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猫の慢性腎臓病に対するベラプロストナトリウム(ラプロス®)の投薬試験結果

 猫の慢性腎臓病薬として発売されたベラプロストナトリウム(ラプロス®)の投薬試験に関する詳細が一般公開されました(2017.11.20/日本)。

ラプロス®の投薬試験と結果

 ベラプロストナトリウムは2017年1月13日、東レ株式会社が農林水産省から猫の慢性腎臓病治療薬として製造販売承認を取得した経口プロスタサイクリン(プロスタグランジンI2)製剤の一種。同年4月からは「ラプロス®」という商品名で発売されています。投薬試験に関してはこれまで「概要」という形でしか存在していませんでしたが、このたび調査内容の詳細が一般公開されましたのでご紹介します。
 鳥取県にある動物臨床医学研究所を中心とした調査チームは、日本国内に暮らしている慢性腎臓病を自然発症した普通のペット猫75頭を、ベラプロストナトリウム(55μg)を投与する「投薬群」と偽薬(ラクトース)を投与する「偽薬群」とにランダムに振り分け「プラセボ対照無作為化二重盲検比較試験」を行いました。これは、猫に薬を投与する飼い主自身が、薬に有効成分が含まれているのかどうかを知らない状態で行う試験のことです。 東レが開発したベラプロストナトリウムを含む猫用慢性腎臓病薬「ラプロス」  12時間に1度のペースで猫に錠剤を経口投与し、0→30→60→90→120→150→180日目のタイミングで生化学検査や目視検査、飼い主や獣医師による生活の質評価を行ったところ、両グループ間で以下のような違いが見られたと言います。なお、投薬スケジュール遵守の不徹底などにより、最終的な評価対象となったのは投薬群が31頭、偽薬群が32頭です。
投薬群の基本ステータス
  • オス・未去勢=1頭
  • オス・去勢済み=15頭
  • メス・未避妊=2頭
  • メス・避妊済み=13頭
  • 平均年齢=14.1歳
  • 平均体重=4.4kg
  • IRISステージ2=24頭(77%)
  • IRISステージ3=7頭
  • 投薬遵守率=91%
偽薬群の基本ステータス
  • オス・未去勢=1頭
  • オス・去勢済み=14頭
  • メス・未避妊=2頭
  • メス・避妊済み=15頭
  • 平均年齢=13.4歳
  • 平均体重=4.2kg
  • IRISステージ2=19頭(59%)
  • IRISステージ3=13頭
  • 投薬遵守率=94%
ミクロな検査項目の違い
  • 血清クレアチニン濃度偽薬群で上昇(2.8±0.7→3.2±1.3mg/dL | 19%の変化)したが投薬群では不変(2.4±0.7→2.5±0.7mg/dL | 1%の変化)
    両グループの180日時点における格差(濃度で0.8mg/dL | 変化率で18%)は統計的に有意 ベラプロストナトリウム(ラプロス)投与群では血清クレアチニン濃度の抑制効果が確認された
  • 血清リン・カルシウム比偽薬群で上昇(0.46±0.10→0.52 | 14%の変化)したが投薬群では不変(0.50±0.08→0.51 | 3%の変化)
    両グループの180日時点における格差は統計的に有意ではない
  • 血清リン濃度偽薬群で上昇(4.4±0.8→5.1 | 16%の変化)したが投薬群では不変(4.8±0.8→4.9 | 2%の変化)
    両グループの180日時点における格差(2mg/dL)は統計的に有意ではない
  • 血中尿素窒素(BUN)偽薬群で上昇(46.0±11.9→57.4 | 23%の変化)したが投薬群では不変(40.5±13.2→43.1 | 5%の変化)
    両グループの180日時点における格差(14.3mg/d | 18%)は統計的に有意ベラプロストナトリウム(ラプロス)投与群では血中尿素窒素(BUN)の抑制効果が確認された
マクロな検査項目の違い
  • 体重偽薬群で減少(4.19→4.02kg)したが投薬群では不変(4.38→4.22kg)
    両グループの180日時点における格差は統計的に有意ではない
  • 活動レベル元気消失の割合に関し、偽薬群が23%(スタート時)→31%(180日目)と増加したのに対し、投薬群では27%→14%と減少した。偽薬群で有意な悪化が観察された
  • 食欲食欲不振に関し、偽薬群が29%(スタート時)→31%(180日目)と変わらなかったのに対し、投薬群では23%→7%と減少した。投薬群で有意な改善が観察された
  • 副反応・副作用投薬群では16頭で32回、偽薬群では22頭で61回の副反応事例が報告されたが、そのほとんどは慢性腎臓病に関連したものであり、薬の投与とは無関係だった
  • 生活の質飼い主の主観による猫の生活の質に関し、「大いに改善」、「改善」、「やや改善」という回答を総合すると、投薬群で有意に改善が見られた
  • 病状の悪化IRISステージが2から3に悪化した猫の割合に関し、投薬群で13%(3/24)だったのに対し、偽薬群では32%(6/19)だった
    IRISステージが3から4に悪化した猫の割合に関し、投薬群で0%(0/7)だったのに対し、偽薬群では23%(3/13)だった
 腎臓における糸球体濾過量の目安となる血清クレアチニン濃度、および血中尿素窒素(BUN)の抑制が見られたことから調査チームは、ベラプロストナトリウムがすでに発症した腎臓病を治す事はないものの、少なくとも進行を遅らせる効果はあるとの結論に至りました。また投薬治療にありがちな副作用も最小限に抑えられているとも。
A Double-blind, Placebo-controlled, Multicenter, Prospective, Randomized Study of Beraprost Sodium Treatment for Cats with Chronic Kidney Disease.
Takenaka, M., Iio, A., Sato, R., Sakamoto, T., Kurumatani, H. and the KT-140 Clinical Study Group (2017), J Vet Intern Med. doi:10.1111/jvim.14839

