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「キメラ猫」の発生メカニズムと具体事例

 2頭の猫が1つの体の中に同居している「キメラ猫」。いったいどのようにしてこの不思議な現象が起こるのでしょうか?発生原因から具体的な事例まで写真とともにご紹介します。

キメラ猫とは?

 キメラ(chimera, キマイラとも)とは一つの体の中に異なる遺伝情報が共存した状態のこと。もともとの語源は、頭がライオン、胴体がヤギ、しっぽが蛇というギリシア神話に登場する怪物です。
 通常の個体発生においては、一つの細胞である受精卵が分裂を繰り返すことにより体を形成していきます。ですから細胞の数がどんなに多くなっても中に含まれる遺伝情報は基本的には同じです。一方、キメラ個体の場合は異なる遺伝情報を内包した細胞が一つの体の中に共存していますので、ちょうど接ぎ木をしたような状態になります。 神話に登場する怪物「キメラ」と接ぎ木  キメラ個体の体内には異なる遺伝子が含まれていますので、ある部分ではAという遺伝子が発現し、別の部分ではBという遺伝子が発現するという奇妙な現象がランダムで起こり得ます。それぞれの遺伝子が見た目(表現型)に関わっている場合、一つの個体であるにも関わらず体の部位によって全く違う外観になることが少なくありません。猫においてこの「キメリズム」(chimerism)の症例が報告されました。

同性型のキメラ猫

 報告を行ったのはフランスにある国立アルフォール獣医学校のチーム出典資料:Jaraud, 2020)。父猫がブルー、母猫が三毛から生まれたシャムのメス猫が「ブルー+ブラック+ホワイト」という変則的な三毛猫パターンを示しました。奇妙に思った飼い主が遺伝子検査を依頼したところ、ブルーの被毛では色を薄くするダイリュート遺伝子の発現(遺伝子型d/d)が見られたのに、黒い被毛では見られなかった(遺伝子型D/d)といいます。またある特定の遺伝子座において通常であれば2つしか確認できないはずのマーカー(マイクロサテライト)がなぜか3つ確認されたとも。「3対立遺伝子」(tri-alleles)と呼ばれるこの奇妙な現象は身体全体で見られたわけではなく、調査対象となった合計21の遺伝子座のうち7つだけで確認されたそうです。 メスの同性型キメリズムと診断されたシャム猫  異なる染色体上に位置する遺伝子座で3対立遺伝子が発生していたことから調査チームは、受精卵が分裂・発達していく過程で一部分に突然変異が生じて2つ以上の異なる遺伝情報を有するようになる「モザイク」(mosaic)である可能性は薄いとの結論に至りました。またメス猫自体は繁殖可能だったため、少なくとも性染色体においては通常では2本ずつある染色体が3本になる異数化(aneuploidy)が起こっていないとの結論に至りました。発生メカニズムとしては「XX」(=メス)という性染色体を有する2つの受精卵が母体内で融合したまま分裂を繰り返した、自然発生の「メスの同性型キメリズム」が有力視されています。
 メス猫同士だけでなく、オス猫同士が融合するというキメリズムの症例もあります。ポーランドクラクフ大学の調査チームが報告したのは、ベースカラーであるオレンジ色(茶トラ)にブラックの斑点が混じった変則的なサビ猫出典資料:Monika, 2020)。被毛パターンはメス猫特有のものでしたが生殖器は完全にオス猫で子猫を生むこともできたため、不審に思った飼い主がDNA検査を依頼しました。 オスの同性型キメリズムと診断されたメインクーン  その結果、カリオタイプ(染色体の形、数、大きさに関する種特有の型)は普通のオス猫と同じ38本で、性染色体もオス型(XY)だったといいます。さらに毛根、血液、精巣から採取した細胞を調べ、複数の染色体に含まれる合計14ヶ所でマイクロサテライトと呼ばれる特徴的な塩基配列を調べたところ、血液で3ヶ所、毛根で1ヶ所、精巣で1ヶ所、他の細胞とは違う配列を示したといいます。これは1つの受精卵から産まれた猫ではありえない現象です。
 こうしたデータから調査チームは、この猫がオス猫同士が融合した「オスの同性型キメリズム」の実例であるとの結論に至りました。

