして「人目につかない場所で猫が死ぬ」という現象が発生します。
 上記した流れが、モリス氏の目から見た「猫は死ぬ前に姿を消す」という現象の発生メカニズムです。さらに彼の説を裏付けるかのような研究結果もあります。1992年、アメリカのMcCuneが行った調査によると、「悪い環境に置かれた猫は、積極的に異常行動を示すというよりも、むしろ不活発になる」そうです。もしモリス氏の「逃走反応説」が成立するならば、それは風説の動物行動学的な起源と言えるでしょう。 キャットウォッチング2(平凡社)
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伝説の結論

 「猫は死ぬ前に姿を消す」という都市伝説は、おそらく現実と虚構とがないまぜとなり、数百年の時間をかけて固定化されたのでしょう。過去の文献に見られる逸話的な記述、および動物学的な解説などから考えると、死期が近づいた猫が勝手にどこかに行ってしまうという現象は、現実世界で十分に起こり得ることと考えられます。 日本昔ばなし「猫山の話」  民話の中なら、人前から姿を消した猫たちは、熊本県阿蘇にある「猫岳」に代表されるようなサンクチュアリに集まり、迷い込んだ旅人をたぶらかして生き延びていくこともできるでしょう(上画像:日本昔ばなし「猫山の話」より)。しかし現実の世界において、出て行ったきり帰ってこない猫たちを待ち受けているのは、悲惨なものばかりです。あるものは帰り道が分からなくなり、そのままノラになることを余儀なくされることもあります。またあるものは交通事故に巻き込まれ、そのまま短い生涯を終えてしまうこともあるでしょう。各都道府県の清掃局が記録している「飼い主が不明な動物死体」という項目が物語っているのは、行き倒れた動物がたどる過酷な現実です。
 長年可愛がってきた猫の死に目に会えないと言うのは、非常に悲しいことで、時としてペットロスの引き金になってしまうこともあります。ですから飼い主は「猫は死ぬ前に姿を消す」ことを当然と考えるのではなく、「猫の最期は絶対に看取る!」という気持ちを持っておきたいものです。以下でヒントになるページをご紹介します。
猫の最期を看取るために
  • 猫を室内で飼うためには?→こちら
  • いち早く猫の病気を見つけるためには?→こちら
  • 猫のストレスを軽減するためには?→こちら
  • 老猫の介護をするには?→こちら
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