トップ2019年・猫ニュース一覧4月の猫ニュース4月1日

カラカミ遺跡の骨は本当に日本最古のイエネコか?

 カラカミ遺跡で発掘された骨から「弥生時代にはすでに猫がいた」と考えられています。ではいったい何を根拠にそう判断したのでしょうか?

カラカミ遺跡の「ネコ」の骨

 2019年3月19日、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館の「先史・古代」展示室が大幅にリニューアルされました。その中で目を引くのが、弥生時代の暮らしを再現した高床倉庫に置かれている2体の猫の像です。この展示物は「弥生時代にはすでに猫がいた」という前提に基づいているようですが、何を根拠にそう判断したのでしょうか?
 弥生時代(紀元前10世紀~紀元後3世紀中頃)の日本にはすでにイエネコ(felis catus)がいたという前提の根拠になっているのは、長崎県壱岐市にあるカラカミ遺跡から発掘されたネコ科動物のものと思われる骨です。具体的には、弥生時代の貝層から若齢個体2体の後ろ足を中心とした骨13点(2008年)のほか、弥生時代の遺構から成獣の橈(とう)骨1点(2011年)が発掘されています。
カラカミ遺跡
 カラカミ遺跡(カラカミいせき)は、長崎県壱岐市にある弥生時代の遺跡。刈田院川上流にある標高80mほどの丘陵に位置しています。 長崎県壱岐市にある弥生時代の遺跡「カラカミ遺跡」  1919年頃に発見されて以来、1952年(東亜考古学会)、1977年(九州大学)、1982~84年(九州大学)、1987年(勝本町教育委員会)と繰り返し発掘調査が行われてきました。発掘物から、主として漁労や交易に従事していた旧石器時代~弥生時代の集落だと推測されています。正確な住所は「壱岐市勝本町立石東触字カラカミ、国柳、川久保」で香良加美神社のすぐ近くです。
 この「猫らしき骨」はその後、奈良文化財研究所で鑑定が進められ、ツシマヤマネコのような野生種ではなく人に飼われたイエネコらしいと判断されました。またAMS炭素14年代測定の結果、今から2,140年前(誤差±25年)のものだと推測されました。紀元前2世紀頃ですので、時代区分で言うとちょうど弥生時代に当たります。

弥生猫はどこから来た?

 カラカミ遺跡で発掘された「猫らしき骨」はなぜイエネコ(felis catus)のものと断定できるのでしょうか?
 日本土着のツシマヤマネコとイエネコの骨を外見だけから見分けることはほとんど不可能ですので、DNA鑑定に頼るしかありません。しかしカラカミ遺跡から発掘された骨に関してはこうした最新科学による検証が行われませんでした。 カラカミ遺跡で発掘された「猫らしき骨」  その代わりに判断材料にしたのが、韓国にある金海フェヒョンリ貝塚で見つかったネコ科動物のものらしい骨の欠片です。しかしこちらの骨もDNA鑑定が行われているわけではなく、状況証拠的にイエネコの可能性があると判断されているだけです。発掘物を展示している金海市の「鳳凰洞遺跡貝塚展示館」ではディスプレイすらありません。 金海フェヒョンリ貝塚における発掘調査の様子  紀元前2世紀頃、日本の長崎と朝鮮半島との間で海路を通じた交易があったことは事実です。奈良文化財研究所の調査班はこの事実に着目し、「カラカミ遺跡で発掘された骨は朝鮮半島から持ち込まれたイエネコである可能性が高い」と判断するに至りました。
 まとめると以下のようになります。
  • 金海フェヒョンリ貝塚で発掘された骨がイエネコのものとは断定されていない
  • 朝鮮から長崎に猫が持ち込まれたという確かな証拠はない
  • カラカミ遺跡で発掘されたこれがイエネコのものだという科学的な(DNA鑑定による)証拠はない
 リニューアルオープンした国立歴史民俗博物館の猫に関連した展示の背景にあるのは、上記したような極めてあやふやな状況証拠から導かれた「弥生時代にはすでにイエネコがいた」という前提です。  ちなみに検証の経緯が記された資料「壱岐カラカミ遺跡」は国立歴史民俗博物館の館内図書室で閲覧が可能です。ただし調査にあたった奈良文化財研究所の松井章氏はすでに他界しています。

