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人気猫「リルバブ」(Lil Bub)の病気に関わる原因遺伝子が判明

 世界中にファンを持つ永遠の子猫「リルバブ」。このたび全ゲノムが解析され、特徴的な見た目を作り出している遺伝子変異の候補が明らかになりました。

リルバブとは?

 「リルバブ」(Lil Bub)は2011年6月、インディアナ州の田舎町でマイク・ブリダヴスキィさんが拾った野良猫。アメリカのSNS「Tumblr」において人気に火が付き、Facebookでは瞬く間に100万人を超えるファンができました。今では「永遠の子猫」として世界中の人々から愛されています。詳しいプロフィールをご存じない方は取り急ぎ以下のページを参考にしてください。 有名な猫「リルバブ」  リルバブを一躍有名にしたのはその変わった見た目です。外見上、頭蓋骨と顎骨が未発達なため眼球と舌が常に飛び出した状態にあります。また右上顎に小さな歯の先端が2ヶ所顔をのぞかせている以外、永久歯が生えていません。さらに口蓋骨は完全に欠落しています。食餌には問題ありませんのでご心配なく。 眼球と舌のサイズは通常のまま頭蓋骨が小さいリルバブ  見た目だけでなく医学的にも特徴があります。具体的には広がった骨幹端部、四肢骨のバウイング(弓なりにひしゃげること)、骨密度が高い肋骨と胸骨、長管骨における小さな骨幹端、薄い骨端軟骨などです。
 こうした外見的・医学的な特徴は、「多指症」および「大理石骨症」によって引き起こされていることがわかっています。

リルバブの多指症

 「多指症」(たししょう, polydactyly)とは通常よりも指が多い状態のこと。分類上は軸前(じくぜん)多指症で、親指側に多く指が現れます。リルバブの場合は4本の足全てに指が1本多く付いており、前足12本+後ろ足10本の合計22本あります。ちょうど全ての足に親指が1本余計についている状態です。 多指症のリルバブは4本の足で合計22本の指を持つ

リルバブの大理石骨症

 特徴的な風貌やレントゲン所見から「若年性悪性大理石骨症」と診断されています。これは骨の新陳代謝を促す破骨細胞(はこつさいぼう)の障害によって引き起こされる骨格の病気で、人医学の分野では25万~30万人に1人という割合で発症するきわめて珍しい病気です。大理石骨症を患うリルバブの四肢は短い  正常であれば破骨細胞が古い骨を壊して新しい骨に少しずつ置き換わっていきますが、大理石骨症では破骨細胞がうまく働かず、骨が同じ場所にどんどんと蓄積していきます。その結果が骨密度の異常な上昇、容易な骨折、外見の変貌などです。
 唯一の根治療法は造血幹細胞の移植ですが、リルバブの場合は22ヶ月齢から電磁パルス治療(Assisi loop)を受けており、小康状態を保っています。

リルバブのゲノム解析

 リルバブの抱えている疾患は遺伝学者にとってかねてから興味の対象でした。理由は、疾患遺伝子を特定できれば人医学の領域にも応用できるからです。こうした考え方は「ワンヘルス」(One Health)などと呼ばれ、近年注目を集めています。また原因を特定して治療をテイラーメイドする「プレシジョン・メディシン」(精密医療)という観点からも有用でしょう。
 リルバブのゲノム解析を担当したのはドイツの「マックス・プランク研究所」などを中心とした専門家チーム。解析資金はクラウドファンディングを通して集められました。目標金額6,500ドルに対し、最終的には26%オーバーの8,225ドルを集めて、支援者はアメリカを始め世界中から248人に達しました。
 調査チームがリルバブのゲノムを解析してアビシニアンの「シナモン」からとったレファランスゲノム(参照ゲノムデータ)と比較したところ、およそ600万ヶ所の変異部分(一塩基多型, SNV)が見つかったと言います。しかしこの値は他の猫と比べてとりわけ多くも少なくはないと判断されました。以下はそこからさらに詳細に解析を進めた結果です。
Crowdfunded whole-genome sequencing of the celebrity cat Lil BUB identifies causal mutations for her osteopetrosis and polydactyly
Mike Bridavsky, Heiner Kuhl, Arthur Woodruf, Uwe Kornak, Bernd Timmermann, Norbert Mages, 99 Lives Consortium, Dario G Lupianez, Orsolya Symmons, Daniel M Ibrahim, bioRxiv 556761; doi: https://doi.org/10.1101/556761