異性型のキメラ猫

 上記した症例はメス猫とメス猫もしくはオス猫とオス猫が発生のごく初期の段階で融合する同性型のキメリズムでした。「同性型」があるということは当然「異性型」もあります。
 1963年5月、遺伝的にありえないオスの三毛猫が路上で保護されました。外性器は完全にオス猫で、少し小さいものの精巣は左右とも陰嚢内に降下していたといいます。また去勢手術の際に腹部を調べましたが、ミュラー管を始めとした女性器は見つかりませんでした出典資料:Malouf N., 1967)オス猫とメス猫の異性型キメリズム  手術で取り除いた精巣を調べたところ、2つの精細管がでたらめな様子で入り乱れ、およそ60%では生殖細胞が欠落し、残りの40%では精子形成細胞が保持されていたそうです。さらに精細管を縦断したところ、2つのタイプの組織が緩やかに移行する様子を確認できたとも。様々な組織から採取した合計96個の細胞うち、59個(57%)はXX、37個(43%)はXYという割合でした。
 こうした観察結果から調査チームは、この三毛猫は「XX」(メス猫)と「XY」(オス猫)が融合したまま個体発生した「異性型キメリズム」だろうとの結論に至りました。また完全ではないにしても生殖能力を保持していたことから、逸話的に報告されている「生殖可能なオスの三毛猫」(Bamber and Herdman, 1932/Komai and Ishihara, 1956)にも説明がつくとしています。

三倍体のキメラ猫

 猫の染色体は常染色体18対(36本)と性染色体1対(2本)を含む合計38本から構成されています。しかし通常はペアで存在しているはずの染色体がトリオで存在していることがあります。これが「三倍体」(triploid)と呼ばれる染色体異常で、1つの性染色体を保有した2つの精子が1つの卵子に同時受精する(二精子受精, Dispermy)とか、最初から2つの性染色体を保有した異常精子が1つの卵子に受精することで発生すると考えられています。三倍体はそれ自体が珍しい現象ですが、偶然と偶然が重なると「三倍体のキメリズム」という奇跡のような現象が起こることもあります。イギリス・リバプール大学が報告した症例では、三倍体のキメリズムによって産まれた3頭の三毛猫が紹介されています。 猫(felis-catus)のカリヨタイプ(核型)は常染色体18本+性染色体1対

三倍体キメラ症例1

 メスの三毛猫で、9ヶ月齢のときに避妊手術を受けましたが、6週間が経過しても依然としてオス猫からのアピールを受け続けたといいます。再び動物病院で診察を受けたところ、未発達の男性器が発見されました。去勢手術で除去した組織を調べた結果、生殖能力まではないものの精巣の一部であることが確認されたとのこと。その後、前足から採取した細胞を調べ、およそ5%の割合で三倍体細胞が含まれていることが確認されました。染色体は全部で57本あり、性染色体に関してはオス(XY)でもメス(XX)でもない「XXY」という変則的なコンビネーションだったそうです。

三倍体キメラ症例2

 オス猫の外性器を持つサビ猫で、精巣は左右とも降下して大きさも正常でした。3ヶ月齢のときに去勢手術を受けて精巣を調べた結果、精巣上体管は空っぽで生殖能力は確認されませんでした。染色体検査ではおよそ24%の割合で三倍体を含んでいることが明らかとなり、正常細胞の性染色体が「XX」(メス猫)だったのに対し、三倍体細胞のそれは「XXY」という変則パターンを示したとのこと。また染色体数の合計は57本でした。 三倍体キメラ猫のカリヨタイプ(核型)~19対の合計57本

三倍体キメラ症例3

 長毛の三毛猫で、外性器はオス猫のものでした。去勢手術で取り出した精巣を調べた結果、精巣上体および精管動脈は正常に発達しており、 精細管からは成熟したものも含めあらゆる発達段階にある精子が発見されたそうです。皮膚から採取した65個の細胞を調べたところ、性染色体に関してはすべて「XY」(オス猫)を示しました。三倍体細胞は2つだけ見つかり、「XXY」だったとのこと。

