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猫は死人を生き返らせる

 猫の都市伝説の一つである「死人を生き返らせる」について真偽を解説します。果たして本当なのでしょうか?それとも嘘なのでしょうか?

伝説の出どころ

 「猫が死人を生き返らせる」という風説の出どころは、江戸時代に成立した猫股伝説だと思われます。「猫股」(ねこまた)とは年老いた猫が変身したバケモノのことで、人間の言葉をしゃべるほか、様々な妖術を使うと考えられていました。猫股が行う代表的な怪異の一つが、「死人を踊らせる」というもので、具体例は以下に述べるような文献中に散見されます。
死人と猫股の怪異
  • 反古風呂敷 現在の千葉県に当たる栗ヶ沢という村で、とあるやもめ暮らしの老婆が死んだ。土地の若者たちはいたずら半分で、遺体の上に三毛猫を置き、どんな怪異を成すかを確かめようとした。すると不思議なことに、死人が起き上がって歩き出し、眼光鋭く睨みつけてきたではないか。皆驚いて逃げ出すが、老女は外まで追ってくる。そしてまるで猫のようにひらりと屋根に飛び乗ると、あれよあれよと言う間に行方が分からなくなってしまった。野原で老女の体が見つかったのは、それから数日過ぎてからのことだった。
  • 黄菊花都路 通夜の晩、風もないのにろうそくの炎が消え、突然念仏の声が聞こえ始めた。すると年老いた三毛猫が姿を現し、ひらりと棺桶の上に飛び乗ったかと思うと、たがが外れて中の仏が踊り出した。 「黄菊花都路」内の猫股の怪
 後者の例は1850年(嘉永3)、二代目十返舎一九(じっぺんしゃいっく)作・「黄菊花都路」(こがねのきくはなのみやこじ)の中に登場する場面です。このお話は「草双紙」(くさぞうし)と呼ばれる、江戸版の「絵本」に載せられたものですので、子供にも理解できる親しみやすいコンテンツが、徐々に人々の話題となり、江戸の町に広まっていったことは想像に難くありません。これが「猫が死人を生き返らせる」という都市伝説の源流になったと考えられます。
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伝説の検証

 「猫が死体を生き返らせる」という超常現象は、バカらしくて検証するまでもありません。しかし昭和の猫博士で「猫の歴史と奇話」の著者・平岩米吉氏が言及しているように、「猫が死体に近づく」という現象自体は、実際に起こりえるかもしれません。

死のシグナルを感知する

 猫は、死期が近い人や死んで間もない人が発する何らかのシグナルを感知できる可能性があります。
人の死を予言する猫として有名なオスカー  死期を予言する猫の実例としては、オスカーが有名です。2005年、アメリカ・ロードアイランドにあるリハビリ施設に引き取られたこの猫は、ある特定の患者の匂いを嗅いだりじっと見つめた後、その横で丸くなるという「死の予告」をするようになりました。2010年までの5年間で50件近くの死期を正確に予測したといいます。メカニズムは分からないものの、「死期が近い人が発する何らかの化学物質を、未知のルートを通じて感知している」という仮説が、可能性の一つとして検討されています。
 江戸時代の猫にオスカーと同じ能力があったとすると、死期が近い人に近づくという奇妙な現象も散見されたことでしょう。

死臭を嗅ぎ取る

 死んで間もない人が発する「死臭」をかぎ分ける可能性としては、1978年にアイバーソンが行った実験が示唆に富みます。
 彼はビニール袋にイワイグアナの幼体を入れ、猫から見えないようドア向こうの部屋に隠しました。すると猫はしきりにドアをひっかいて隣の部屋に入ろうとし、入るや否や、30秒以内に袋を見つけることができたといいます。さらにこの能力は、トカゲを布製の袋に入れ、高い棚のてっぺんに隠しても変わらなかったとも。このように猫は、獲物を探る際に嗅覚を用いていることは確かなようです。
 人間の死体が、生きているイグアナに匹敵するような特徴的な匂い、いわゆる「死臭」を発しているのかどうかは分かりません。また、仮に死臭というものがあったとしても、それを「自分の獲物だ!」として認識したかどうかも不明です。しかし猫は、犬よりは劣るものの、人間よりははるかに高性能な嗅覚を備えています。私たちには感知できない何らかの匂いを死者から感じ取り、それに惹かれて近づいたとしても、不思議ではありません。

