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猫はなぜヘム中毒に陥らないのか?~完全肉食動物の代謝から見えてきた特殊な解毒システム

 完全肉食動物と言われる猫の代謝を調べたところ、獲物の体内に含まれる有毒成分(遊離ヘム)を効率的に無毒化する特殊なメカニズムを有していることが明らかになりました。

有毒な遊離ヘムとその解毒

 ヘム(heme)とは2価の鉄原子とポルフィリンから成る錯体のこと。生体内では細胞内に含まれるミトコンドリア、赤血球に含まれるヘモグロビン、筋肉に含まれるミオグロビンの構成要素として重要な役割を担っています。 ヘモグロビンとヘム(プロトポルフィリンIX) の分子構造模式図  通常ヘムはタンパク質と結合した形で存在していますが、自分自身の血液や筋肉が分解されたときや、血液や筋肉を含む食物を摂取した時はヘムとタンパク質が分離し「遊離ヘム」(free heme)と呼ばれる形になります。この遊離ヘムは親油性で上皮細胞内に侵入し、活性酸素の生成を促進して細胞構造にダメージを与えることが知られています。また蓄積量が体内の解毒能力を超えると腸内細菌叢を乱して毒素症(Dysbiosis)につながったり、直腸や結腸の癌につながる危険性が指摘されています。
 遊離ヘムによる細胞毒を緩和するため、動物の生体内には解毒システムが備わっています。代表的なのは以下の3つです。
ヘムの解毒システム
  • 遮断グラム陰性細菌(大腸菌・緑膿菌)が有する解毒メカニズム。細胞膜の他に外膜という別の脂質膜を持っており、欲しい分だけヘムを取り込んで余った分は外膜がバリアになって弾き返す。
  • 排出細胞内に過剰に入ってきたヘムを特殊なポンプを介して再び細胞外に出したり、ヘムを別分子に結晶化して不活化する解毒システム。マラリア原虫がヘムをヘマゾインに変換して体外に排出するなど。
  • 分解細胞の中に入ったヘムを分解してまったく別の無毒な分子に転換するという解毒システム。ヘム酸素添加酵素を介してステルコビリンやウロビリンにまで異化するヘム分解回路など。
 最後のヘム酸素添加酵素(HO)による解毒方式は多くの哺乳動物に共通したものであり非常に細かく研究されています。またヘム酸素添加酵素が関わらない補助的な解毒方式もいくつか発見されています出典資料:Kumar, 2005)哺乳動物の体内における遊離ヘムの解毒システム  しかし血液や筋肉を含む食事を大量に摂取してもヘム中毒に陥る動物がほとんどいないことから、上記以外のルートによる解毒回路がまだあるのではないかと予測されていました。
 今回ロシアの研究チームが報告したのは、今まで全く知られていなかった新たな遊離ヘム解毒システムの存在です。
A previously unknown way of heme detoxification in the digestive tract of cats.
Duzhak, A.B., Sherin, P.S., Yanshole, V.V. et al. Sci Rep 11, 8290 (2021), DOI:10.1038/s41598-021-87421-6

