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同じ課題に直面した時の犬と猫の違い~V字迂回パラダイムを用いた比較実験

 犬と猫に同じ課題を与えた時、行動に違いは見られるのでしょうか?古くからある「V字迂回パラダイム」を用いた観察実験が行われました。

V字迂回パラダイム

 調査を行ったのはハンガリーにあるエトヴェシュ・ロラーンド大学動物学部のチーム。「V字迂回パラダイム」と呼ばれる古典的な実験手法を用い、犬と猫の行動差を比較観察しました。これはV字型にセットした遮蔽フェンスを動物の目の前に置き、フェンスの向こう側に誘引作用をもつ対象物を置くことで動物の自発的な行動を観察する手法です。 V字迂回パラダイムのセッティング

調査対象

 実験に参加したのは大学が管理するウェブサイトやSNSを通してリクルートした臨床上健康な53頭の猫(平均53.7ヶ月齢/普通の短毛種45頭)と38頭の犬(平均61.4ヶ月齢/純血種28頭)。犬は体の大きさによる実験結果への影響を最小限にするため、だいたい猫と同じくらいの体格を持った個体(平均体高29.56cm)が選別されました。
 猫に関しては移動に伴うストレスを軽減するため飼い主の自宅で、そして犬に関しては自宅に実験者が訪問することによるテリトリー意識の覚醒を軽減するため大学の実験室で行われました。動物種が持つ個性を勘案した結果、これら2つの実験環境は同等とみなすことができるとの前提に立っています。

調査方法

 動物達をランダムで3つのグループに分けた上で、1頭につき3回のセッション(1回1分)を行いました。具体的な手順は以下です。
観察グループ
  • 比較対照グループV字フェンスの前に動物を置き、飼い主が両手で軽く拘束する。フェンスの向こう側におやつ置き、拘束を解いて動物の自発的な行動を観察する(以下、基本手順とする)。これを3セッション行う。
  • レーザー直進グループ第1セッションでは基本手順を行う。第2および第3セッションではV字フェンスの前に軽く拘束した状態の動物を置き、実験者がレーザーポインターで動物の視線を誘導しながら、おやつまでの最短距離をなぞる。おやつの上で光を3秒間留めて消した後、拘束を解いて動物の自発的な行動を観察する。
  • レーザー迂回グループ第1セッションでは基本手順を行う。第2および第3セッションではV字フェンスの前に軽く拘束した状態の動物を置き、実験者がレーザーポインターで動物の視線を誘導しながら、右もしくは左の迂回コースをなぞる。おやつの上で光を3秒間留めて消した後、拘束を解いて動物の自発的な行動を観察する。レーザーの軌跡は動物が第1セッションで選んだコースとは逆側にする(例:最初に右迂回コースを選んで進んだ場合は左迂回コース/選ばなかった場合はランダム)。

調査結果

 上記した手順で実験を行った結果、犬でも猫でもおやつに直進してフェンスに頭をぶつける間抜けはおらず、セッション間における成功率(=おやつへの到達率)に違いは見られなかったと言います。一方、犬と猫の間でいくつかの明確な違いも同時に見られました。主な観察結果は以下です。
✅直進であれ迂回であれ、犬も猫も直前に観察したレーザーポインターの軌跡を追尾する傾向は見られなかった
✅目的のおやつに到達するまでの時間はどのグループにおいても猫より犬の方が短かった
✅第1セッションと第3セッションの行動の速さを比較した場合、犬でのみ短縮が見られた
✅犬は第1セッションで選んだコースを第2セッション以降でも選ぶ傾向がみられた
✅犬は飼い主の方を振り返って目を合わす頻度が高かった
Companion Cats Show No Effect of Trial-and-Error Learning Compared to Dogs in a Transparent-Obstacle Detour Task
Animals 2023, 13(1), 32, Muhzina Shajid Pyari, Kata Vekony et al., DOI:10.3390/ani13010032