ラプロス®は治療薬ではなく予防薬

 慢性腎臓病の進行には、腎臓の線維化とそれに伴う濾過機能の悪化が関わっていると考えられています。腎臓を線維化させる要因には蛋白尿、腎炎、高リン血症などいろいろなものがありますが、近年着目されているのが低酸素による腎組織へのダメージです。
 今回の調査対象となったベラプロストナトリウムは血管内皮細胞で生成されるプロスタサイクリンと同等の作用を持つ成分です。具体的には血管の拡張や血小板の凝集阻害、炎症を促す要因(monocyte chemoattractant protein-1)の発現を阻害し、細胞死を抑制するといった機能を有しています。これらの機能により、腎臓にある微小血管内皮細胞や尿細管内皮細胞における低酸素や炎症、細胞死を抑え込み、結果として腎臓の線維化(慢性腎臓病の進行)を抑制するというのが薬理学的なメカニズムです。
 過去に行われた調査ではベラプロストナトリウムの投与により慢性腎臓病を抱えたラットの血清クレアチニン濃度が低下して生存期間が延長したとか、慢性腎臓病を抱えた人間や糸球体腎炎を抱えたラットの腎臓における低酸素を改善したと報告されています。今回の調査により、猫に対しても同様の効果を有している可能性が強まりました。ただし勘違いしてはいけないのは、変性した腎臓を元に戻す魔法の薬ではなく、あくまでも症状の悪化を食い止める効果しか持っていないという点です。
 気になる副作用に関しても、少なくとも今回の調査では確認されませんでした。しかし、調査期間は180日(6ヶ月)と短いため、5年以上にわたって長期的に投与し続けたとき、一体どのような副作用を招くのかに関しては未知数です。慢性腎臓病に対するスタンダードな薬になるためには、臨床の現場において試験的に投与し、効果や副作用を長期的にデータ収集していく必要があります。この成分は日本独自のものですので、さしあたりは日本国内に暮らしている猫たちが被験動物となって実証していくという形になります。 猫の慢性腎不全 ベラプロストナトリウムを含んだ猫専用の慢性腎臓病薬が登場