トップ2023年・猫ニュース一覧5月の猫ニュース5月18日

猫の免疫性多発神経炎は動物界のギラン・バレー症候群?

 原因がよくわからないまま突如として発症する猫の免疫性多発神経炎。50頭を超える患猫を対象とした調査により、人医学領域のギラン・バレー症候群にとてもよく似ていることが明らかになりました。

猫における多発神経炎の実態

 多発神経炎(polyneuropathy)とは複数の神経に同時多発的に炎症が発症して運動機能や感覚機能が障害された病態のこと。獣医学会に報告され始めた当初は特定品種に偏っていましたが、後に非純血種(短毛種)における発症事例が報告されたことから、今では品種に関わらず発症することがわかっています。原因についてはよくわかっておらず、多くの場合「特発性」という便宜上の言葉でくくられますが、抗原抗体反応の乱れによって生じる「免疫介在性」である可能性も指摘されています。原因がよく分かっていないため治療法のゴールドスタンダードは確立しておらず、糖質コルチコイド、L-カルニチン、理学療法、もしくはこれらの複合が対症療法的に行われます。 猫の後肢蹠行  今回の調査を行ったのはフランスにあるアルフォール国立獣医学校を中心としたチーム。未知の部分が多い猫における多発神経炎の発症メカニズムを検証するため、複数の医療施設に蓄積された医療データを基にした回顧的調査を行いました。

調査対象

 調査対象となったのは2010年から2022年の期間、学校および2つの診療施設において「筋肉の衰弱」を主訴として受診し、症状を引き起こしうる他の要因がないことを確認した上で多発神経炎と診断された症例。
 最終的に55頭が解析対象となりました。基本属性はオス38頭+メス17頭、受診時の年齢中央値10ヶ月齢(3ヶ月齢~6.5歳/3歳未満が91%の50頭)、非純血種18頭+純血種35頭(15品種)、体重中央値3.6?kgです。

症状

 受診に先行する症状の継続期間は中央値で2週間でした。また4頭では過去に少なくとも1度同じ症状を発症していました。
 全頭で確認された症状はジャンプ困難に代表される下肢の衰弱。上肢の衰弱も67%(37頭)で報告されましたが、発症のタイミングはどれも下肢と同時もしくは後で、先行する例は1つもありませんでした。
主症状(複数回答)
  • 四肢不全まひ=67%(37頭)
  • 不全対まひ=33%(18頭)
  • 蹠行=60%(33頭)
  • 運動失調=31%(17頭)
  • 掌行=9%(5頭)
  • 受動的頸部腹側屈曲=11%(6頭)
猫の後肢蹠行  歩行不能症例が13%(8頭)に対し歩行可能症例が87%(47頭)でしたが、歩けるのはせいぜい数歩だけで、すぐへたりこむことが多かったそうです。
 姿勢性反射の減弱は87%(48頭)で認められ、下肢は87%(48頭)、上肢は71%(39頭)という内訳でした。また脊髄反射の減弱~消失は75%(41頭)で認められ、下肢引っ込み反射が75%(41頭)、膝蓋腱反射が60%(33頭)、上肢引っ込み反射が58%(32頭)という内訳でした。その他両側性顔面麻痺が11%(6頭)で認められましたが、泌尿器系(失禁・便粗相)の機能不全を示す症例はありませんでした。
 血清生化学検査(34頭)、電解質濃度(26頭)、CBC(12頭)、尿検査(5頭)、胸部レントゲン検査(25頭)ではいずれも異常は認められませんでした。またアセチルコリン受容体抗体、FeLV、FIV、コロナトキソプラズマを検査した13頭ではすべて陰性でした。さらに脳脊髄液を採取した13頭では2頭で総蛋白濃度の上昇が見られた以外異常は認められませんでした。
 運動神経伝導の異常が全頭で認められた一方、感覚神経の伝導に関しては数頭で速度の軽度遅延が見られた以外ほぼ全頭が正常所見でした。
 筋肉生検を行った78%(43頭)では筋繊維サイズの減少が認められました。また神経生検を行った60%(33頭)では2頭を除いた31頭で免疫介在性多発神経炎の所見が認められました。

治療・予後

 治療に関しては経過観察が22%(12頭)、Lカルニチン投与が49%(27頭)、糖質コルチコイド投与が29%(16頭)という内訳でした。
 追跡調査は中央値で12ヶ月間、78%(43頭)の患猫に対して行われ、1頭を除いた全頭が回復しました。完全回復が86%(37/43)、部分回復が12%(5/43)という内訳です。回復期間(受診~回復)は中央値で4週間、エピソード期間(発症~回復)の中央値は8週間でした。
 治療法別の完全回復率に関しては、経過観察群が91%(10/11)、糖質コルチコイド群が75%(9/12)、Lカルニチン群が90%(18/20)で、回復期間やエピソード期間に介入法による差は認められませんでした。ただ過去に同様の症状を経験したことがある猫3頭におけるエピソード期間が5週間だったのに対し、経験がない猫36頭のそれが9.3週間となり、既往歴がある患猫の方が短くなることが確認されました。
 再発症例は23%(10頭)で認められ、1回が5頭、2回が3頭、3回以上が2頭という内訳でした。また1頭を除き、最初の再発は電気診断から9ヶ月以内に集中していました。
Immune-mediated polyneuropathy in cats: Clinical description, electrodiagnostic assessment, and treatment
Journal of Veterinary Internal Medicine(2023), Nicolas Van Caenegem, Lea Arti, Thibaut Troupel, et al., DOI:10.1111/jvim.16701

