トップ2021年・猫ニュース一覧12月の猫ニュース12月24日

猫の被毛に含まれる放射性物質ポロニウム210はどのくらい?

 単位質量あたりの放射能のレベルが強く、放射性物質の中でも極めて毒性が強いとされている「ポロニウム210」。猫の被毛にはどのくらいの濃度で含まれているのでしょうか?またどういったルートで体内に取り込んでしまうのでしょうか?

ポロニウム210とは?

 ポロニウム(polonium)とは原子番号84の元素。ポロニウム210は1898年、ピエール・キュリーとマリ・キュリー夫妻によって発見された最も長い半減期(138.376日)を持つ同位体の1つで、自然界に広く存在している核種です。
 ポロニウム210は比放射能(単位質量あたりの放射能のレベル)が強く、またアルファ線という電離作用の強い放射線であるため、毒性は放射性物質の中でも極めて強いとされます。例えばラットを対象とした毒性試験では体重1kg当たり1.45MBq(メガベクレル=放射能の量を表す単位)を静脈注射すると、14~44日の間に全数死亡したと報告されています。これを体重70kgの成人男性に置き換えると、概算で111MBq(610ng)で致命的であると推定されます出典資料:電力中央研究所)
 ポロニウム210は自然界に豊富に存在する放射性核種ですので、私達が普通に生活していてもごく微量を日々体内に取り込んでいます。日本人を例に取ると、食品由来のポロニウム210だけで年間200Bqを摂取し、体内には総量で30Bqほどが蓄積されていると考えられています出典資料:厚生労働省)

猫の被毛中のポロニウム210

 地球上に暮らしている限り、ポロニウム210の摂取は避けられません。当然犬や猫といったペット動物も例外ではありませんが、具体的にどのくらい摂り込んでいるのでしょうか?
 調査を行ったのはポーランドにあるグダニスク大学のチーム。国内の異なる地域に暮らす18品種の猫から合計339(0.3~5g)の被毛サンプルを採取し、中に含まれるポロニウム210の量を測定しました。
 その結果、平均濃度が0.208mBq/g~35.232mBq/gであることが判明したといいます(mBq=1000分の1ベクレル)。また統計的に計算したところ、以下の項目が含有濃度に影響を及ぼしている可能性が浮かび上がってきました。
Bioaccumulation of polonium 210Po in cats’ hair, taking into account potential factors influencing changes in its concentration
Rudnicki-Velasquez, P.B., Borylo, A., Kaczor, M. et al. , J Radioanal Nucl Chem 329, 1545?1554 (2021), DOI:10.1007/s10967-021-07917-3

品種

 普通の短毛猫の被毛1gに含まれるポロニウム210が「3.526mBq」だったのに対し、長毛で活発なライフスタイルを有する猫たちのそれは9倍近くになることが明らかになりました。以下のグラフ中、「ネヴァマスカレード」とはポイントパターンをもつサイベリアンのことです。 さまざまな猫種の被毛1g中に含まれるポロニウム210濃度

被毛の長さ

 毛が長ければ長いほど中に含まれるポロニウム210の濃度が高くなることが明らかになりました。 猫の被毛の長さ別に見たポロニウム210含有濃度
  • 長毛種=18.689mBg/g
  • セミロング=5.760mBq/g
  • 短毛種=3.940mBq/g

食事内容

 ドライタイプの食事と比較し、ウエットタイプの食事や生肉主体のBARF(Biologically Appropriate Raw Food=生物学的に適切と思われる生食の略)には高濃度でポロニウム210が含まれることが明らかになりました。 猫の食事別に見たポロニウム210含有濃度
  • BARF=16.594mBq/g
  • ウエット=7.041mBq/g
  • ドライ=3.366mBq/g

地方行政区画

 ポーランド国内における地方行政区画(ヴォイヴォダシップ)に区切って含有濃度を比較したところ、主として工業化が進んだ地域で高い濃度が確認されました。 猫が暮らしているヴォイヴォダシップ別に見たポロニウム210含有濃度