新発見・骨を使ったヘム解毒

 獲物の体に含まれる血液や筋肉を主食とする肉食動物は、有毒なヘムに対する特殊な解毒システムを持っているはずだと考えたロシアの研究チームは、完全肉食動物として知られる猫を対象とした調査を行いました。
 調査に参加したのは4頭の猫たち。オスメス同数で年齢は1.5~10歳です。骨付き肉メニュー(鶏胸肉90g+骨30g+牛レバー5g/ヘム推定摂取量1.7mg)および骨なし肉メニュー(牛肉120g/ヘム推定摂取量12.2mg)を3週間ずつ給餌し、期間中に便を採取して中に含まれるヘム成分を5つの解析法で検出・測定しました。 遊離ヘムの解毒代謝試験に参加した4頭の猫たち  その結果、食事内容によって代謝産物に以下のような違いが確認されたといいます。「MHEM」とはメタノール塩酸で抽出された成分のことです。
骨付き肉
  • 1日の便乾燥重量=4~6g
  • 便中平均MHEM=462mg
  • MHEM中の結合型ヘム=1.6mg
  • メタノール可溶成分中の遊離ヘム=5μg
  • 水溶成分中のウロビリン=0.04mg
  • ろ過後の粒子サイズ=15~20nm
  • リン>炭酸塩(6~10倍)
骨なし肉
  • 1日の便乾燥重量=0.6~0.8g
  • 便中平均MHEM=74mg
  • MHEM中の結合型ヘム=5.7mg
  • メタノール可溶成分中の遊離ヘム=1.3mg
  • 水溶成分中のウロビリン=1.3mg
  • ろ過後の粒子サイズ=15~70nm
  • リン≒炭酸塩
 そもそものヘム摂取量に「骨付き1.7mg<骨なし12.2mg」という7倍ほどの格差はあったものの、便に含まれるメタノール可溶成分中の遊離ヘムに関しては「骨付き5μg<骨なし1.3mg」という260倍に達する大きな差が見られました。この事実から、骨に含まれる炭酸ヒドロキシアパタイトが遊離ヘムと結合し、内部に封入することで不活化していると推測されました。調査チームが描いた仮説は以下です。 猫の消化管内で炭酸ヒドロキシアパタイトとヘムの複合体が形成される際の模式図
  • 摂取した筋肉や骨が消化酵素と酸の作用により分解され、遊離ヘム、リン酸カルシウム、炭酸塩が放出される
  • 腸内リンと炭酸塩は乳び(胃から幽門括約筋を通じて十二指腸に進む部分的に消化された食物の半流動体の固まり)や中性環境内で炭酸ヒドロキシアパタイトを形成し、タンパク質から分離した遊離ヘムと結合して複合体を形成する
  • 便炭酸ヒドロキシアパタイト内部に封入された遊離ヘムは不溶化かつ無毒化され、代謝や消化を免れながら15~20nm程度の粒子として消化管を通って便中に放出される
 水溶成分中のウロビリン濃度に関し「骨付き0.04mg<骨なし1.3mg」という大きな格差が見られました。この事実から、食事に骨(リン酸塩や炭酸塩の元)が含まれていると複合体形成による解毒システムが優位となり、相対的に分解による解毒システムが抑制されると推測されました。
 この仮説を裏付けるため、便に含まれていたMHEM沈殿物と人工的に生成した複合体(炭酸ヒドロキシアパタイト-ヘム粒子)を透過型電子顕微鏡法、UV-Vis分光法、LC-UV-MS(液体クロマトグラフィーUV質量分析法)で念入りに比較したところ、構造的にも化学的にも同等であることが確認されました。 食事に骨が含まれているかどうかで遊離ヘムの解毒方式が切り替わり代謝産物濃度も変わる  要するに肉と骨を一緒に食べると骨由来の解毒成分(リン酸塩・炭酸塩)が肉や血液由来の有毒成分(遊離ヘム)を効果的に無毒化して体外に排出してくれるということです。この解毒システムは今まで誰も報告していなかったものであり、肉食動物におけるヘム中毒の少なさをうまく説明しているとのこと。

猫に骨を与えれば良いのか?

 機械的に骨を除去した骨は「MDM」(Mechanically Deboned Meat)と呼ばれ、一般的にハイクオリティとされています。しかし解毒成分とのバランスが重要ですので一概に良いとは言えませんね。かと言って短絡的に生の骨を与えるとのどに刺さったり胃腸閉塞の原因になりますので、「BARF」(Biologically Appropriate Raw Food)と称される骨付き肉が良いというわけでもないでしょう。 ヘムの効率的な解毒には肉成分と骨成分のバランスが重要  「骨なし肉」を用いた給餌試験の結果から、たとえフード中に骨が含まれていなくても、猫は胃や腸内で生成されたリン酸塩や炭酸塩を代わりの材料として封入複合体を形成することができるようです。ある程度のバッファ機能が生まれつき備わっていますので、遊離ヘム毒を気にしすぎて解毒成分を大量に与えるといった極端に走らないようご注意ください。
リンの過剰摂取は慢性腎不全の悪化、サプリを通じたカルシウムの過剰摂取は水銀中毒の危険性があります。