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猫のコリン中毒~症状・原因から治療・予防法まで

 神経系の発達に重要であることからビタミン様物質の一種にカウントされているコリン。これまで猫における摂取上限値は定められていませんでしたが、あまりにも大量に摂取すると不凍液をなめたときと同様の中毒症状が引き起こされる危険性が示されました。

猫のコリン中毒症状

 コリン(choline)は水溶性ビタミン様物質の一種。動物の体内でも生成されることから準必須の栄養素とされており、欠乏すると胎子の発生や神経管の形成に悪影響が出てしまうことが知られています。また若齢の猫を対象とした給餌試験では、適量のコリンによって成長率が改善して脂肪肝に対して予防的に働くことが報告されています。 コリン及び塩化コリンの分子構造  一方、摂取する際の上限値に関してはよくわかっておらず、過去に人間や動物を対象として行われた給与試験の結果から「おそらく大量摂取しても大丈夫だろう」と漠然と考えられてきました。
 しかし2021年、アメリカのFDA(食品医薬品局)がコリンが原因と考えられる猫の中毒症例を報告したため、むやみやたらに与えてはいけないことが明らかになりました。以下は具体的な内容です。
📝5歳になる避妊済みのメス猫が流涎(よだれ)、苦しげな鳴き喚き、筋肉の痙れん、嘔吐といった症状を示し始めたため、飼い主は取り急ぎ動物病院を受診した。体温は37.6℃、脈拍は毎分240回、呼吸数は毎分54回で、院内生化学検査では高血糖(258mg/dL)、ALT高値(191U/L)が見られたもののBUN(血清尿素窒素)、クレアチニン、SDMA、電解質、全血算に異常はなかった。簡易チェックキットでエチレングリコール陽性と出たため、摂取経路はわからないまま「不凍液中毒」という仮の診断が下され、それに準じた治療が施された。
 夜になり飼い主がいったん帰宅した後、今度は同居している3頭の猫で最初の患猫とよく似た症状が見られた。具体的には18ヶ月齢のメス猫(3.9kg/避妊済み)が嘔吐、3歳のオス猫(5.2kg/去勢済み)と1歳のオス猫(4.0kg/去勢済み)が運動失調というものだった。
 同じ病院で身体検査を行ったが異常は見られず、全頭においてエチレングリコール検査が陽性と出たため、1頭目と同じ治療プロトコルを繰り返したところ、全頭が48時間以内に回復した。
 飼い主への聞き取り調査からわかったのは、4頭ともエチレングリコールと接する機会がなかったこと、および4頭とも新しく買ってきたウエットフードをその日の朝に食べたことだった。発症から5日後の2020年7月3日、当該フードを製造していたメーカー(Natural Balance Ultra Premium Chicken & Liver Pate Formula/J. M. Smucker Company)が塩化コリンの過剰添加を理由にリコールを発動した出典資料:FDA, 2020)塩化コリンの過剰添加でリコールとなった缶詰タイプのウェットキャットフード  飼い主がFDAへ症例を報告し、フードのサンプルを送って成分を解析してもらったところ、グリコール類は一切検出されなかった一方、塩素とコリンに関しては以下のような結果になった(※1ppm=1mg/kg乾燥重量)。
フードサンプル1
  • コリン=165,926ppm
  • 塩素=56,517ppm
フードサンプル2
  • コリン=164,706ppm
  • 塩素=56,008ppm
 猫たちが実際に食べたフードの量(スプーン1杯)から逆算し、コリンの摂取量は1頭「2.5g」と推定された。塩素に関しては基準値の20倍、コリンに関しては65倍という極端なものだったが、過去の調査から猫に対する塩素の毒性は小さいこと、および血清塩素濃度が正常範囲だったことから考え、中毒症状の原因は塩素ではなく大量に摂取したコリンによるものと推定された。
Presumed choline chloride toxicosis in cats with positive ethylene glycol tests after consuming a recalled cat food
Sarah K.Peloquin, David S.Rotstein et al.,Topics in Companion Animal Medicine(2021), DOI:10.1016/j.tcam.2021.100548

