トップ2023年・猫ニュース一覧6月の猫ニュース6月2日

猫の食道瘻チューブ(経管栄養)による合併症の発生率

 何らかの理由で食事を取れない猫に強制給餌するときに用いられる食道瘻チューブ。比較的安価で自宅介護もできますが、合併症の危険性もゼロではありません。

猫の食道瘻チューブと合併症

 食道瘻チューブ(Eチューブ)とは外界と食道を結ぶ穴を首の横(通常は左側)に開けて使用する医療用の管のことです。胃袋の直前まで通した管を経由して外部から食糧、水分、薬剤、造影剤などを強制的に注入することができるようになります。 猫の左側頚部に設置された食道瘻チューブ  食道瘻チューブのメリットは特殊な機器を必要とせず設置が簡単なこと、食道瘻や十二指腸瘻チューブとは違い最低留置時間に制限がないこと、在宅看護も可能で入院期間の短縮や医療費の抑制につながることなどです。その一方、ストーマサイト感染や頚部の神経・脈管をうっかり傷つけるといった合併症の危険性もゼロではありません(※ストーマサイト=手術によって新設された外界との出入り口)。
 今回の調査を行ったのはスコットランドにあるエジンバラ大学を中心としたチーム。食道瘻チューブの設置に伴う合併症がどの程度の割合で発生するのかを確かめるため、医療施設に蓄積された患猫データを回顧的に参照した検証を行いました。

調査対象

 調査対象となったのはイギリス国内にある2つの二次診療施設において、2005年5月から2011年5月までの期間内に食道瘻チューブの設置を受けた患猫たち。
 データに不備がないケースで絞り込みを行い、最終的に病院Aから189例、病院Bから59例の合計248例が選別されました。猫たちの基本属性は以下です。体重は237頭、BCS(体型)は108頭分のデータだけが反映されています。
患猫の基本属性
  • 去勢オス=142頭
  • 未去勢オス=4頭
  • 避妊メス=98頭
  • 未避妊メス=4頭
  • 非純血種=59.3%
  • 平均年齢=7歳7ヶ月(6ヶ月齢~22歳)
  • 体重中央値=4.2kg(1.46~8.3kg)
  • BCS中央値=4/9
 チューブに関してはシリコン製が30.3%(75例)、ポリウレタン製が29.8%(74例)、塩化ポリビニール製が6.5%(16例)という内訳でした。

調査結果

 調査の結果、生存群65.3%(162頭)と死亡群34.7%(86頭)とに分かれました。生存群におけるチューブの留置期間は中央値で11日(1~93日)、合併症は48.1%(78/162)でした。また死亡群における受診から死亡までの期間は中央値で4日(0~66日)、合併症は12.8%(11/86)でした。

合併症の種類

 合併症が確認された合計89頭における具体的な内容は以下です(※SS=ストーマサイト)。 猫への食道瘻チューブ設置に伴う合併症の割合
  • SS感染=33.7%
  • 自分で外す=19.1%
  • ずれる→外す=12.4%
  • その他=10.1%
  • ずれる→再縫合=9.0%
  • 吐出=7.9%
  • 管の閉塞=7.9%
 ストーマサイト感染に関しては上記以外に45例ありましたが、自己限定的で治療を必要としないレベルだったためカウントからは除外されました。また「その他」には一時的な喉頭麻痺、食道の局所裂孔、チューブによる咽頭閉塞などが含まれます。
 ストーマサイトからの排出物をサンプルとした細菌培養の結果、細菌1種が12例、2種が3例、3種が2例、4種が13例という内訳となり、その多くがありふれた片利共生菌でした。