いろいろな動物のキメリズム

 発生の初期において受精卵が融合することで発生する「キメラ」。通常は人為的な操作によって生み出されますが、ごくまれに自然発生することもあります。以下は一例です。

ニワトリのキメリズム

 育種への応用や遺伝資源の保存を目的とし、ニワトリのキメラが人為的に作出されています。方法は鶏の受精卵から採取した胚盤葉細胞や胚の血液中から採取した始原生殖細胞を、まったく別の種類の鶏の受精卵に移植して培養するというものです。実際、白色レグホンと横斑プリマスロックのキメラチキンが家畜改良センターにおいて産み出されています出典資料:家畜改良センター)レグホンとプリマスロックの受精卵を融合させて生み出したキメラチキン

人のキメリズム

 1983年、米国で産まれたテイラー・ムールさんは二卵性双生児のきょうだい(性別は女性)とのキメリズムです。産まれたときから腹部にある赤いアザのような部分が、母親の体内にいるときに融合した女きょうだいとのこと。免疫細胞も血液も2種類の遺伝子によって形成されているため一方が他方を異物として攻撃し、自己免疫疾患に似た症状に悩まされてきたといいます出典資料:Live Science)
Tetragametic Chimerism
 以下でご紹介するのは二卵性双生児の受精卵と融合したまま成長したテイラー・ムールさんの動画です。長らくバースマークと思い込んでいた腹部のまだら模様は、母体内で吸収された双子の一方であることが判明しました。 元動画は→こちら

犬のキメリズム

 黒い被毛を持つ母犬とグレー(ダイリュート)の被毛を持つ父犬から産まれたラブラドールレトリバー「タイガー」は、通常ではありえないまだら模様を持っていました出典資料:Dregar, 2011)同性型キメリズムのラブラドールレトリバー「タイガー」の被毛  奇妙に思った飼い主がDNA検査を行ったところ、イヌ第5染色体にあるMC1R遺伝子に関しては黄毛部分が「e/e」、黒毛部分が「E/-」という異なる遺伝子型を示したといいます。同様にイヌ第24染色体にあるASIP遺伝子も調べましたが、黄毛が「at/at」、黒毛が「aw/at」とやはり異なる型だったそうです。唾液を含めたどのサンプルからも性染色体のYが検出されなかったことから、最終的には「XX」(メス犬)という遺伝子型を有した2つの受精卵が融合したことによる同性型キメリズムの例と判断されました。

キメラと紛らわしい猫たち

 猫の被毛が不自然なパターンを示していたり、遺伝的にはありえない組み合わせの場合、キメラ猫である可能性が高いと言えます。有名な猫が何頭かいますが、どれもDNA検査によってキメリズムが確認されたわけではありません。以下は一例です。

ヴィーナス(Venus)

 ヴィーナス(Venus)は2009年、アメリカ・ノースカロライナ州の路上で拾われたメスの三毛猫。顔の右半分が黒猫(目はグリーン)、左半分は茶トラ猫(目はブルー)という際立った特徴を有しています。DNA検査によってキメラ猫であるとは確認されていません。 Venus the Two Face Cat 顔の模様がきれいに2つに別れた猫「ヴィーナス」

キメーラ(Quimera)

 キメーラ(Quimera)は顔の右半分が茶トラ猫(目はカッパー)、左半分は黒猫(目はブルー)という特徴を有した猫。胸元にだけあるホワイトスポットを含め、上で紹介したヴィーナスと非常によく似た被毛パターンを示しています。DNA検査によってキメラ猫であるとは確認されていません。 Quimera twofacedcat 顔の模様がきれいに2つに別れた猫「キメーラ」

ヤナ(Yana)