コリン中毒の原因と予防法

 AAFCO(米国飼料検査官協会)では成猫における摂取推奨量をフードの乾燥重量中コリン2,400mg/kg(2,400ppm)、塩素3,000mg/kg(3,000ppm)としています。またNRC(全米研究評議会)では成猫における許容一日摂取量をフードの乾燥重量中コリン2,550mg/kg(2,550ppm)、塩素960mg/kg(960ppm)としています。
 一方、猫における摂取上限量に関してはデータ不足のため設定されていませんでしたが、今回の症例により少なくとも極端な量のコリンを摂取すると不凍液を誤飲したときと同じような中毒症状を示すことが明らかになりました。

コリンの安全性・危険性

 人間の場合、食品から1日10g程度の塩化コリンを摂取しており、またいくつかの代謝経路の必須構成物として生体内で生成されています。こうした事実から日本の食品衛生法ではコリンを「人の健康を損なう恐れのないことが明らかであるもの」、米国食品医薬品局(FDA)では塩化コリンを「一般に安全であると認められる(Generally Recognized As Safe, GRAS)」と位置づけており、JECFA(FAO/WHO 合同食品添加物専門家会議)でもEFSA(欧州食品安全機関)でもADI(一日摂取許容量)は設定していません。
 人間においてはアルツハイマー患者に反復的に経口投与した結果わずかな血圧降下作用が見られたことから、1日7.5gがLOAEL(最小毒性量)と考えられています出典資料:食品安全委員会農薬専門調査会)。また1日3.5gを摂取した場合めまい、嘔吐、下痢、発汗、流涎といった症状を呈するという報告もあります出典資料:National Academies Press, 1998)
 猫においてはこれより少ない「1日2.5g」程度でも中毒を発症してしまうと考えた方が安全でしょう。なおラットやマウスを対象とした経口給餌試験におけるLD50(半数致死量)は体重1kg当たり1日5g超と推計されています。

コリン中毒のメカニズム

 コリン(C5H14NO)はある種の腸内細菌によってエチレングリコール、プロピレングリコール、トリメチルアミンに分解されます出典資料:Mori, 1988 | 出典資料:Hollenbeck, 2012)
 エチレングリコールは急性腎不全、プロピレングリコールはハインツ小体性貧血を引き起こすことが知られていますので、コリンの大量摂取によってちょうど不凍液を少量なめてしまった状態が体内で再現されるのかもしれません。
 全頭でエチレングリコール検査陽性と出た理由としては、腸内で過剰生成されたエチレングリコールそのものが陽性反応を出したか、プロピレングリコールが交差反応を通じて偽陽性反応を出したものと推測されます。

コリン中毒の治療法

 猫における急性コリン中毒の治療法はよくわかっていません。今回の症例では取り急ぎエチレングリコール中毒に対する治療法が採用されましたが、全頭が48時間以内に回復しましたので、最善かどうかは分からないものの暫定的なプロトコルとしては覚えておく価値があるでしょう。 犬や猫の不凍液(エチレングリコール)中毒にはウォッカが有効!? ウォッカによる不凍液中毒治療を受けたオーストラリアの猫「ティップシィ」

コリンの摂取経路と予防法

 日本国内では食品添加物として認められていないものの、コリンは農薬(植物成長調整剤)、動物用および人間用医薬品(水溶性ビタミンの欠乏予防)、飼料添加物(水溶性ビタミンの補給)などに広く用いられています 出典資料:ハザード概要シート)
 過剰なコリンの摂取経路としては上記した製品より、メーカーの手違いによって大量に添加されたキャットフードや、犬猫用および人間用のサプリメントの方が現実的だと考えられます。キャットフードの方は不運としか言いようがありませんが、サプリメントに関しては十分に予防が可能です。シンガポールでは栄養強化剤、香港では乳化剤、中国では栄養強化剤(ビタミン剤類)として認可されていますので、こうした製品を何らかのルートを通じて使用している場合は猫の誤飲誤食にご注意ください。またペット用のサプリメントにも「塩化コリン」という形で含まれていることがあります。含有濃度はまちまちですが、無制限に与えてよいわけではありませんので給餌量には注意しましょう。
不凍液と接点がないのに猫がエチレングリコール中毒と診断された場合は、コリンの可能性を疑ってみてください。サプリメントを誤飲誤食しませんでしたか?