犬と猫におけるリアクションの違い

 古典的なV字迂回パラダイムを用いて犬と猫の自発的な行動を観察した結果、それぞれの動物に固有と思われる特徴が浮かび上がってきました。

模倣学習

 犬も猫も直前に観察したレーザーポインターの軌跡を追尾する傾向は見られませんでした。
 他の個体が見せた行動を真似ることは模倣学習と呼ばれ、犬でも猫でも確認されています。猫を例にとると、先輩猫が用を足す姿を見てトイレの場所を覚えるとか、飼い主が出入りする姿を見てレバー式ドアノブの開け方を覚えるなどです。
 今回の調査では行動のお手本としてレーザーポインターが採用されましたが、犬でも猫でも追尾行動は確認されませんでした。レーザーの光を虫や小動物といった獲物と認識していた場合は追跡行動が誘発される可能性がありますが、動物の拘束を解いたのは光を消した後だったため、本能的な衝動が弱まってしまったのかもしれません。あるいはそもそも生物として認識されていなかったため、獲物にも行動のお手本にもなりえなかった可能性もあります。状況を例えるなら「風に吹かれて眼の前を動くゴミ」ですので、わざわざエネルギーを投資して追いかけようという気にはならないでしょう。

行動の効率化

 拘束を解かれた後、おやつに到達するまでの時間は猫よりも犬の方が短く、また第1セッションと第3セッションの行動の速さを比較した場合、犬でのみ短縮が見られました。
 こうしたデータを一見すると「猫は学習しない」という印象を受けますが、そもそもモチベーションレベルに格差があるという可能性もあります。食べものによるモチベーションを保つため犬も猫も事前に5時間ほど食事を取らない時間が設けられましたが、空腹時間が同じだからといって犬と猫のモチベーションが同等とは限りません。また仮に同等だったとしても、空腹時の摂食行動が同じとも限りません(犬はがっつくが猫は慎重など)。
 ですから「行動の短縮=学習能力」という単純な図式に飛びつくのはいささか早計です。

オペラント条件づけ

 犬では第1セッションで選んだコースを第2セッション以降でも選ぶ傾向が見られました。
 ある特定の行動の結果として報酬が得られたとき、直前に取った行動の頻度が高まる現象をオペラント条件付けの「正の強化」と呼びます。例えば、過去に1万円が当選した宝くじ売り場でもう一度買うなどです。
 事前に選択したコースをもう一度選択すると言う行動はちょうど上記「正の強化」に当たりますが、なぜ犬でだけ観察されたのでしょうか?逆の言い方をすれば、なぜ猫で観察されなかったのでしょうか?
犬と猫の学習力の差?
  • 1、たった数回では学習が成立しない
  • 2、自分の直前の行動を忘れた
  • 3、報酬が不十分だった
  • 4、簡単すぎてどちらのコースでも良いと判断した
 1や2が正解である場合、猫はとんだ間抜けということになります。一方3や4が正解である場合、間抜けとは真逆の印象を受けます。この実験だけから正解を見抜くことは困難ですが、犬と比較した場合、猫ではオペラント条件付けがひどく難しいと感じるケースが多いことは事実です。例えば名前を読んで「ニャー」と返事をしたらおやつを与えるという簡単な正の強化を毎日やっているにも関わらず、成功率は6~7割だったりします。
 その一方、「おしりトントン」に味をしめてしつこいくらい膝に飛び乗ってきますので、正の強化がことさら成立しにくいというわでけもないようです。中間を取ると「猫にとっての報酬の強さが行動頻度や学習意欲に大きな影響を及ぼす」となるでしょうか。だとすると猫にしつけを行う際の生命線は、猫が強く嬉しいと感じるものを何とか見つけることになりますね。

おうかがい

 偶発的な発見として、犬は飼い主の方を振り返って目を合わす頻度が高いことが明らかになりました(猫9.4%:犬34.2%)。解決不能な問題に直面した時に飼い主の方を見つめる「おうかがい」に関しては、先天的と後天的両方の要因があります。
 先天的な要因は、人間に依存するように選択繁殖されたという家畜化の歴史です。犬は使役動物として長らく人間と暮らしてきましたので、飼い主である人間に従うことや依存することが生き残りの条件だった側面があります。また多くの動物にとって相手の目をじっと見つめるアイコンタクトは敵意の現れで本能的に避けるものですが、犬は長い家畜化の歴史の中で凝視に伴う恐怖心を克服してきました。こうした先天的な要因が飼い主に対するおうかがいの頻度を高めた可能性があります。
 後天的な要因としては、欲しい物があるとき飼い主の顔を見つめたらゲットできたという学習量の差が挙げられるでしょう。寝ている時間が多い猫より、散歩などを通じて飼い主と接する機会が多い犬では、アイコンタクトをとる機会が多くなって習慣化するのは必然です。
当調査結果は「犬と猫ではどちらの頭が良いのか?」という古くからあるテーマに終止符を打つようなものではありません。それぞれの個性が浮き彫りになったという程度です。猫の知能