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ネコパピローマウイルス(FcaPV)による皮膚病~乳頭腫、扁平上皮腫、サルコイド

 もっぱら猫に感染し、さまざまな皮膚疾患の原因になることで知られているネコパピローマウイルス(FcaPV)。一体どういった種類があり、具体的にどのような病気を引き起こすのでしょうか?

パピローマウイルスとは?

 パピローマウイルス(Papillomavirus)は環状二本鎖DNAを含むカプシド(ウイルスゲノムを取り囲むタンパク質の殻)を備えた20面体のノンエンベロープウイルス。もっぱら人間に感染するヒトパピローマウイルスは5つの属と450以上のタイプが確認されています。 ヒトパピローマウイルスの3Dモデル  パピローマウイルスは人間を始めとした哺乳動物のみならず、鳥類や爬虫類においても上皮に病変を引き起こすことが知られており、病原性という観点から何ら臨床症状を引き起こさないタイプと、組織の過形成(いわゆるイボ)を引き起こすタイプに分けられます。 皮膚の微小外傷から基底細胞層に侵入するパピローマウイルスの模式図  病原タイプのパピローマウイルスは皮膚や粘膜の微小外傷から入り込んで上皮基底細胞に感染し、細胞の急速な複製を促します。そしてウイルスDNAを含んだ上皮組織の過形成が促進され、イボに成長します。イボが大きくなると免疫応答が刺激されてウイルスの複製が止まり、最終的に病変部は自然消滅しますが、個体の健康状態により難治性となることもあります。

ネコパピローマウイルス(FcaPV)

 もっぱら猫にだけ感染するネコパピローマウイルス(Felis catus papillomavirus, FcaPV)としては現在3属6タイプが確認されています出典資料:Medeiros-Fonseca B, 2023)。以下表中、「BISC」はボーエン様表皮内がんのことです。
タイプ病変
1ラムダ口腔乳頭腫, 皮膚乳頭腫
2デュオシータウイルス性プラーク, BISC, 皮膚扁平上皮腫, 基底細胞腫
3タウウイルス性プラーク, BISC, 皮膚扁平上皮腫
4タウ口内炎, BISC
5タウウイルス性プラーク, BISC
6タウ皮膚扁平上皮腫
 もっともありふれたタイプ2のパピローマウイルスはほとんどの猫が出産時や授乳時に母猫を経由して感染します。無症状の猫の血液からも検出されるという事実から、上皮細胞以外の場所でも複製できること、および胎盤や血液を通じて感染しうることが示唆されています。
 一部の猫で病原性を発揮するメカニズムはわかっていませんが、E6タンパクが細胞内におけるp53の変質を促し、その機能を阻害することで悪性化につながっているのではないかと推測されています。不思議なことに、ウイルス保有量は加齢の影響を受けず、何らかの因子によって個体ごとに決まっています。

FcaPVによる病気

 はっきりと証明されていないものまで含めると、ネコパピローマウイルス(FcaPV)が引き起こすとされる皮膚病変はかなりたくさんあります出典資料:J.S. Munday, 2021)

乳頭腫(皮膚・口腔)

 犬に比べると猫における乳頭腫(イボ)の症例はそれほど多くなく、鼻鏡やまぶたに単発性で小さいものができる程度です。口腔症例はまれでほとんどは自然軽快し、股間部における報告は今のところありません。 猫のベロ下に発生したパピローマウイルス性乳頭腫

プラーク/BISC

 ウイルス性プラークとBISC(ボーエン様表皮内がん)は別の病気と考えられてきましたが、どちらもパピローマウイルスによって引き起こされること、および組織学的な所見に共通部分が多いことから、重症度の違う同一の病態であるとの認識に代わりつつあります。 ウイルス性プラークと診断された猫の色素性病変部(頭部) BISC(ボーエン様表皮内がん)と診断された猫の色素性病変部(耳介部)  BISCでは直径が2cmを超えない程度に盛り上がった複数の病変が顔、頭、首に出現します。痛みやかゆみは伴わず、色はあったりなかったりです。無毛部にも有毛部にも発症することから、日光(紫外線)が発症に関わっている可能性は薄いと考えられています。
 通常は中年~高齢に多いとされますが、スフィンクスやデボンレックスでは早発性の症例も報告されており、進行性かつ転移性の扁平上皮腫に進展しやすいとされます。
 病変の数が少ない場合、表皮を物理的に切除できれば治癒する可能性があります。