 ヤナ(Yana)は顔の右半分が茶トラ猫(目はイエロー)、左半分は黒猫(目はイエロー)という特徴を有した猫。ヤナもまた胸元にだけホワイトスポットが出ています。住んでいる場所が異なり、遺伝的なつながりがないにも関わらず、こうまで被毛パターンが似通うのは非常に不思議です。 Yana the two face cat 顔の模様がきれいに2つに別れた猫「ヤナ」

ナルニア(Narnia)

 ナルニア(Narnia)はフランス生まれのブリティッシュショートヘア。冒頭で紹介したシャムのキメラ猫と同様、遺伝的にありえない被毛パターンを示しています。
 猫においてはホワイトスポット(白斑)遺伝子により、「白+有色」というバイカラー(2色)パターンを示すのは普通です。またヤマネコに代表されるマックレルタビー(キジ)やアメリカンショートヘアに代表されるクラシックタビーという形で、2つの色が縞模様を形成することも珍しくありません。さらにサビ猫や三毛猫がX染色体の不活性化によりオレンジと地色(黒)の2色や、白を交えた3色を呈することもよく目にします。 AMAZING NARNIA Double Face 顔の模様がきれいに2つに別れた猫「ナルニア」  ところがこの猫の場合、黒い部分がしましまを形成しているわけでも、オレンジ色と共存しているわけでもありません。これは遺伝的にありえないことです。キメラ猫である可能性がかなり高いですが、検査の結果、DNAは1つしか有していなかったとのこと出典資料:DailyMail)。受精卵が分裂・発達していく過程で1部分だけが突然変異を起こし、そのまま増殖した「モザイク」(mosaic)という可能性も残されています。

ライガー

 生物学で言うキメラとは、異なる遺伝情報を有した2つの受精卵に由来する1個体のことです。トラとライオンをかけ合わせて産まれた「ライガー」という大型ネコ科動物がいますが、この動物はライオン(父親)とトラ(母親)の配偶子から構成される1つの受精卵から産まれていますので、キメラではなく「ハイブリッド」(交雑種)と呼ばれます。また受精卵の一部が突然変異を起こしたわけでもないため「モザイク」とも区別されます。 ライオンのオスとトラのメスから産まれたハイブリッド種「ライガー」

尋常性白斑

 生まれつきではなく、今まで色のついていた部分が急に脱色を始めたという場合はキメリズムでもモザイクでもなく、尋常性白斑という皮膚の病気だと考えられます。特徴は「白い被毛が年齢とともに増えていく」という点です。 皮膚や毛の色が脱落する猫の尋常性白斑 猫の尋常性白斑では主として被毛からの色素脱落が起こり全身がまだら模様になる

クラインフェルター症候群

 クラインフェルター症候群(Klinefelter Syndrome)とは、通常は1対(2本)しかないはずの性染色体が3本になり、「XXY」というコンビネーションになる男性の染色体異常のことです。三倍体の場合はすべての染色体ペアが3本になりますが、この症候群では性染色体の数だけが3本になるという違いがあります。
 猫においてもこの染色体異常が確認されており、多くの場合「オスの三毛猫」という形で発見されます出典資料:Axner, 1996 )。正常細胞と三倍体が混在したキメラ猫とは違い、クラインフェルター症候群のオス猫はすべての細胞に「XXY」を含んでいますので、人間の場合と同じく生殖能力を持ちません出典資料:Centerwall, 1973)。発生原因としては「不分離」(nondisjunction)が想定されています。これは配偶子の減数分裂がうまくいかず、通常であれば1本だけ渡すはずの性染色体を受精の段階で2本渡してしまう現象のことです出典資料: Pedersen, 2016)クラインフェルター症候群(39:XXY)のオス猫  なお性染色体がすべて女性型になる「XXX」という異数性は、男性の「クラインフェルター症候群」に対して「トリプルX症候群」と呼ばれます。人医学における知見から類推すると、仮に猫において発症したとしても普通のメス猫と外見や生殖能力がほとんど変わらないため、DNA検査でもしない限り見つからないでしょう。
オスの三毛猫は基本的に生殖能力を持ちません。しかしオスとメスのキメラ猫で、なおかつオスの遺伝子が生殖器を支配している場合はごくまれに子孫を残すことができます。