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線虫を用いた猫のがん検査~ほんの少しの尿があれば悪性腫瘍の有無を判別可能

 がん患者の尿に含まれる極微量の化学物質を検知する不思議な線虫「C. elegans」。人間を対象とした検査サービスはすでに提供されていますが、猫のがんも同じように早期発見できるのでしょうか?検証実験が行われました。

線虫による猫のがん検知能力

 調査を行ったのは線虫がん検査のリーディングカンパニーである日本の「HIROTSUバイオサイエンス」。線虫の走化性(chemotaxis:化学的刺激に反応して細胞や有機体が起こす運動)を応用した「N-NOSE」と呼ばれる検査法の獣医学領域における実用性を検証するため、健康な猫10頭と腫瘍(良性+悪性)を抱えた猫13頭を対象とした実験を行いました。
N-NOSE
がん患者のVOCに反応する線虫の一種「C. elegans」カンセンチュウ目カンセンチュウ科に属する線虫の1種である「カエノラブディティス・エレガンス(C. elegans)」を利用したがんの生物的早期発見検査。株式会社HIROTSUバイオサイエンスによってすでに有料サービスが提供されており、人医学においては少なくとも15種類のがんタイプに対応している(胃・大腸直腸・肺・乳・膵臓・肝臓・前立腺・子宮・食道・胆嚢・胆管・腎臓・膀胱・卵巣・口咽頭)。 N-NOSE

実験方法

 健康グループは自然排尿、腫瘍グループはカテーテルで尿を採取し、3つの濃度(10分の百分の1分の千分の1分の1/)に希釈した上で線虫の走化性を確認しました。方法は試験プレートの片側に尿サンプルを配置し、中央に線虫50~100匹を放って30分後、半分よりサンプルに近づいた数と遠ざかった数をカウントして-1~+1までの間で数値化(-1は忌避/+1は選好)するというものです。 線虫「C-elegans」ががん患者の尿に対して示す走化性

実験結果

 希釈濃度が百分の1および千分の1のとき、健常グループと腫瘍グループ(良性+悪性)との間に走化性の格差が見られたといいます。また悪性腫瘍グループに限定した場合もやはり百分の1および千分の1のときに有意差が見られたとも。
 AUC(0から1までの値をとり、値が1に近いほど判別能が高い)に関しては百分の1のときが0.7667、千分の1のときが0.9000と高い値を示しました。さまざまな濃度の尿で比較した際のAUC  一方、健康グループと良性腫瘍グループとの間に走化性の格差は認められなかったそうです。その他、性別、年齢、服用薬(プレドニゾロンとウルソデオキシコール酸)は結果に影響しないことが明らかになりました。
 こうした結果から調査チームは、安価で患猫への負担が少なく(無麻酔)、簡便(尿を採取するだけ)な猫のがん検査法として「N-NOSE」は大きな可能性を秘めていると結論づけています。今後の課題は良性と悪性を判別する精度、がんのステージごとの精度、猫種固有の特徴などを検証し、獣医療の分野に広く応用していくことだとしています。
A new detection method for canine and feline cancer using the olfactory system of nematodes
Toshimi Sugimoto, Yozo Okuda, Ayaka Shima, et al., Biochemistry and Biophysics Reports(2022 Vol.32), DOI:10.1016/j.bbrep.2022.101332

猫のがん検査に新たな選択肢

 線虫「C. elegans」は嗅覚受容体様遺伝子を1200ほど有しており、がん細胞から発せられる「がん臭」とでも言うべき揮発性有機物質(VOC)を感知する特異な能力を有しています。

尿は薄めた方が良い?

 がん臭は人の乳がんや肺がんで特定されており、線虫ががん患者の尿を選好して健常者の尿を忌避するという走化性を示したことから、がん検査への応用が始まりました。線虫の能力は感度が鋭く、リンパへの転移が始まる前のステージ0~1という早い段階での発見が可能とのこと。また尿1mL以上があれば検査が可能であり、人では希釈濃度十分の1、百分の1、千分の1で有効性が確認されています。
 猫を対象として行われた今回の調査により、尿の希釈濃度が百分の1~千分の1のときに高い精度で悪性腫瘍の有無を検知できる可能性が示されました。十分の1で有意差が出なかった理由はわかりませんが、直観に反し検体となる尿を薄めた方が逆に精度が高まるようです。
 体の大きさに対する腫瘍の大きさが尿中のVOC濃度に影響しているといった可能性の他、種に特異的な全く未知の因子が影響している可能性も検討されています。

お財布にも患猫にも優しい

 日本国内で飼育されている猫の数を960万頭、悪性新生物の診断率を5.6%と仮定すると年間50万頭もの猫が何らかの形でがん検査を受けていることになります。
 従来、がんの早期発見には CTスキャンやMRIと言った検査が要求されることがあり、費用や設備の制限から見送られるケースが少なからずありました。また検査工程で行われる全身麻酔自体が持病のある患猫にとってのハードルになったり、患者の健康を積極的に害するリスクになっていました。
 線虫を用いたがん検査が実用化すれば、画像検査と比べて安価(2万円未満)、患猫を選ばない(肝臓や腎臓の持病不問)、患猫への負担が少ない(無麻酔)、簡便(尿を採取するだけ)という、かなり魅力的な猫のがん検査法が選択肢として増えることになります。 猫のガン(悪性腫瘍)