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猫における異食症(pica)の危険因子・イギリス編

 栄養価のないもの口に入れて食べてしまう異食症(pica)。人間、犬、猫の全てで確認されている病的な状態ですが、発症の危険因子はあるのでしょうか?もしあるとしたら一体どのような予防法が効果的なのでしょうか?

猫の異食症統計・イギリス編

 異食症(pica, パイカ)とは栄養を持たないものを自発的に口に入れたり飲み込んだりすること。胃腸の閉塞、栄養吸収障害、摂食困難、胃穿孔や腸穿孔に起因する腹膜炎、歯や歯茎の摩滅などの原因になることから、獣医療の分野では病的な状態とされます。有名な例としては羊毛製品に吸い付く「ウールサッキング」が挙げられます。 猫における異食症の典型例であるウールキング(羊毛吸い)  異食症を対象として過去にいくつかの調査が行われていますが、退屈や社会的交流不足といった精神的なものが原因なのか、それとも特定の栄養不足や遺伝的要因といった身体的なものが原因なのかはよくわかっていません。
 イギリスにあるブリストル大学の調査チームは猫の生活環境と行動との関連を調べるための大規模コホート調査「Bristol Cats Study」を利用し、猫における異食症のリスクファクターが何であるかを統計的に検証しました。飼い主の参加条件はイギリス国内在住、18歳以上、登録時の子猫の年齢が8~16週齢というものです。
 2010年5月から2015年4月の期間、子猫の年齢に合わせて4つのタイミングで行われたアンケート調査すべてに回答した飼い主たちのデータを元にし、猫における異食症の危険因子を精査したところ、以下のような項目が浮かび上がってきたと言います。ORは「オッズ比」のことで、標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示したものです。数字が1よりも小さければリスクが小さいことを、逆に大きければリスクが大きいことを意味しています。
異食症発症率(534頭中)
  • 6.5~7ヶ月齢→42.9%(229頭)
  • 12.5~13ヶ月齢→32.0%(171頭)
  • 18.5~19ヶ月齢→30.9%(165頭)
単一素材を対象とする率
  • 6.5~7ヶ月齢→47.2%(108/229頭)
  • 12.5~13ヶ月齢→55.0%(94/171頭)
  • 18.5~19ヶ月齢→58.2%(96/165頭)
異食症発症のオッズ比(OR)
  • 2~4ヶ月齢+借家→OR3.41
  • 2~4ヶ月齢+犬がいない→OR4.86
  • 12.5~13ヶ月齢+新居に引っ越し→OR13.95
✅素材にかかわらず6.5~7ヶ月齢と12.5~13ヶ月齢の間で異食症が減少
✅12.5~13ヶ月齢と18.5~19ヶ月齢の間で発症率は変わらず
✅6.5~7ヶ月齢と18.5~19ヶ月齢の間で異食症は減少
✅6.5~7ヶ月齢や12.5~13ヶ月齢で異食症が見られた猫は高い確率で18.5~19ヶ月齢でも異食症を見せる
✅18.5~19ヶ月齢で異食症を報告した165頭のうち81.2%(134頭)が6.5~7ヶ月齢もしくは12.5~13ヶ月齢でも異食症を示す
✅6.5~7ヶ月齢もしくは12.5~13ヶ月齢で異食症が見られた猫の52.1%(146頭)は18.5~19ヶ月齢で消滅
✅6.5~7ヶ月齢か12.5~13ヶ月齢で異食症が見られない場合場合、18.5~19ヶ月齢で発症する確率は18.8%、発症しないままの確率は60.4%(<0.001)
 異食症を示す猫のおよそ半数は時期に関わらず単一の素材をターゲットとすることが明らかになりました。羊毛製品、その他の繊維製品、プラスチックに大別した場合、特に多かったのがプラスチックです。 若齢猫の異食症でターゲットとなりやすい物品  過去に行われた調査では羊毛がターゲットとなる確率が93%、コットンが64%、合成繊維が53%だったのに対し、ゴム・プラスチックがわずか22%だったと報告されています出典資料:Bradshaw, 1997)。今回の調査結果と矛盾するようですが、先の調査では主にオリエンタルブリードが対象となっているため、選別の時点で品種バイアスがかかり、連動して好みの素材にも偏りが出てしまったと考えられます。またプラスチック製品の方が歯型がつきやすく、繊維・布製品に比べて飼い主が気づきやすかった可能性や、カサカサ音が鳴って猫が興奮しやすいビニール袋(plastic bag)がプラスチック製品に区分されて割合が増えた可能性もあるでしょう。
Owner-Reported Pica in Domestic Cats Enrolled onto a Birth Cohort Study.
Kinsman R, Casey R, Murray J. Animals (Basel). 2021;11(4):1101. Published 2021 Apr 12. doi:10.3390/ani11041101

