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子猫における若年性歯肉炎の原因は細菌(スピロヘータ)?

 犬と比較した場合、猫は1歳未満というかなり若い頃から歯肉炎を発症することが確認されています。原因はよくわかっていませんが、スピロヘータを含めた病原性細菌が関わっている可能性が高いようです。

子猫における若年性歯肉炎

 若年性歯肉炎(early-onset gingivitis, EOG)とは6~8ヶ月齢の子猫の永久歯に発症する歯肉炎の一種。疼痛、紅斑、浮腫、出血を主症状としています。 子猫の口内に発症した若年性歯肉炎  原因はよくわかっていませんが、逸話的に性的に成熟するとともに自然寛解することからホルモンの影響が疑われています。また人医学における早期発症型の侵襲性歯周炎(若年性歯周炎)との類似点も指摘されています。
侵襲性歯周炎
 侵襲性歯周炎はプラーク付着量が少ないにも関わらず急速な歯周組織破壊(歯槽骨吸収・アタッチメントロス)を示す歯周炎。10~30歳代で発症し、家族性であることも多い。深部組織への炎症波及、早期アタッチメントロス、歯周ポケットの形成、歯肉の退縮、根分岐部の露出、歯の脱落といった口内病変を示すが、それ以外は健康で他の疾患の関与が確認できない。 難病情報センター

調査対象

 今回の調査を行ったのはカリフォルニア大学デイヴィス校のチーム。1997年1月から2022年3月の期間、大学付属の歯科部門を受診した患猫のうち「若年性歯肉炎」と診断されたデータだけを抽出し、発症の関連因子を統計的に検証しました。
 初診時の年齢を2歳以下に限定して絞り込んだところ、合計27頭分の医療データが集まったといいます。純血種が41%、避妊メス63%、去勢オス33%という内訳で、年齢中央値は17ヶ月齢(6~36ヶ月齢)、発症から受診までのタイムラグは9ヶ月でした。主な症状は以下です。
若年性歯肉炎の主症状
  • 歯肉炎
  • 口臭
  • 口内違和感
  • 歯の脱落
  • 口内出血
  • 体重減少

調査結果

 医療データから飼育スタイル(室内/屋外/放し飼い)、給餌スタイル(ドライのみ/ウエットのみ/ミックス)、オーラルケア習慣(デンタルフード/リンス/クロルヘキシジンetc)などの情報を吸い出し、歯肉炎インデクス、プラーク(歯垢)インデクス、歯石インデクスとの関連性を統計的に計算しました。
 その結果、上記項目群と歯周病のステージや進行度との間に有意な関係性が認められなかったといいます。唯一わかったのは、受診から2週目に行った再チェックで治療への反応が認められないことと、歯周病の進行度とが関わっているという点だけでした。
 結局、発症原因が分からずじまいの消化不良な報告でしたが、調査チームは現時点で明らかになった事実から当症のポイントを以下のようにまとめています。
✅覚醒時の診察では視認できなかった不可逆的な歯周病が、麻酔下での診察では82%の割合で見つかったことから、口内チェックをする際は麻酔を用いることが望ましい。
✅主な特徴は中等度~重度の歯周病と歯の脱落。半数では歯肉の肥大が見られなかったことから、慣習的に用いられる「若年性過形成性歯肉炎」という診断名は病態を的確に表していない。
✅組織学的所見の特徴は中等度~重度のびらんや潰瘍、および好中球~リンパ形質細胞性の炎症。特に広範囲に渡るリンパ形質細胞の上皮下間質内への浸潤は、慢性歯肉口内炎(FCGS)の病態に酷似している。
関連外部
Maria Soltero-Rivera, Natalia Vapniarsky, Iris L Rivas, Boaz Arzi, Journal of Feline Medicine and Surgery(2023), DOI:10.1177/1098612X221148577