皮膚扁平上皮腫

 皮膚扁平上皮腫は浸潤性と死亡率が非常に高いことで知られる皮膚がんの一種です。多くは耳介、鼻鏡、まぶたなど毛が生えておらず色素のない部位に発症しますが、被毛部や色素のある部位にもまれに発生します。 猫の頭部と鼻鏡に発生した皮膚扁平上皮腫  太陽光への曝露部では日光角化症から進展するケースが多くPVの関連性は30%程度、被覆部ではウイルス性BISCから進展するケースが多くPVの関連性は70%程度と推計されています。
 原因として最も多いのはFcaPV2ですが日本ではなぜかFcaPV3が多く、多少の地域差があるようです。

口腔扁平上皮腫

 口腔扁平上皮腫は浸潤性と死亡率が非常に高いことで知られる皮膚がんの一種です。ひとたび発症すると生き残ることが難しく、平均生存期間は5週間ほどです。 老猫(13歳)の舌下に発生した口腔扁平上皮腫  パピローマウイルスと口腔扁平上皮腫との因果関係に焦点を絞った調査は世界各国でいくつも行われてきましたが結論は出ておらず、病変部からウイルスが高確率で検出されたという報告がある一方、なかったという報告も混在しています。

基底細胞腫

 基底細胞腫は表皮の一番下の層にある基底細胞や、毛包を構成する細胞から発生する腫瘍のことです。扁平上皮腫とは違って上皮を巻き込まず角化も欠落しています。
 BISCに隣接する形で発症することが多いこと、細胞腫内にPVによる細胞変性効果が観察されること、および細胞腫内部からFcaPV3のDNAが抽出されたことから、PVとの因果関連が疑われています。

サルコイド(線維乳頭腫)

 サルコイドはFcaPVではなく、もっぱらウシに感染するウシパピローマウイルス(BPV14)を原因とする皮膚病変です。 猫の鼻先でコブ状に盛り上がった線維乳頭腫(サルコイド)  発症例の多くは牛舎や畜産農家で占められていることから、感染にはウシとの密な接触が必要であると考えられています。
 発症部位は鼻鏡、上唇、指に多く、好発年齢は若齢~中年です。農場との位置関係上、都心部より郊外における発症率が高いと報告されています。
 組織学的には過形成された上皮に覆われた、無規律なコラーゲン繊維束の増殖でウイルス増殖は見られず、パピローマウイルスによって引き起こされる細胞の変化も見られません。
 病変部からウイルスが検出されること、および投薬治療がないことから治療の第一選択肢は外科的な切除となります。マージンを含めて完全に除去したと思われる症例でも10%では再発するとされます。

ネコパピローマウイルスの予防

 人医学ではパピローマウイルスに対するワクチンが開発されており、子宮頸がんや口腔がんの予防に応用されています。
 一方、猫においてもウイルス様粒子を利用したFcaPV2ワクチンが開発され、接種を受けた個体では抗体価レベルが7倍程度に増加することが報告されていますが、ウイルス量自体には変化が見られなかったとされます。つまりもし皮膚疾患の発症にウイルス量が関係している場合、まったくの無駄打ちになるということです出典資料:J.S. Munday, 2021)
 そもそも猫において最も多いとされるFcaPV2は出産時もしくは授乳期に母猫から感染する非常にありふれたウイルスで、ほぼ全ての猫が保有していると言っても過言ではありません。FcaPV2を原因とする皮膚疾患を予防するため、生後間もない子猫にワクチンを接種するという選択肢は現実的ではないため、実用性には疑問が持たれます。
 またFcaPV2によって引き起こされる症例数がそれほど多くないことや、500人を対象として行われた統計調査を通し肛門性器疣贅の発症率に有意差がなかったという事実から、ワクチンを打つメリットがデメリットを上回るシナリオは想定しづらいのが現状です。
もっとも確実に防げるのは、ウシとの接触を原因とするサルコイドくらいです。2020年10月以降、飼養衛生管理基準の改正により衛生管理区域内で犬や猫を飼育することや持ち込むことが禁止になりました。牛舎内に猫がいること自体がアウトです。