ポロニウム210の摂取ルート

 今回の調査で解析対象となったのはあくまでも被毛に含まれるポロニウム210濃度ですので、猫たちの体内に蓄積された総量でも、1日に摂取する量でもありません。限られた情報から言えることを抽出すると、工業化が進んだ地域に暮らしており、生の海産物を主食としている長毛種はポロニウムを標準より多く摂取しているとなるでしょうか。

海産物とポロニウム

 ポロニウムの摂取量には海産物が密接に関わっているようです。
 環境省が公開している「自然からの被ばく線量の内訳(日本人)」というデータによると、経口摂取による内部被ばくに関しては鉛210とポロニウム210が大きな割合を占めていることがわかります。また厚生労働省が公開している「食品中のポロニウム210」という資料を見ると、魚製品が圧倒的に高濃度であることがわかります。
 2つのデータを合わせると、日本人は魚介類消費量が多く、またポロニウムが濃縮された内臓を食べる習慣があるため、経口摂取による内部被ばくの中ではポロニウム210が大勢を占めるという予測が成り立ちそうです。
 そしてこの予測はポーランドで行われた調査結果にも拡大解釈できます。つまり生食材を主体としたBARFを主食としている猫は海産物由来のポロニウムを取り込みやすいということです。

タバコとポロニウム

 猫にはグルーミングという習性がありますので、被毛に付着したポロニウム210をなめとり、吸い込むだけでなく経口的にも摂取してしまうかもしれません。
 環境省が公開している「自然からの被ばく線量の内訳(日本人)」というデータによると、吸入による内部被ばくに関しては喫煙を通した鉛210とポロニウム210の摂取ルートが明示されています。
 タバコの葉にはポロニウム210が濃縮されるため、喫煙者は非喫煙者に比べて多く摂取することが明らかになっています。具体的にはタバコの葉の毛状突起に付着した鉛210がポロニウム210へと変化し、煙と共に体内に吸引されるというルートです。喫煙に起因する肺癌の一部はポロニウム210によるものという推定もあります出典資料:Zaga, 2011)
 ポーランドの猫においては長毛種および工業地帯に暮らしているという条件で濃度が高くなりました。これはポロニウムを含んだ大気やほこりが被毛に累積した結果なのではないでしょうか。家庭内における喫煙の有無はわかっていませんが、もし家人の中に喫煙者がいる場合、猫の被毛に接触した煙とグルーミングという習性を通じて、ポロニウムが経口的に蓄積するというルートも十分に考えられます。

ポロニウムは安全?危険?

 環境省が公開している「被ばく線量と健康リスクとの関係」という資料によると、人間においては年間の摂取量が20mSv(ミリシーベルト=被ばく線量の単位)を超えると「がんリスク不明」の領域となり、年間100mSv超で「明白ながんリスク」の領域とされています。
 一方、体が小さい猫においてはこの基準値よりも少ない量で同じ領域に入ると考えるのが妥当でしょう。近年は「健康に良さそう」とか「自然の食事に近い」という漠然とした印象からローフードやBARFといった生の食材を与えるトレンドがありますので、知らないうちにポロニウムの摂取量が多くなり、必ずしも安全とは言い切れない領域に入ってしまうかもしれません。
 ラットを対象とした調査では体重1kg当たり1.45MBq(=145万Bq)を静脈注射したところ14~44日の間に全数死亡したと報告されています。一方、調査対象となった猫の中で最も高い濃度だったのは被毛1g中20mBq(=0.02Bq)程度でした。ありえない話ですが、仮に被毛すべてを食べたとしても20Bqほどですので、致死量に達するということはまずないでしょう。とはいえ、家の中にタバコの煙が充満していると、吸引摂取だけでなくグルーミングを通じた経口摂取も起こりますので、飼い主が禁煙するのは必須と言えます。
目安として、日本人における食事を通じたポロニウム210の経口摂取量は年間およそ20Bqと推定されています。またどんなに魚を食べても、年間の累積被ばく線量は1mSv(シーベルト)程度とされています。