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猫の歯周病~症状・原因から予防・治療法まで

 猫の歯周病(ししゅうびょう)について病態、症状、原因、治療法別に解説します。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い猫の症状を説明するときの参考としてお読みください。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

猫の歯周病の病態と症状

 猫の歯周病とは、歯の表面などで細菌が毒素を産生し、歯茎や骨に炎症が起こった状態を言います。2009年にアニコム損保が行った統計調査では、730件あった猫の手術費用請求のうち、歯周病に関連するものが19%にも及んだそうです。以下は、全ての猫が罹患する可能性のある「歯周病」という概念を理解するために必要な基本用語と代表的な症状です。

歯周病の基本用語と病態

  • 菌膜 菌膜(きんまく, ペリクル, エナメル薄膜)とは、歯を磨いた直後から歯の表面に形成される薄い膜のことで、構成成分は唾液に含まれるタンパク質や糖タンパク、および歯肉から出される分泌液などです。
  • 歯垢 歯垢(しこう, プラーク)とは細菌コロニーに唾液に含まれる糖タンパク、細胞外の多糖類、上皮細胞、炎症細胞などが加わってできた、ネバネバした塊のことです。舌の運動や飲水では容易に除去できませんが、機械的・化学的方法では除去が可能という性質を持っています。
  • 歯石 歯石(しせき, ターター)とはプラークと歯肉の溝から放出されるカルシウムやリン酸塩が結合し、石灰化して硬くなったものです。余りにも大きくなった場合は自然に壊れて剥がれ落ちることもありますが、基本的に除去することは困難です。
  • 歯肉 歯肉(しにく)とは歯の根元を覆うピンク色の上皮組織です。外から見える部分は歯茎と呼ばれます。
  • 歯周組織 歯周(ししゅう)とは歯の周りにある歯根膜、歯槽骨、歯肉など全てを総括する表現です。
  • 歯槽膿漏 歯槽膿漏(しそうのうろう)とは、炎症によって生じた膿が歯槽に排出された状態です。大変な悪臭を放ちます。
  • 炎症 炎症(えんしょう)とは異物を排除しようとする血液によるの防御機構です。発赤、腫脹、疼痛、発熱を4大徴候としています。
猫の歯に蓄積した歯石の写真
 歯周病のスタートラインは「菌膜」です。初期の菌膜は口の中を保護したり湿いを保つ働きをしますが、時間がたつにつれてそこに細菌成分が加わるようになり、歯の表面を覆うエナメル質1平方ミリメートルあたり100万個にまで増殖します。このようにしてできた細菌のコロニーが歯垢の土台となります。
 歯垢は、菌膜が歯の表面に付着してから約24時間で形成されます。歯磨きなどを通して機械的な刺激を与えると容易に剥がれ落ちるものの、歯と歯茎の隙間にある「歯周ポケット」と呼ばれる部分に食べかすなどがたまると、きれいに除去することは困難です。口の中にとどまった歯垢の中では数百種類の細菌が繁殖し、その中の一部は毒素を放出します。そしてこの毒素による攻撃と、毒素を排除しようとする免疫細胞の攻撃の両方が、歯肉組織を刺激し、徐々に炎症が進行していきます。これが「歯肉炎」です。
 歯垢が長時間放置されると、石灰化が進んで歯石が形成されます。歯垢から歯石が形成されるまでには、一般的に2~3日あれば十分です。歯石の表面はデコボコしているので歯垢が付きやすく、放置された歯石の表面にさらに歯垢が蓄積するという悪循環を招きます。仮に除去したとしても、歯の表面に薄い膜が残っているため、再び石灰化してすぐに復活してしまいます。 歯周病を招く菌膜・歯垢・歯石の模式図