猫の異食症の危険因子

 若齢期(6.5~13ヶ月齢)で異食症が見られる場合、そのうちのおよそ半数が自然に治癒し、残りの半分だけが18.5~19ヶ月齢にまで行動を持ち越すことが明らかになりました。自然消滅するという意味では人間の「指しゃぶり」に近いのでしょうか。
 若齢期におけるいくつかの要因が異食症の発症リスクになっている可能性が浮上しました。

借家住まい

 猫が2~4ヶ月齢で住んでいる場所が借家(一軒家・アパート・マンション)である場合、持ち家に住んでいる場合に比べて発症リスクが3.4倍になる可能性が示されました。
 理由は定かではありませんが、他人から部屋を借りている場合、自分自身で所有している家の場合に比べて家財へのダメージを心配する人が多く、猫のイタズラに気づく機会が増えて名目上の発症率が高まるのかもしれません。また借家の方が居住面積が狭く、猫の行動に気づきやすいという面もあるでしょう。猫のイタズラを止めようとして声をかけたりかまってあげること自体が子猫にとってのご褒美となり、行動が偶発的に強化されてしまった可能性も考えられます。

引っ越し

 猫が12.5~13ヶ月齢で新居に引っ越したという出来事と重なった場合、異食症の発症リスクが14倍に跳ね上がることが明らかになりました。
 過去の調査でもストレスが発症に関わっている可能性が示されていますので、急激な住環境の変化が猫に対して大きなストレスとなり、栄養価を持たないものを口にするという異常行為につながったのかもしれません。リスクが1歳を超えた猫に限定された理由としては、それまでの住環境に十分慣れきったタイミングで引っ越した方が大きなストレスになるからだと推測されます。「猫は家につく」という格言通りですね。

家に犬がいない

 猫が2~4ヶ月齢で犬と同居していない場合、犬と同居している場合と比べて異食症の発症リスクが4.9倍になることが明らかになりました。
 犬と同居することによって社会的な遊びをする機会が増え、非生物を対象とした非社会的な遊び(=物を獲物に見立ててガジガジ噛むなど)の機会が相対的に減った結果なのでしょうか。一方、猫と同居していることが発症リスクに影響していなかった理由としては、遊びに付き合ってくれる猫と全く無関心な猫がいることなどが考えられます。犬の方が子猫のあしらい方がうまいのかもしれませんね。

猫の異食症予防法

 今回の調査では異食行動の頻度は度外視されましたので、猫が特定期間中に1回だけ異食行動を見せたのか、それとも1日のうちに何回も異食行動を見せたのかははっきりしていません。遊びの延長としてたまに非生物をガジガジ噛むことは病的ではなくむしろ健全な状態ですが、噛みちぎった欠片を飲み込んで誤飲誤食事故につながる危険性がありますので、用心するに越したことはないでしょう。素材にかかわらず猫が飲み込める小さなもの、飲み込みやすい紐状のもの、噛みちぎれる柔らかいものには特に注意が必要です。
飼い主が家の中にいようといまいと、猫が若齢だろうと高齢だろうと誤飲誤食の危険は常にあります。事故が疑われる場合は以下のページを参考にして素早く対処しましょう。 猫が異物を飲み込んだらどうする?