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2023年、キプロスの猫たちを襲ったFIPウイルスの凶悪株FCoV-23について

 2023年、キプロス島内で猫伝染性腹膜炎を引き起こすFIPウイルスの凶悪な変異株が発見され、数多くの猫たちの命が奪われました。一体なぜこのような惨劇が起こったのでしょうか。また防ぐ方法はあるのでしょうか。

悲劇的な大流行の経緯

 キプロス全土において、RT-qPCR検査により猫伝染性腹膜炎(FIP)の確定診断が下った件数は2021年が3件、2022年が4件でした。しかし2023年に入ると1月から8月までのわずか8ヶ月間で165件という異常な数字が記録され、FIPのアウトブレイクが起こっていることが明白に認識されました。
 アウトブレイクが始まったのは2023年1月、キプロスの首都ニコシアからだと推測されています。2月にピークを迎えた後ファマグスタにも広がり、こちらは3月に症例数のピークを迎えました。その後、キプロス全域に急速に拡大していったと考えられています。
 6~7月に入り、メディアによって異常事態が報じられるようになるとPCR検査による確定診断数は減少に転じましたが、これは実際の症例数が減ったというより、PCR検査を割愛して典型的な表徴だけからFIPの診断を下す獣医師が増えた結果だと推測されます。 FIPを発症した猫の口内で見られる黄疸症状  その証拠として、政府が人間向けのコロナウイルス薬の例外的使用を8月3日から許可し、その適用条件を「PCR検査」にした途端、確定診断数が再び増えたことが挙げられます。
 公開された症例数はあくまでも病院で診断を受けた数であり、診断すら受けないまま野垂れ死んだ野良猫は数えきれません。保険会社Pancyprianが行った推計では、7月半ばまでに死亡した飼い主のいない猫の数は少なくとも8千に達するとされています。
 GS薬および人間向けのコロナ薬(モルヌピラビル)により快方に向かった猫もいましたが、こうしたコストのかさむ投薬治療を受けられた猫はごく一部であり、環境に恵まれなかった患猫たちは苦しみの中で息絶えていきました。

イヌコロナとの遺伝子組換え株

 キプロス島内において大流行を起こしたFIPウイルスを遺伝的に解析したところ、イヌコロナウイルスとの間で遺伝子組換えが起こった可能性が浮上してきました。

変異ウイルスの特徴は?

 患猫たちの典型的な症状は、基本的に従来のFIPと同じものでした。ただ病型で分類した場合、滲出型69.7%、非滲出型2.4%、神経型27.9%となり、神経型がやや多かったため、ウイルスは神経細胞に対するトロピズム(向性)を有している可能性が示唆されています。
 また子猫だけでなく成猫にも等しく発症したことから、免疫応答をかいくぐる感染能を有していると疑われています。さらに異なる地域から異なるタイミングで採取されたサンプル間でも遺伝子一致率が高かったことから、猫同士の直接的な接触を通じて急速に感染が拡大したのではないかと考えられています。
 大腸細胞におけるウイルス陽性率が高いことから便中への排出が強く示唆されているものの、従来株では見られない高い感染力の原因がどこにあるのかは解明されていません。

どのように生まれた?

 2023年の大流行を引き起こしたFIPVは、イヌコロナウイルスとの組み換え株である可能性が極めて高いと推測されています。
 調査チームは2021~2023年の間でFIPが確認された猫93頭(キプロス91頭+英国2頭)からRNAサンプルを採取し、その塩基配列を解析しました。シーケンスが可能だった45サンプル(キプロス43+英国2)を対象とし、病状や伝染性の表現型と関連が深いウイルスのスパイク遺伝子にターゲットを絞って比較したところ、FCoVIと79%の一致率を示した2サンプルを除き、ほぼすべてがイヌコロナウイルス(CCoVII)のスパイク遺伝子と同一だったと言います。
 最も近かったのは「NA/09」と呼ばれる株で、一致率は97%に達しました。この株は強毒性と様々な器官に感染する汎親和性が特徴の凶悪株で、消化管だけでなく肺、脾臓、肝臓、腎臓、リンパ節、脳、TおよびB細胞にまで感染することが確認されています。

なぜ組み換えが起こった?

 コロナウイルスのRNAゲノム自体は変異率が低いものの、別属のウイルスとの間で組み換えが起こって別株になることは決して珍しくありません。今回の凶悪株もアルファコロナウイルス1におけるそうした気まぐれな自然組み換えの一例だと考えられています。
 ただ免疫応答をくぐりぬける感染能をたまたま有していたこと、イヌコロナウイルス凶悪株の発祥地(ギリシアとヨーロッパ南東部)から地理的にたまたま近かったこと、凶悪株の病原性をたまたま継承してしまったこと、感染が広がりやすい野良猫の数がたまたま多かったことなど、いくつかの不幸な条件がキプロス内で重なり合い惨劇につながったのではないかと推測されています。

予防策はないのか?

 コロナウイルスの同属間組み換えを予防する方法はコロナウイルス同士の物理的な接触を断つことですが、目の届かない自然界において完全に防ぎ切ることは難しいでしょう。
 後手ながら被害を最小限に食い止める方法は、異常事態をいち早く察知して情報共有する連絡網を構築することや、ウイルスの国外持ち出しを全力で防ぐことなどです。また実現可能かどうかは別問題とし、調査チームはワクチンの開発が急務であると言及しています。
 今回の大流行では10月に、キプロスから英国に持ち込まれた猫2頭のうち少なくとも1頭において変異株が確認されました出典資料:Warr, 2023)。頭数が少なかったことや早期の治療開始などが幸いし、空気感染のような大流行には至らなかったものの、新型コロナウイルスのパンデミックを想起させるゾッとする状況です。
Emergence and spread of feline infection peritonitis due to a highly pathogenic canine/feline recombinant coronavirus
Charalampos Attipa, Amanda Susan Warr , Demetris Epaminondas, ResearchSquare(2023), DOI:10.1101/2023.11.08.566182(pre-print version as of 2024.1)
コロナウイルスの変異は時や場所を選びません。日本においても他人事ではありませんので、少なくとも放し飼いはやめましょう。猫伝染性腹膜炎