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猫のウィスカーストレス(ヒゲ疲れ)対策~発生原因から正しい食器選びまで

 猫に関連した書籍やネット記事を通じ、少しずつ知名度を上げている「ウィスカーストレス」(ヒゲ疲れ)。猫のヒゲが食器に当たると、本当に不快感が発生して食事量に影響が出るのでしょうか?

猫のウィスカーストレスとは?

 「ウィスカーストレス」(whisker stress)とはヒゲが食器に触れることによって猫が感じる不快感のこと。ヒゲを後ろに引きつける筋肉に疲労が蓄積する現象は「ウィスカーファティーグ」(whisker fatigue, ヒゲ疲れ)などとも呼ばれます。一般の書籍やネット記事などでは、このウィスカーストレスやウィスカーファティーグを減らすため、なるべく底が浅くお皿に近い食器で餌を与えることを推奨されています。
Whisker stress:
Many cats do not like the feeling of their whiskers touching the side of the bowl. Feed cats from shallow bowls or small plates.
ウィスカーストレス
多くの猫たちはボウルの縁にヒゲが接触することを好みません。餌を与える際は底の浅いボウルや小さめのお皿を使ってください。 Total Cat Mojo / Jackson Galaxy ウィスカーストレスとは猫のヒゲが食器と接することで発生する不快感のこと
 徐々に認知度が広まりつつありますが科学的に実証されたものではないため現段階では都市伝説のレベルに留まっています。果たして本当にウィスカーストレスなるものは存在するのでしょうか?

ウィスカーストレス実証実験

 ウィスカーストレスに関する調査を行ったのはワシントン州立大学のチーム。38頭の猫たち(避妊メス15頭+去勢オス23頭 | 年齢中央値7.5歳)の飼い主に協力を仰ぎ、普段使っているフードボウルから餌を食べる時の様子を録画すると同時に、規定の5分間で食べた量とボウルからこぼしたドライフード粒(キブル)の数をカウントしてもらいました。 ウィスカーストレスフリーを売りにした底の浅いフードボウル  次に「ウィスカーストレスを感じさせない」として市販されているお皿型の食器(↑上写真)で1週間給餌してもらい、十分に慣れたタイミングで上と同じ項目を記録してもらいました。両方のデータを比較したところ、以下のようになったといいます。「食べた量」の単位はカップ、「こぼれた数」の単位は粒、「総時間」の単位は秒です。
食器形状食べた量
こぼれた数
総時間
浅い食器0.2214.3198
深い食器0.211209
 ストレスフリーの食器を使ったときの方がこぼす量が多くなる傾向が見られましたが、食事量と摂食に費やしたトータル時間に統計的な格差は見られませんでした。
 さらに調査チームはストレスフリーの食器での給餌テストが終わったタイミングで、それまで使っていた食器と底の浅い食器を猫の前に同時に提示し、自発的にどちらから餌を食べるかを観察してもらいました。その結果、底の浅い食器を選ぶ確率が74%(24/38)だったといいます。
Evaluation of whisker stress in cats
Jennifer E Slovak, Taylor E Foster, Journal of Feline Medicine and Surgery, DOI:10.1177/1098612X20930190

ウィスカーストレスは存在する?

 上で紹介した調査は「ウィスカーストレス」という言葉が学術論文で初めて使われた記念碑的なものです。その一方、様々な不備があるため解釈は慎重に行わなければなりません。例えば以下です。

食器の深さ

 それまで飼い主たちが使っていた食器に関しては「少なくともストレスフリーの食器よりも幅が小さく底が深い」という漠然とした表記しかされていません。そもそも猫のヒゲが食器の縁に接触していたのがわかっていませんし、餌を食べる時に猫がヒゲを後方に引きつけていたかも不明です。 どちらも確認されていない状態で食器だけ変えても、食器が猫のヒゲに及ぼす影響の検証実験にはならないでしょう。
 また幅の広い食器を使ったことによってフードから発せられる揮発成分(いい匂い)が増え、猫の食事量やがっつき方に影響を及ぼす可能性もあります。さらに食事量の単位が「グラム」ではなく「カップ」だと、計測誤差が生じて正確な比較ができません。

食事のタイミング

 猫たちの食いつきを良くするため、実験では12時間の絶食が指示されました。お腹が空いた状態だとウィスカーストレスよりも食欲が勝り、ヒゲが食器に当たっていようがいまいがガツガツ食べてしまうかもしれません。この状態だとたとえ猫たちがストレスを感じていたとしてもマスキングされてしまいます。

