トップ2020年・猫ニュース一覧12月の猫ニュース12月17日

猫腸コロナウイルス(FeCV)の排出タイプに特定の遺伝子が関係か

 病原性は弱いものの、猫伝染性腹膜炎(FIP)の原因になりうることから問題視される猫腸コロナウイルス(FeCV)。消化管から体外に排出される期間や量には猫によって大きな差がありますが、こうした個体差にはどうやら特定の遺伝子が関係しているようです。

FeCVの排出タイプと関連遺伝子

 猫腸コロナウイルス(FeCV)はほとんどの猫が生涯のうち一度は感染することがあるありふれた病原体。このうちの10%未満が猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)に変異し、致死性の高い猫伝染性腹膜炎(FIP)を引き起こすと考えられています。疾患の詳しい内容は以下のページをご参照ください。 猫伝染性腹膜炎(FIP)  FeCVが猫の体内に入ってから便の中に排出されるようになるまでの期間はおよそ一週間で、通常4ヶ月から6ヶ月間継続し、2年ほどかけて排出量が徐々に少なくなっていくとされています。しかし個体によってはウイルス排出が18ヶ月以上継続することが確認されており、それはこれまで「体質」という漠然とした概念で説明されていました。排出個体差にはいまだ多くの謎が残されていますが、チェコのチームが最新の技術を用いて解析したところ、ある特定の遺伝子が関わっている可能性が浮上してきました。
 調査を行ったのはチェコにあるブルノ獣医科薬科大学のチーム。繁殖施設(キャッテリ)で飼育されている合計57頭の猫たちを対象とし、1年間という長期的なスパンでウイルスの排出様式をモニタリングしました。猫たちの基本属性はオス20頭とメス37頭、年齢中央値は23ヶ月齢(3ヶ月齢~14歳)、 品種はメインクーンとブリティッシュショートヘアを始めとした12種です。参加条件としては「少なくとも2頭が密にコンタクトして同じトイレを使っていること」および「1世帯のうち少なくとも1頭がFeCVを排出していること」とされました。

ウイルス排出タイプの分類

 調査開始直前、2ヶ月後、4ヶ月後、12ヶ月後のタイミングで猫たちから便サンプルを採取し、中に含まれるウイルスの有無と、ウイルスがあった場合はその量を長期的にモニタリングしました。その結果、排出期間や排出量によって以下のように区分されたといいます。
排出期間による分類
  • 無排出タイプ=7頭一年のうちに行った合計4回のPCRでただの一度もウイルスが検出されなかった
  • 断続的排出タイプ=15頭未検出を挟み少なくとも2回ウイルスが検出された
  • 不確定タイプ=21頭1~3回連続してウイルスが検出されたが、最初の検査もしくは最後の検査において未検出だったため、断続的排出タイプなのか恒常的排出タイプなのか無排出タイプなのか判然としない
  • 恒常的排出タイプ=14頭一年のうちに行った合計4回のPCR検査で全てウイルスが検出された
ウイルス排出量による分類
  • 無排出タイプ=7頭ウイルス未検出
  • 微小量排出タイプ=4頭1~1000(370~620)
  • 小量排出タイプ=11頭1000~4999(1180~4600)
  • 中等量排出タイプ=24頭5000~99,999(10,000~87,440)
  • 多量排出タイプ=11頭100,000以上(105,480~2,177,500)

排出タイプと関連遺伝子

 ゲノムワイド関連解析(GWAS)などの技術を使い、機能的および位置的な手がかりから免疫系統に関わる13の候補遺伝子に絞り込まれました。次世代シーケンサーによる解析で1つの遺伝子につき数十から数百の一塩基多型(SNPs)を検出し、猫たちの排出様式との関連度を精査したところ、機能面から選別した候補遺伝子「NCR1」、および配置面から選別した候補遺伝子「SLX4IP」、そして4つの遺伝子(SNX5, NCR2, SLX4IP, NCR1)に属する複数のハプロタイプ(相同染色体上の対になっている遺伝子の組み合せ)が、偶然では説明できないレベル(p <0.01)で関わり合っていることが明らかになったといいます。そしてこの関連性は排出様式の両極端に位置する「高濃度・恒常タイプ」と「無排出タイプ」の猫たちにおいてとりわけ顕著だったとも。
 こうした結果から調査チームは、今まで「体質」という漠然とした言葉で説明されてきた猫たちの排出タイプには、特定の遺伝子が関わっている可能性が極めて強いとの結論に至りました。
Candidate Gene Markers Associated with Fecal Shedding of the Feline Enteric Coronavirus (FECV)
Jana Bubenikova, Jana Vrabelova, Karla Stejskalova et al., Pathogens. 2020 Nov; 9(11): 958, DOI:10.3390/pathogens9110958

コロナウイルスと免疫関連遺伝子

 これまで猫伝染性腹膜炎(FIP)の発症に関わりがあるとされる遺伝子の候補領域や、個別の候補遺伝子が提案されてきたものの、そもそもの発症要因であるFeCVと宿主との関係性に関してはそれほど焦点が当てられていませんでした。今回の調査により、病原性が強いFIPウイルスだけでなく、その大元と考えられているFeCVもまた、猫の個体ごとに違った振る舞いをする可能性が示されたことになります。具体的に関わっていると考えられるのはネコ染色体E2上にあるNCR1遺伝子とネコ染色体A3上にある複数の遺伝子です。ネコ染色体A3の特定遺伝子領域に関しては、FIPウイルスに対しても影響を及ぼしていると推測されています。
  • NCR1遺伝子 排出様式との強い関連性が確認されたネコ染色体E2上の「NCR1遺伝子」は免疫細胞の一種であるナチュラルキラー細胞上に発現する細胞傷害誘発受容体(Natural cytotoxicity receptor, NCR)を調整している遺伝子です。
     人においてはNCR1がインフルエンザ、ポックス、キューキャッスル病といったウイルスのヘマグルチニンを認識するとされています。また受容体の土台となるナチュラルキラー細胞は人のコロナウイルス感染において重要な役割を担っており、猫のFIP発症とも関わりがあるとの報告があります。この遺伝子の個体差がFeCVに対する免疫応答の個体差となり、最終的に体外に排出される期間や量を変動させているのかもしれません。
  • SLX4IP遺伝子 排出様式との強い関連が確認されたネコ染色体A3上の「SLX4IP遺伝子」は、DNAの修復に関わっている遺伝子です。
     HIVに感染している人においてSLX4が活性化すると、先天性免疫の感受性やインターフェロンの産生が調整を受けるとされています。またSNX5は免疫細胞が行う飲作用やマクロファージによる抗原処理に関わっているとされています。
     免疫システムと関わりが深いこの遺伝子の個体差が、ウイルスに対する反応の個体差につながっている可能性は大きいでしょう。
猫腸コロナウイルスの排出タイプと関連したネコ染色体A3上の遺伝子  多頭飼育環境に暮らす猫たちは、症状があろうとなかろうと感染と排出を繰り返し、環境中に常にウイルスがいる状態が継続するとされています。また過去にキャッテリーを対象として行われた調査では、何の症状も示していなくても80%以上の猫たちがウイルスを排出していたという報告もあります。この状況はちょうど、コロナウイルスに感染しているけれども症状が出ない一部の人間が、マスクもせず環境中にウイルスを排出してしまう状況と同じです。
ウイルスに対する個体差の謎が明らかになれば、コロナウイルスを軽視している無自覚層への警告にもなるのではないでしょうか。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は猫にも感染するのか?