弥生猫の時代考証

 さて、カラカミ遺跡で発見された「弥生猫」が朝鮮半島から持ち込まれたものであると仮定し、果たしてその時代の朝鮮にそもそもイエネコは存在していたのでしょうか?
 世界的に見ても、イエネコのものと断定できる考古学的な発見はそれほど多くありません。古代エジプトにおいて家畜化されていた猫は基本的には国外に持ち出すことが禁止されていました。しかし世の常として密輸はあったようです。これらの密輸は主としてフェニキア商人によって行われていたと推測されています。以下では世界各地で発見された猫の遺物に関して簡単にご紹介します。 ドメスティック・キャット第9章
イエネコの遺物
  • パキスタンインダス文明の遺跡ハラッパーではイエネコのものと思われる遺骨が発掘されてます。またチャヌダロと呼ばれる区域では、犬に追いかけられている猫の足跡がくっきりと粘土の上に残っているといいます。時代は紀元前2000~2500年です。
  • パレスチナパレスチナのラキシュでは猫をモチーフとした象牙の立像が発見されています。紀元前17世紀とかなり古いものですが、当時エジプトと密な交易があったため、猫の行き来があったかもしれません。
  • クレタ島クレタ島のミノア文明では猫をモチーフとしたフレスコ画やテラコッタが発見されています。時代は紀元前1500~1100頃です。
  • ギリシアギリシアでは犬と猫がご対面するシーンをモチーフとした大理石のブロックがアテネ博物館に展示されています。時代は紀元前500頃で、当時の猫はまだエキゾチックアニマル的な存在だったと推測されています。
  • イタリアギリシアからイタリア南部に猫が持ち込まれたのは紀元前500年ころだと考えられていますが、紀元前100年頃のモザイク画が発見されている以外、猫に関する目立った遺物はありません。
  • 中国国には紀元前200年以降に持ち込まれたのではないかと推測されています。
アテネ博物館に展示されている犬と猫のレリーフ(BC500頃)  中国に猫が到来したのが紀元前2世紀頃だとすると、地理的に近い朝鮮半島にも同じ頃にイエネコがいた可能性はゼロとは言えません。しかし当時のイエネコは今のようにありふれた存在ではなく、かなり珍しい珍重品でした。プレゼントとして気軽に授受するタイプのものではなかったと推測されます。
 仮に中国と交易があった朝鮮半島にイエネコがいたとしてどの位の数がいたのかは全く分かっていません。隣国である日本にあげるくらいたくさんいたのなら、フェヒョンリ貝塚においてもう少したくさんの骨が見つかっていてもよいはずです。しかし実際には少数の骨の欠片しか見つかっていません。 祭祀用の井戸から回収された猫の完全骨格  韓国・慶州博物館の敷地内にある祭祀用の井戸の中から、確実にイエネコのものとわかる全身骨格が発掘されていますが、これはかなり時代を下った8~9世紀頃のものです。日本では奈良~平安時代初期に相当しますので、「弥生猫」の参考資料にはならないでしょう。

歴史民俗博物館の楽しみ方

 紀元前2世紀の時点で朝鮮半島に既にイエネコがいたということも、朝鮮半島から日本の長崎にイエネコが持ち込まれたということも、状況証拠から導き出したかなり乱暴な推論です。 国立歴史民俗博物館に展示されている猫の立像  国立歴史民俗博物館の展示プレートには「イエネコか?」というクエスチョンマークが付けられているので必ずしも大嘘というわけではありません。しかし言いっぱなしではなく、一般人にも検証できるよう、もう少し科学的なデータを公開して欲しいものですね。
 ちなみに日本国内でこれまでに発見されたイエネコの証拠の中で最古のものは、6世紀末~7世紀初頭のものとされています。具体的には、兵庫県姫路市四郷町にある「見野古墳」の横穴式石室から発掘された須恵器です。ですからカラカミ遺跡で発掘された骨が本当にイエネコのものだとすると、従来の記録を700年以上更新することになります。 見野古墳から発掘された須恵器に残る猫(?)の足跡  ガセネタの可能性はあるとはいえ、2000年前にいた猫たちの姿を思い描きながら博物館を巡るのもまた楽しいでしょう。以下のようなポイントに着目すると楽しめるのではないでしょうか。リニューアルにあたって制作チームが残したノートからの抜粋です。 国立歴史民俗博物館総合展示第1室(原始・古代)の新構築事業

配置とポーズ

☝注目ポイント

ネズミや昆虫から穀物を守る倉庫番としての役割

 弥生猫は縄文時代のイヌのような使役動物や現代のペットのような愛玩動物としての飼い方とは異なっていたと考えられる。また効率性から考え食肉や毛皮だけを目的として飼育していたとは考えにくい。 子猫と母猫の模型のプロトタイプ  穀物自体には関心を示さずに穀物に群がるネズミや昆虫を捕食する習性があったことから、倉庫番としての役目を担っていた可能性が考えられる。

体の大きさ

☝注目ポイント

現代の猫よりも一回りほど小さく、やせ気味

 カラカミ遺跡で発掘された成猫の骨は現代の猫よりも細身で小さいので、母猫は「頭胴長約500mm/肩高約250mm」、子猫は「頭胴長約270mm/肩高約140mm」に設定する。 子猫の模型のプロトタイプ  カラカミ遺跡は交易に特化した漁労民の集落だったものの、現代の港猫のようにエサとして魚を与えていたかどうかは定かではない。むしろ野良猫のようにネズミなどを自力で捕獲していたと推測されるため、体型はやせ気味にする。

被毛パターン

☝注目ポイント

ワイルドタイプとブチ模様

 祖先種であるリビアヤマネコの毛柄やエジプトの絵画に描かれている被毛パターンに従い、模型の1体はワイルドタイプのタビー模様(キジトラ)にする。 ?光胤によるブチ猫の絵画  唐代の絵師・チョウ光胤による絵画「唐チョウ光 寫生 卉 冊 木游蜂山 出谷」の中では白黒斑が描かれていることから、もう1体はブチ模様にする。
国立歴史民俗博物館の住所は千葉県佐倉市城内町117です。小中高校生までは無料で一般は600円になります。