選考試験のタイミング

 猫たちの前に2つの食器を同時に出しカフェテリア方式で自発的に選んでもらいましたが、新しい食器での1週間に渡る給餌期間が終わった直後のタイミングですので、それまで使っていた直近の食器を選ぼうとするバイアスが生まれてしまいます。また食器の置き場所が厳密に左右対称でない場合、手っ取り早く少しでも近くにあるお皿を選ぼうとするかもしれません。実験が飼い主任せで不確実な要素を多く含んでいるため、猫が底の浅い食器を選んだことと、猫がその食器を好んだこととは単純に同一視できないでしょう。

猫たちの健康状態

 実験に参加したのは、少なくとも投薬治療を受けておらず、飼い主の主観で健康とみなされた猫たちでした。事前に獣医師が診察を行い「臨床上健康」という条件を満たしたわけではないため、何らかの隠れた持病が猫の食欲に偶発的な影響を及ぼした可能性があります。

猫のヒゲの筋肉

 猫たちが餌を食べたり水を飲む時は、食器の形状にかかわらず基本的にヒゲを後ろに引き付けますので、そもそも食器が当たることによるストレスというものが存在してるのかはちょっと疑わしいところです。あるとしたら、ヒゲを後方に引きつける筋肉に疲労が蓄積する「ウィスカーファティーグ」の方が確実でしょう。
 触毛(vibrissae)とも呼ばれる動物のヒゲはとても小さな筋肉によってコントロールされています。例えば以下はマウスのヒゲに付着している「スリング」と呼ばれる細かい筋肉群です。1本1本に付着したかなり小さい筋肉が前方への突き出し(protrusion)や後方への引きつけ(retraction)を行っています出典資料:J Dorfl, 1982 | 出典資料:Haidarliu, 2015)マウスのウィスカーパッド拡大写真 ヒゲの根本に付着した毛包筋  猫はマウスのように「ウィスキング」(whisking)と呼ばれるヒゲを用いた探査行動は行いませんのでこれほど発達していないかもしれませんが、疲労が溜まるとしたらこの部位だと考えられます。しかしここまで小さいと、私たち人間がまぶたを上に上げるときに使う眼瞼挙筋と同様、何千回使っても別に疲れは感じない可能性もあります。 猫の毛とひげ・完全ガイド むやみに猫のヒゲを切ると、ストレスの原因になる危険性がある  なおむやみに猫のヒゲを切らないでください。ラットを対象とした調査では、ヒゲをカットすることによって細胞にダメージを与える活性酸素濃度が血清(1.4倍)、脳の皮質(1.4倍)、海馬(2.2倍)のすべてにおいて増えたと報告されています出典資料:Kim, 2014)。要するに、存在自体が疑わしいウィスカーストレスを軽減しようとしてむやみに猫のヒゲをカットすると、逆にストレスの原因になってしまう危険性があるということです。「cat's whiskers」には英語で「素晴らしいもの」という意味もありますので、どうかそのままにしておいてください。

ヒゲの位置と食器選び

 食器(フードボウル・ウォーターボウル)を選ぶときは猫のヒゲが食器に触れているかどうかを事前にご確認ください。余りにも小さかったり底が深かったりすると、たとえウィスカーストレスがなくても、口を開けにくくなったり息が苦しくなりますので、猫が不快に感じるかもしれません。実験でも使用されたストレスフリーのボウルを念のためご紹介しておきます(※クリックで商品紹介ページへ飛びます)。よく考えると食器台に普通のお皿を乗せれば済む話ですが、デザインが気に入った方はお試しを。なお猫の食欲不振の原因は食器以外にもたくさんありますので、以下のページを参考にしていろいろ試してみてください。 猫の食欲不振と増進・完全ガイド
 以下は猫の食事・飲水時のヒゲの位置です。デフォルトで後方に引きつけていることがよくわかります。食器の形状に関わらずヒゲの位置を変えるのだとしたら、そもそもウィスカーストレスなど存在していないということになりますね。水を飲むときより固形フードを食べるときの方が、はっきりとヒゲを引きつけるようです。自発的にコップに顔を突っ込んで水を飲もうとする猫には、そもそもウィスカーストレスという概念自体がないのでしょう。 猫の食事時におけるヒゲの位置~その1 猫の食事時におけるヒゲの位置~その2 猫の食事時におけるヒゲの位置~その3 猫の食事時におけるヒゲの位置~その4 猫の食事時におけるヒゲの位置~その5 猫の飲水時におけるヒゲの位置~その1 猫の飲水時におけるヒゲの位置~その2 猫の飲水時におけるヒゲの位置~その3 猫の飲水時におけるヒゲの位置~その4 猫の飲水時におけるヒゲの位置~その5
コントラフリーローディングと言って、食事にありつくまでに障壁を設けたほうが動物たちの本能を刺激して良いという考え方もあります。「パズルフィーダー」がその好例ですね。