多指症の原因遺伝子変異

 リルバブの多指症を生み出している原因遺伝子を突き止めるため、通称「ヘミングウェイキャット」と呼ばれる多指症で有名な猫たちを利用しました。具体的には、これらの猫たちで確認されているネコA2染色体上の「ソニック・ヘッジホッグ」(Sonic hedgehog, SHH)と呼ばれる遺伝子の変異を探すというものです。
 その結果、調査チームの予想通りソニック・ヘッジホッグの四肢特異的エンハンサー内にヘテロ接合変異が確認されました。平たく言うと、母猫の体内で成長している最中に変異遺伝子が作用し、橈骨側(親指側)の指が多くなってしまうということです。 ソニック・ヘッジホッグ遺伝子に変異があると多指症が生まれる  しかし通常、この遺伝子変異によって生み出されるのは前足の多指症です。リルバブの場合は後ろ足も含めた4本の足すべてに多指が現れていますので、別個に調整遺伝子が存在している可能性や全く別の遺伝子が関わっている可能性を否定できないとしています。

大理石骨症の原因遺伝子変異

 大理石骨症は猫においては極めて稀な疾患ですが、レトロウイルス感染によって引き起こされるという症例が少数ながら報告されています。しかしリルバブの場合、代表的なレトロウイルス感染症であるFIVやFeLVには感染していませんでした。
 疾患の原因は遺伝子にあるとの確信を強めた調査チームは、人医学の分野で骨量の変化や破骨細胞の分化に影響を及ぼすことが確認されている遺伝子変異をしらみつぶしに調べてみました。
 その結果、TNFRSF11A遺伝子に影響を及ぼすフレームシフト欠失変異が見つかったと言います。この変異は通称「RANK」と呼ばれる膜横断受容器に影響を及ぼすものでした。
RANK
 「RANK」(Receptor activator of nuclear factor κ B)は細胞の受容器として機能する膜横断タンパクの一種。体内で発現する場所は骨格筋、胸腺、肝臓、大腸、小腸、副腎、破骨細胞、乳腺、上皮細胞、前立腺(男)、血管細胞、膵臓などで、機能は骨の新陳代謝、免疫細胞機能、リンパ節の発達、体温調整、乳腺の発達など多岐にわたる。
 RANKに不具合が生じると破骨細胞の分化と活性化のバランスが乱れ、結果として骨量や外見が変化する。たとえば大理石骨症など。
 猫の全ゲノム解析を進めるプロジェクト「99 Lives Consortium」によってゲノム解析された131頭の猫を調べたところ、リルバブと同じ症状および遺伝子変異を有したものはいなかったといいます。こうした事実から、リルバブの大理石骨症を引き起こしているのはTNFRSF11A遺伝子の変異である可能性がかなり強いと判断されました。
 しかし、常染色体劣性遺伝で発症する人間やマウスにおける大理石骨症と比較したところ、リルバブの外見や症状は必ずしも一致したものではなく、以下のような微妙な違いも確認されました。
リルバブに特徴的な症状
  • 肝臓や脾臓の肥大がない
  • 視覚障害がない
  • 顎骨が未発達
  • 低ガンマグロブリン症がおそらくない
  • ALPレベルが低い
 こうした事実から調査チームは、TNFRSF11A遺伝子の変異が頭蓋骨領域に大きな影響を及ぼすことは確かだが、動物種によって発現の仕方が少しずつ違うのではないかという可能性を指摘しています。またリルバブで特徴的に見られた「ZMPSTE24」遺伝子の変異が影響している可能性があるとも。

リルバブは近親交配の結果?

 リルバブのゲノム中には同型接合性(homozygosity)が多く確認されたと言います。この事からリルバブの両親猫は不明ながらも、おそらく近親交配の結果として生まれてきたのではないかと推測されています。たとえば個体数の少ない猫コロニーなどです。もともとは野良猫だったといいますので、その可能性は大いにあるでしょう。
【動画】永遠の子猫・リルバブ
以下でご紹介するのは世界中にファンを抱えるセレブ猫「リルバブ」の動画です。首に引っ掛けているのは22ヶ月齢から受けているという電磁パルス治療機器「Assisi loop」です。根治療法は造血幹細胞の移植ですが、今の所受ける予定はないとのこと。 元動画は⇒こちら
 変わった物や風変わりなものを珍重して可愛がるのは人間の常です。しかしこうした特徴は病気によって引き起こされていることが少なくありません。リルバブもすでに不妊手術を受けていますので、通常の生殖によっては子孫を残せない状態になっています。
外見が珍しいからと言っていたずらに繁殖をして疾患遺伝子を固定してはいけないですよ。例えば耳が折れた猫や足の短い猫、ドワーフィズム(小猫症)を患って体が十分に成長しない猫などです。