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猫の尾腺炎~症状・原因から予防・治療法まで

 猫の尾腺炎(びせんえん)について病態、症状、原因、治療法別に解説します。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い猫の症状を説明するときの参考としてお読みください。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

猫の尾腺炎の病態と症状

 猫の尾腺炎(びせんえん)とはしっぽの背面に集中して存在している皮脂腺に炎症が起こってしまった状態のことです。炎症を伴わない場合はただ単に尾腺過形成と呼ばれることもあります。
 尾腺とは猫のしっぽの上面に豊富に存在している腺組織の一種。尾上腺(supracaudal gland)とも呼ばれます。産まれたばかりの子猫では、フラスコ型をしたアポクリン腺がしっぽの上面にかなり発達しており、その周辺には筋上皮細胞が付着しています。母猫の体内にいる頃からすでに腺組織が完成している理由としては、母猫にしっぽをこすりつけて匂い付けをする必要があるからではないかと推測されています。 猫のしっぽ上面にある尾上腺(supracaudal gland)  一方、成猫ではアポクリン腺が減少してそれほど重要ではなくなり、代わりに皮脂腺(肝葉腺)が1.2mmにも達する厚い層を形成します。腺の分泌管は毛包内に開口しており、立毛筋の収縮によって大量のリポ蛋白が毛包内に分泌されるという仕組みです。母猫から独立した成猫においては、オスとメスの間の匂い付けとして機能しているのではないかと推測されています出典資料:Shabadash, 2001)
 「尾腺」と言った場合は通常、子猫に多いアポクリン腺ではなく、成猫で豊富に見られる皮脂腺(肝葉腺)のことを指し、尾腺炎と言った場合は皮脂腺に炎症が起こった状態を指します。主な症状は以下です。
猫の尾腺炎の症状
ターキッシュバンに発症した尾腺炎(尾腺過形成)
  • 被毛に出る症状上面の黒ずみ | ギトギト | ゴワゴワ | 脱毛
  • 皮膚に出る症状フケ | 肥厚 | 浮腫(腫れて太くなる) | 色素の沈着(黒ずむ) | 毛穴の角栓(コメド) | 丘疹 | 膿疱 | かさぶた | びらん
 黒ずみに関しては猫の地色が白い場合に一層目立ちます。尾腺炎は別名「スタッド・テイル」(stud tail)とも呼ばれますが、これはギトギトになったしっぽの被毛が飾りびょう(stud)に見えるからなのか、それとも未去勢の繁殖可能なオス猫(stud)で発症しやすいからなのかはわかりません。身体症状のほか、特にオス猫ではリビドー(性衝動)や攻撃性の増加が一部で報告されています。

猫の尾腺炎の原因

 尾腺炎の原因としては男性ホルモンの影響が有力視されています。
 2019年、トルコのヴァンキャット・リサーチセンターは尾腺炎(尾腺過形成)を発症した12頭と健常な猫6頭を対象とした比較調査を行いました出典資料:Ozkan, 2019)。その結果、血液生化学検査値ではALP、AST、コレステロール、トリグリセリドにおいて統計的に有意なグループ格差が見られたといいます。またテストステロンレベルは患猫が452ng/dL、健常猫が315ng/dLと大きな開きが見られたものの、こちらは統計的に有意とまでは判断されませんでした。
 生化学検査値はすべて正常の範囲内だったことから、調査チームは最終的にテストステロンが皮脂腺に影響して尾腺炎につながった可能性が高いとの結論に至っています。
ヴァンキャットセンター
 以下でご紹介するのはトルコにある「Van Cat Research and Practice Center」の映像です。研究施設のほか猫の展示施設としての側面も有しており、尾腺炎でしっぽが汚れていると来館者からクレームが入るといいます。 元動画は→こちら
 男性ホルモン(アンドロゲン・テストステロン)が最も怪しいと考えられている一方、メス猫や去勢済みのオス猫でも発症する事実がありますので、発症メカニズムが完全に解明されているというわけではありません。
 また細菌、ウイルス、外部寄生虫(ノミやダニ)が検出されなくても発症することが確認されています。さらに生活環境(室内飼い vs 放し飼い)、他の猫との接触の有無、食事内容による影響は見られないとの報告もあります出典資料:Ural, 2008)
 その他、脂漏症(特にマラセチア菌)、甲状腺機能低下症精巣腫瘍との関連性も指摘されていますが、どれも決定的な原因としては確定していません。

猫の尾腺炎の治療

 猫の尾腺炎の治療法としては、主に以下のようなものがあります。命を脅かすような病気ではないため、あまり熱心には研究されていません。
尾腺炎の主な治療法
  • こまめな手入れ 過剰に分泌された皮脂をこまめに拭き取ることで雑菌の繁殖、汚れ、角栓の形成を防ぎます。
  • 薬浴・投薬治療すでに細菌などによる二次感染が発生している場合は抗菌作用を持った薬剤で患部を拭いたり、薬浴をします。また抗生物質が投与されることもあります。
  • 去勢手術メス猫や去勢済みのオス猫における発症率が低いという点、および疾患の原因として男性ホルモンの影響が示されている点から、去勢手術によって精巣を除去すれば症状が改善してくれる可能性があります。
  • レチノイン酸(0.1%)外用薬人間の皮脂腺過形成患者に対して13-シス-レチノイン酸外用薬が著効するのと同じ理屈で、猫の尾腺過形成にも有効であるとの報告があります。
 トルコの調査チームは尾腺過形成と診断された19頭(オス11頭+メス8頭/2~7歳/1.9~5.1kg)をランダムで2つのグループに分け、一方(12頭)には0.1%のレチノイン酸外用薬、もう一方(7頭)にはプラセボ(単なるジェル)を処方し、1日4回×28日間のスケジュールで患部に塗布してもらいました出典資料:Ural, 2008)
 処方前および処方から4→7→14→21→60→90日後のタイミングで獣医師が患部の重症度を5段階で評価したところ、レチノイン酸グループでは12頭すべてにおいて数週間のうちに症状の改善が見られたといいます。改善までの平均日数は20.1日でした。また両グループにおいて処方前の症状スコアに格差は見られなかったものの、処方7、14、21、28、60、90日後におけるスコアではすべてにおいて明白な差が生まれ、統計的に有意(P<0.05)だったとも。