猫が急に歩けなくなったら

 猫の免疫性多発神経炎はかつて、ベンガル、アビシニアン、サイベリアン、スノーシューなど特定品種においてのみ発症する固有疾患と考えられていました。しかしその後、非純血種(普通の短毛種)においても発症例が確認されたことから、今では品種にかかわらず発症しうる病態だと考えられています。今回の調査でもバーマン(9頭)、ベンガル(7頭)、メインクーン(5頭)、ペルシャ(4頭)など多様な品種での発症が確認されましたが、統計的な好発品種は認められませんでしたので、やはりすべての猫に起こりうる急性疾患である可能性が強まりました。

発症メカニズムは?

 免疫介在性ニューロパチーの発症メカニズムとしては「何らかの感染症→対抗するための抗体形成→抗体が神経軸索内にある何らかの分子を異物と誤認→神経を誤って攻撃することで炎症→多発神経炎→運動 or 感覚障害」といったものが想定されています。
 今回の調査ではFIV、FeLV、トキソプラズマが陰性でしたので、少なくとも端緒となる感染症にこれらの病原体は関わっていないものと推測されます。代わりに想定されるのは上気道感染症を引き起こす細菌やウイルスですが、残念ながら当調査内で原因を突き止めることはできませんでした。

ギラン・バレー症候群との比較

 病態が類似した免疫介在性ニューロパチーとしては人医学のギラン・バレー症候群(GBS)や慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)、獣医学のイヌ急性多発神経根炎(ACP)があります。
 さまざまな観点から比較検討した結果、猫の多発神経炎に最も近いのはギラン・バレー症候群ではないかと推測されました。具体的な類似点は進行性の筋力衰弱(四肢もしくは下肢のみ)、反射の欠如、数日から4週間に及ぶ症状、対称性発現、男女比が2に近い(GBS1.8に対し当症例は2.2)などです。
 しかし以下に示すような相違点もありますので、人と猫とでは発症メカニズムがそもそも違うか、あるいは発症メカニズムは共通でも発現形式が違う可能性も拭いきれません。
GBSとの相違点
  • 顔面麻痺人で多い(24~60%)が猫で少ない(11%)
  • 腱反射障害人で多い(90%超)が猫で少ない(60%程度)
  • 年齢ギラン・バレー症候群やACPは成年~高齢に多いが猫ではほとんどが若齢(中央値10ヶ月齢)
  • 脳脊髄液の蛋白濃度上昇ギラン・バレー症候群では1週目80%、2週目88%の割合で見られるが猫では15%程度
  • 再発率ギラン・バレー症候群では2~5%程度だが猫では23%
  • 運動神経障害ギラン・バレー症候群では運動神経のみの障害が5~15%だが猫ではほぼ100%
 ギラン・バレー症候群に対する治療法としては免疫グロブリン療法や血漿置換療法などがあり、犬のACPでも治療期間が短縮する傾向が確認されています。猫を対象とした臨床報告はありませんので、こうした治療法の効果に関しては今後の検証が必要でしょう。

診断ガイドライン

 猫の免疫性多発神経炎は便宜上の呼称であり、獣医学会においてはいまだ病名や診断基準が確立していません。暫定版ではありますが、調査チームは人医学のギラン・バレー症候群のコンセンサスガイドラインを参考に、猫における多発神経炎の診断基準を示しています。
免疫性多発神経炎の診断基準
  • 必須基準後肢のみ~四肢すべてで見られる進行性かつ対称性の筋衰弱
  • 有用基準・若齢である
    ・同様の症状が自然寛解した既往がある
    ・衰弱した筋肉の腱反射減弱~消失
    ・感覚神経の障害がない
    ・両側性の顔面筋衰弱を代表とした脳神経の障害
    ・電気診断で運動軸索性多発神経炎の所見が認められる
    ・神経生検でノド・パラノドパチーの所見が認められる
ノド・パラノドパチー
神経軸索の傍ランビエ絞輪部に分布している細胞接着因子に対する抗体が産生されている状態
猫の歩行障害では命に関わるFATEがありますので、突然後ろ足がくにゃくにゃになって歩けなくなった場合は何も考えず早急に病院を受診しましょう。多発神経炎を疑うのはFATEの可能性が否定された後で、こちらは多くの場合自然寛解します。猫の動脈血栓塞栓症(FATE)