感染と死亡の危険因子

 治療が必要なレベルの感染症リスクを高める因子、および死亡のリスクを高める因子を統計的に解析した結果は以下です。ORは「オッズ比」のことで、標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示しており、数字が1よりも小さければリスクが小さいことを、逆に大きければリスクが大きいことを意味しています。
治療が必要な感染症のOR
  • SSの排出物=159.79
  • Milaチューブ=4.51
  • 糖質コルチコイドや化学療法=3.9
死亡のOR
  • 軽体重=1.33
  • 呼吸器疾患=19.66
  • ガン=15.44
  • 感染症=11.57
  • 泌尿生殖疾患=5.78
  • 膵臓疾患=4.33
Esophageal feeding tube placement and the associated complications in 248 cats
Journal of Veterinary Internal MedicineVolume 33, Issue 3, Craig R. Breheny, Alisdair Boag, Alice Le Gal, et al., DOI:10.1111/jvim.15496

食道瘻チューブと付き合う

 経管栄養に伴う合併症を調べた先行調査では経鼻胃チューブで37%、胃瘻チューブで62.5%、食道瘻チューブで71%との報告があります。今回の調査でも全体で35.9%(89/248)、生存群限定では48.1%(78/162)という高率でしたので、およそ1/2(2頭に1頭 or 2回に1回)の確率で何らかの不具合が生じる可能性があると覚悟するのが妥当でしょう。

細菌の感染ルートは?

 合併症の中で最も多かったのがストーマサイト感染(33.7%)で、原因菌の多くはありふれた片利共生菌でした。感染ルートとしては以下のような可能性が考えられます。
SSへの感染ルート
猫の左頚部に設けられたストーマサイト
  • 大腸菌・腸球菌丸くなって眠る際、股間と頚部が接近して消化管由来の細菌がチューブに付着する。あるいは尻を密着させた寝床を使用することで肛門由来の細菌がチューブに付着する。
  • パスツレラ菌・レンサ球菌くしゃみで飛び散った唾液が寝床に付着し、その寝床を使用することで口腔・呼吸器の細菌がチューブに付着する。あるいは胃内からの逆流成分が直接チューブに付着する。
  • 黄色ブドウ球菌被毛をグルーミングすることで皮膚由来の細菌が口腔内に移行し、くしゃみなどを通じてチューブ近辺に移る。あるいはチューブを強引に外そうと後肢で引っ掻いた際に爪経由で菌が移行する。
 感染ルートを見る限り、猫の生理現象や健康維持行為が関わっていますので細菌の移行を完全に予防することは難しいようです。治療を要するレベルの感染が30例、要さないレベルの感染が45例でしたので、およそ3割では大なり小なりストーマサイトに異常が発生するものと推測されます。

最適なチューブは?

 今回の調査ではポリウレタン製のMilaチューブにおいてストーマサイト感染のリスクが4.5倍に増加しました。しかし同じくポリウレタン製のCookチューブではリスクが認められませんでしたので(OR0.5/p=0.62)、素材よりもメーカーや商品デザインに原因がある可能性を否定できません。あるいは全体の33.4%(83頭)で使用メーカーが不明だったことから、調査サンプル不足による見かけ上の危険因子である可能性もあります。 食道瘻チューブを通してスラリ(泥漿)状の栄養を給餌する様子  なおチューブサイズと合併症との間に関連性が認められなかったことから調査チームは、管閉塞のリスクを減らすためできるだけ大きいもの(外径19Fr≒6.33mm)を選ぶに越したことはないとしています。

原因を作らないためには?

 食道瘻チューブの設置を余儀なくさせる持病として、以下のような割合が報告されました。
Eチューブに多い持病
猫の食道瘻チューブの設置に多い持病
  • ガン=16.1%
  • 外傷=16.1%
  • 膵臓=14.1%
  • その他=11.7%
  • 消化管=11.3%
  • 肝臓=9.3%
  • 泌尿生殖=6.9%
  • 感染=6.0%
  • 敗血症=4.8%
  • 呼吸器=3.6%
 最悪なのは「何らかの原因→絶食→肝リピドーシス→栄養失調で死亡」という負の連鎖です。幸いなことに、ガンと並んで最も割合が高い「外傷」は予防可能ですので、室内飼育を徹底して愛猫を守ってあげましょう。
口周辺の怪我だけでなく、四肢の怪我でも食欲不振や絶食が起こり得ます。猫の肝リピドーシス