若年性歯肉炎と細菌の関係

 上の報告で示した通り若年性歯肉炎の発症メカニズムははっきりわかっていませんが、別の調査では何らかの病原性細菌が関わっている可能性も指摘されています。例えば人における歯周病菌としては「Treponema denticola」のほか「Tannerella forsythia」「Porphyromonas」などがよく知られています出典資料:京都大学・微生物感染症学分野)
 犬や猫では「Porphyromonas gulae」が有名です。また最近は軽度の歯周炎を抱えた猫のプラーク内からスピロヘータ(らせん状の細長い細菌の総称)の一種である「Treponema」に属する細菌が数多く検出されたことから、人間の場合と同様、スピロヘータが発症に関わっているのではないかと疑われています。

調査対象

 こうした背景から調査に乗り出したのが日本の山口大学。2020年4月から2022年3月までの期間、山口県にあるアミカペットクリニックの協力を仰ぎ、1歳以下の犬や猫を対象としたランダムな口内チェックを行うと同時に歯肉縁の上下からプラーク(歯垢)のサンプルを採取して保菌状態を解析しました。
 最終的に調査対象となったのは猫68頭(オス34+メス34/5~12ヶ月齢/平均7.1ヶ月齢)と犬31頭(オス14+メス17/5~11ヶ月齢/平均6.7ヶ月齢)です。

調査結果

 進行度を度外視し、歯肉炎を発症していた犬猫の割合は猫92.6%(63/68)に対し犬45.2%(14/31)で、統計的に猫>犬という勾配が認められました。
 次に先行調査で歯周病との関連性が疑われている「P. gulae」の歯垢内陽性率をPCR検査で調べた結果が以下です。歯肉炎発症群では統計的に猫>犬であることが確認されました。
犬猫のP. gulae陽性率
犬と猫の歯垢サンプル内における「P. gulae」陽性率
  • 発症猫:61.9%(39/63)
  • 発症犬:14.3%(2/14)
  • 未発症猫:40.0%(2/5)
  • 未発症犬:23.5%(4/17)
 また人間における歯周病菌として悪名高く、猫における病原性が指摘されているスピロヘータの保菌率を「門(phylum)」レベルで調べた結果が以下です(※門>綱>目>科>属>種)。PCR検査に関しては、歯肉炎発症群における保菌率が統計的に猫>犬とであることが確認されました。
スピロヘータ保菌率(顕微鏡)
犬と猫の歯垢サンプル内におけるスピロヘータ門陽性率(顕微鏡検査)
  • 発症猫:81.0%(51/63)
  • 発症犬:14.3%(2/14)
  • 未発症猫:40.0%(2/5)
  • 未発症犬:5.9%(1/17)
スピロヘータ保菌率(PCR)
犬と猫の歯垢サンプル内におけるスピロヘータ門陽性率(PCR検査)
  • 発症猫:84.1%(53/63)
  • 発症犬:21.4%(3/14)
  • 未発症猫:40.0%(2/5)
  • 未発症犬:17.7%(3/17)
 細菌と歯肉炎とを統計的に調べた結果、意外なことに犬でも猫でも「P. gulae」との間に有意な関連性は認められませんでした。唯一見つかったのは猫の歯肉炎とスピロヘータ門との関係で、歯垢内にスピロヘータが検出されるとき、歯肉炎であるリスクが7.95倍(OR7.95)になるというものでした(P< 0.05)。
The association between gingivitis and oral spirochetes in young cats and dogs
Yamaki S, Tachibana M, Hachimura H, Ogawa M, Kanegae S, Amimoto H, et al. (2023) . PLoS ONE 18(1): e0281126, DOI:10.1371/journal.pone.0281126
最悪のコンボは軽度歯肉炎→若年性歯肉炎→潰瘍性口内炎というルートです。調査結果が示唆するようにスピロヘータが端緒であり、なおかつその病原性が解明されれば、治療・予防法に少しだけ光が見えてきます。猫の口内炎