新奇な匂いに惹かれる

 好奇心に駆られた末の行動が、「猫は死者に近づく」という現象として観察される可能性があります。
 家の中で死者が出ると、遺体をくるむ装束や棺桶など、日常生活の中では用いられることのないアイテムが次々と用意されます。こうした新奇なものが発する臭いは、猫にとっては初めて接する物ばかりですので、好奇心をそそられることもあるでしょう。その結果、「あの匂いは何だ?!」という具合に死体や棺桶に近づいてクンクンするかもしれません。昔の人は、猫が見せるこうした自然な探索行動を「猫は死者に近づく」と勘違いしたのではないでしょうか。

火に惹かれる

 猫は死体そのものではなく、死体の近くにある火に惹かれて近づいていく可能性があります。一つは「ろうそくの炎」、そしてもう一つは「行燈の油」です。

ろうそくの炎

 寒い季節になると猫は暖かい場所を見つけてそこで丸くなるのが常です。暖かい場所の近くに、こじんまりした箱状のものがあればなお喜ぶでしょう。つまり、ろうそくの炎が作り出す熱と、ろうそくの近くにある棺桶が、猫にとっておあつらえ向きの寝床を提供した可能性があるというわけです。

油の匂い

 油の匂いが猫を引き付けた可能性も無視できません。1850年、動植物の奇談・怪談を集めた「想山著聞奇集」(しょうざんちょもんきしゅう)に興味深いエピソードが見られます。概要は以下。
 文政の頃(1818~29年)、ある男が品川の旅籠に泊まった。夜になり辺りが静まると、宿の飯盛りの女が男の寝息をうかがい、行燈(あんどん)の位置を変え出した。奇妙に思って寝たふりをして見ていると、なんと女は行燈に顔を入れて油を吸い始めた。男はぞっとして宿を飛び出し、隣の旅籠にほうほうのていで駆け込んだ。
 この話のオチは、女は化け物でも何でもなく、ただ単に油を舐める癖があったというものです。当時、下層の人々の中には、空腹に耐えかねて魚油などを原料とした燃料用の油を舐めるものが実際にあったとのこと。こうしたエピソードを聞くと、空腹の猫が油の匂いに釣られ、行燈が置いてある部屋にやってきたという可能性は十分に考えられます。
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伝説の結論

 「猫が死人を生き返らせる」という都市伝説は、「猫股が死者を踊らせる」という空想的なエピソードと、「猫は死者に近づく」という現実的なエピソードとが、長い時間をかけてブレンドされ作られたものと推測されます。
 この都市伝説は今もなお、「枕元に箒を置く」とか「遺体の上に守り刀を置く」という葬送儀礼として残っています。こうした儀礼の目的は、一般的に「死者に魔物が取り付くのを防ぐため」と言われていますが、ここでいう「魔物」とは、そもそも猫股のことだったと考えられます。時代の変遷とともにいつしかその起源は忘れ去られ、慣習だけが取り残されました。この形骸化は、今から百年以上前の明治時代において、すでに成立していたようです。
 猫に関する最初期の専門書「猫」(1910年)の中には、著者である石田孫太郎氏がお寺の老僧に対し、猫を棺桶の前から遠ざける理由と棺桶の上に刀を置く理由について尋ねるというくだりがあります。老僧曰く、
 棺の上に刀を置くのは火車(かしゃ=妖怪の一種)が来ないようにとの注意に他ならない。しかしこれはお寺の儀式というわけではなく、一般に流布している慣習がいつの間にか葬送儀礼の中に入り込んで来ただけだ。別に悪い習慣では無いため、あえて咎めることはしなかった。そうしたらそれがいつの間にか仏教各派を通じての習慣になってしまった。
 このように、明治時代後期の時点ではすでに、「遺体の上に守り刀を置く」ことと猫股との関連性がぼやけてしまっています。現代においてその正確な由来を知らない人が多いのは、当然と言えば当然でしょう。
 不思議なことに、日本の慣習とほぼ同じものが欧米の一部の国にはあるようです。迷信について解説した「Black Cats & Four-Leaf Clovers」の中では、「葬式を控えた死体に猫が近づかないように遠ざける」というものが紹介されています。万が一、猫が死体に乗ってしまうと、「死者の魂が危険にさらされる」か「死体を次に見た人が死んでしまう」とのこと。こうした迷信があるため、葬式が終わるまで猫をカゴなどに入れて隔離しておくのが常だったそうです。この迷信の起源は定かではありませんが、「説明不能なことはすべて魔女のせいである」と考えられていた中世ヨーロッパの固定観念が、魔女の使いである猫にまで波及したのだろうと推測されています。 Black Cats & Four-Leaf Clovers(Perigee Book)
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