トップ猫の文化猫の浮世絵美術館歌川国芳展妙でんす十六利勘

妙でんす十六利勘

 江戸時代に活躍した浮世絵師・歌川国芳の残した猫の登場する作品のうち、妙でんす十六利勘について写真付きで解説します。

作品の基本情報

  • 作品名妙でんす十六利勘
  • 制作年代1845年(江戸・弘化2)
  • 落款一勇斎国芳戯画
  • 板元遠州屋又兵衛
妙でんす十六利勘のサムネイル写真

作品解説

 「妙でんす十六利勘」(みょうでんすじゅうろくりかん)は、右上部にあるコマ絵の中の「十六羅漢」(じゅうろくらかん)と、それをパロディ化して描いた手前の女性とを見比べて楽しむシリーズの一枚です。「羅漢」が「利勘」という言葉に置き換えられています。十六羅漢とは仏の命を受けて永くこの世に滞在し、一般大衆を救済する役割をもった16人の聖者のことで、「利勘」とは損と利益を考えて抜け目のない様子のことを表します。
 「妙でんす十六利勘」シリーズには、「短気者損者」(たんきものはそんじゃ)・「奢羅損者」(おごらそんじゃ)・「我慢損者」(がまんはそんじゃ)・「煩悩損者」(ぼんのうそんじゃ)などがありますが、猫が登場するのは「降那尊者」(ふるなそんじゃ)と「朝寝者損者」(あさねはそんじゃ)の2枚です。
降那損者(ふるなそんじゃ)  右上部のコマ絵でピックアップされているのは、十六羅漢ではなく十大弟子の一人に数えられている「降那尊者」(ふるなそんじゃ, 富楼那尊者とも)という人物です。パロディ化した手前図では「そもそもふるという事にとくな事はまれなり」という上部の一文に象徴されるように、「ふる」という行為にまつわる様々なデメリットを列挙しています。すなわち「ふるのは損じゃ」(ふるなそんじゃ)というダジャレですね。
 具体的には「尾をふつてくるかいいぬにも手をくハるる事あり」や、「しりふりをおどれバほころびをきたし」といったものから、「ふるふんどしハしめられず」(古いふんどしは締められない)、「ふるぎをかへバはやくわるくなり」(古着を買えばすぐ着れなくなり)などダジャレ交じりのものまで、「ふる」という言葉にかかわる様々なことをあげつらっています。さらに雪が「降る」と、「いぬハおばさまといつてよろこべどねこはいやがる」とあり、猫が女性の懐(ふところ)に入ろうとしている場面のヒントになっているようです。ひょっとしたら家の外では雪が降っているのかもしれませんね。
江戸時代に使用された長火鉢  ちなみに女性が使っているのは「長火鉢」(ながひばち)といわれる火鉢の一種で、箱型で引き出しなどの物入れが付いているのが特徴です。猫が足をかけている部分はその名も「猫板」(ねこいた)といい、ほどよい暖かさがあるため、江戸時代の猫たちの指定席になっていたようです。猫が足蹴(あしげ)にして下に落下したのは「よせ本」という題名の本、キセル、そして煙草入れらしき小物です。江戸時代の家の中の光景が生き生きと伝わってきます。
朝寝者損者(あさねはそんじゃ)  右上部のコマ絵でピックアップされているのは、十六羅漢ではなく十大弟子の一人「阿那律」(あなりつ)でしょうか。上部の文中では朝寝坊のデメリットについて語っています。阿那律は祇園精舎(ぎおんしょうじゃ=中インドにあった寺院の名)で釈迦の説法中に眠ってしまい、釈迦に叱責されると、不眠不休の誓いをたて、決して横にならないという修行をしました。これを心配した釈迦仏は「もう眠ってもよい」と諭しましたが、彼は己の立てた誓いを全うしてついに失明。しかしその失明により、天眼を得たとされる人物です。そうした逸話を念頭に置くと、「朝寝は損じゃ」という教訓的な文章内容ともつじつまが合いそうです。
江戸時代に使用された歯ブラシ・房楊枝  さて、手前の女性が手に持っているのは、江戸時代の歯ブラシとも言える「房楊枝」(ふさようじ)で、かわ柳などの小枝の先端を煮て鉄鎚(てっつい)などで叩き、木綿針のくしですいて木の繊維を柔らかい房状にしたものです。着物がはだけた様子や歯磨きの準備をしていることから察して、この女性は起き抜けなのでしょうか。傍らにはしっぽを立てて頭をすり寄せている猫の姿があります。しっぽを立てるこの行動は、猫が「子猫モード」になって甘えているときに出るしぐさですので、寝床からおきて顔を洗い、歯を磨こうとしているしているときに「ごはんまだぁ~?」といった感じで擦り寄ってきたのかもしれません。「あらら・・朝から食いしん坊ねぇ」とでも言いたげな女性のやわらかい表情が印象的です