歯周病の主症状

 菌膜、歯垢、歯石といった細菌の住処(すみか)を口の中に蓄えた状態が続くと、歯肉組織と歯周組織の両方に炎症が蔓延してしまいます。「歯肉炎」と「歯周炎」を合わせた病態が「歯周病」で、具体的には以下のような症状として現れます。
  • 歯茎の赤み
  • 口が臭い(腐敗臭)
  • 歯茎からの出血
  • 歯がぐらぐらする
  • 歯が長くなったように見える
  • 食べるのが遅い
  • 嘔吐(尿毒症による)
  • 副鼻腔炎の併発
  • 心臓、腎臓、肝臓、肺への悪影響(研究中の分野)
 なおアメリカ獣医歯科学会(AVDC)では、検査用器具(歯肉プローブ)で計測したアタッチメントレベルや歯肉退縮の進行具合、そしてX線写真で確認した骨の喪失の程度により、歯周病を4期に分類しています。この評価と分類は歯1本1本に対して行われるため、同じ個体でも歯の位置によって違う病期を示すことが珍しくありません。
歯周病の病期(AVDC)
  • 病期1(PD1)歯肉炎だけで歯周炎なし+歯肉の退縮なし
  • 病期2(PD2)早期の歯周炎+歯肉の退縮25%未満
  • 病期3(PD3)中程度の歯周炎+歯肉の退縮25%以上~50%未満
  • 病期4(PD4)進行した歯周炎+歯肉の退縮50%以上
歯周病の進行度を判定するときの歯肉退縮とアタッチメントレベルの模式図
セメントエナメル境
 歯の表面を覆う物質にはセメント質とエナメル質があり、その境目は「セメントエナメル境」(CEJ)と呼ばれます。歯周病のレベルを判定するときの目安となる「歯肉退縮」とは、歯肉が目減りしてこのセメントエナメル境をもはや覆っていない状態のことを指します。また「アタッチメントレベル」とは、セメントエナメル境から歯肉と歯の根元の付着部までの距離のことです。

猫の歯周病の原因

 猫の歯周病の原因としては、主に以下のようなものが考えられます。予防できそうなものは飼い主の側であらかじめ原因を取り除いておきましょう。
猫の歯周病の主な原因
  • 口の中の傷  猫が固いものや尖ったものをかんだりすると、歯茎に傷がつくことがあります。この傷から炎症が広がり、歯茎に歯肉炎が発生するというパターンです。この場合、傷が治れば歯肉炎も治まることがほとんどです。
  • 細菌の繁殖  口の中の衛生状態が悪いと、歯の間に挟まった食べカスや歯の表面に付着した歯クソを栄養源として、細菌が繁殖します。繁殖した細菌は歯垢と呼ばれる肉眼でも確認できる塊になり、周囲の組織に炎症を引き起こします。口の中に食べかすが残るのは、ウェットフードなど柔らかくて粘着度が高いものばかり食べていたり、飼い主が歯磨きを怠るなどのことが主な要因です。
  • 免疫力の低下 免疫力が衰えてしまうと、通常であれば制御できる細菌が調子に乗ってどんどんと増殖し、許容範囲以上の毒素が生成されるという事態に陥ります。

猫の歯周病の治療

 猫の歯周病の治療法としては、主に以下のようなものがあります。なお歯周病を予防する際の「ゴールドスタンダード」(基本中の基本)は、日常的な歯磨きによって歯垢が増えすぎないようにすることです。これを「プラークコントロール」と言います。菌膜(ペリクル)から歯垢(プラーク)が形成されるには24時間あれば十分ですので、できれば毎日歯磨きすることが推奨されます。
猫の歯周病の主な治療法
  • 歯石の除去  歯の表面で歯垢が硬く石灰化した歯石を除去して、炎症の大元を根絶やしにします。麻酔を掛けずに行うと猫が暴れて怪我をしたり、治療効果自体が中途半端になってしまうため、多くの場合、全身麻酔をした上で、獣医さんがスケーリング(歯石はがし)を行います。用いられるのはスケーラーと呼ばれる金属器具や超音波などです。その他、歯石の土台を完全に取り去るために研磨(ポリッシング)を行ったり、歯石の再付着を遅らせるためコーティングなどが行われることもあります。デンタルクリーニングにどこからどこまでが含まれるのかに関しては、事前に担当獣医さんにご確認ください。また動物病院やペットサロンなどで行われる「無麻酔」を売りにした施術には、それなりのデメリットがあります。詳しい内容は姉妹サイト「子犬のへや」内のこちらの記事にまとめてありますので合わせてご参照ください。
  • 食習慣の改善  やわらかくて歯の間に残りやすいウェットフードばかり与えている場合、もう少し固いものに切り替えます。これは、咀嚼回数を増やすことで唾液の量を増やし、歯の表面に付着した菌膜を洗い流す効果を高めるためです。また食後の歯磨きを習慣化することも重要です。歯周病の予防に効果のある食べ物に関しては、姉妹サイト「子犬のへや」の中の犬や猫の歯に良いフードとは?というページでまとめましたのでご参照ください。
  • 基礎疾患の治療  糖尿病など別の疾病によって歯周病が引き起こされている場合は、まずそれらの基礎疾患への治療が施されます。
  • 対症療法  歯周病が他の病気を併発している場合は、それらの症状の軽減を目的とした治療が施されます。