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猫には帰巣本能がある

 猫の都市伝説の一つである「帰巣本能がある」について真偽を解説します。果たして本当なのでしょうか?それとも嘘なのでしょうか?

伝説の出どころ

 「猫には帰巣本能がある」という話をよく耳にします。「帰巣本能」(きそうほんのう)とは、動物が自分の住処に遠く離れた場所から自力で戻ってくる能力のことで、平たく言えば「放っておいても猫は帰ってくる」といった感じです。
猫には自分の家が分かる「帰巣本能」があると信じられている  こうした風説の出所としてまず挙げられるのは、猫を外飼いしている人たちの経験談です。例えば「猫を放し飼いにしているけれども、ご飯時になると勝手に帰ってくるのよ」とか「2~3日姿が見えなかったけど、気づいたらいつもの場所で寝ていた」などです。こうした話を書物やおしゃべりの中で繰り返し聞かされた人は、知らないうちに「猫とはそういうものなんだ」と思い込むようになってしまうでしょう。
 風説の出所としてもう一つ無視できないのは、たまに聞かれる信じられないような帰宅エピソードです。例えば以下のようなものが挙げられます。
 2013年11月初旬、ヤコブとボニーのリッチャー夫妻は、アメリカ・フロリダ州にあるデイトナビーチでRV車の大集会に参加していました。ところが車のドアを開けた瞬間、同乗していた三毛猫の「ホーリー」が飛び出し、そのまま行方知れずになってしまいます。数日間捜索したものの見つからず、夫妻は泣く泣くウエストパームビーチにある自宅へと戻りました。それから約2ヶ月後の大晦日、自宅から1.5kmほど離れた場所で、ホーリーが見つかったというニュースが飛び込んできます。マイクロチップによって確かに自分たちの猫であることを確認した夫妻は、期せずして喜びの再会を果たしました。ホーリーは体重が3kg以上減り、爪や肉球がボロボロだったことから、およそ320kmの距離を、2ヶ月かけて歩いてきたものと推測されています。 A Cat’s 200-Mile Trek Home Leaves Scientists Guessing 320kmの距離を自力で移動して帰宅したと思われる猫のホーリー
 こうした印象深い話を聞いた人は、いつまでもそのエピソードが記憶に残っているため、いつしか「猫には強い帰巣本能があるんだ」と思い込むようになるかもしれません。

伝説の検証

 ハトの帰巣本能については熱心に研究が行われているものの、猫のそれについてはほぼ手付かずの状態と言っても過言ではありません。かなり古い記録としては、1873年の創刊間もない「Nature」2月号に記載された実験があります。この実験では、猫に目隠しをして遠く離れた場所まで連れていき、元の場所に戻れるかどうかが観察されました。その結果、「どうやら猫は嗅覚の記憶を頼りに道をたどっているらしい」との結論に至っています。その後に行われた実験としては、以下に述べるヘリック(1922)とプレヒト(1954)のものが有名です。どちらの実験においても、猫は何らかのメカニズムによって、方位を検知している可能性が示唆されていますが、それが嗅覚なのかどうかまでは確認できていません。

ヘリックによる帰巣実験

 1922年、フランシス.H.ヘリックは、子猫を産んだばかりの母猫を用いて帰巣実験を行いました。母猫を選んだのは、離乳前の子猫から強引に引き離すことで、家に帰りたいという欲求を高めるためです。彼は母猫を袋に入れて木箱の中に押し込み、車に乗せて自宅から遠く離れた場所に連れ出しました。そして実験場所に到着した猫を箱の中から解放し、自力で帰宅できるかどうかを観察しました。最初の7回は家から1.6~7.4kmの距離が設定され、その結果、猫はしっかりと家に戻ってきたといいます。しかし最後の8回目だけは、26.5kmとかなり離れた場所からスタートしたため、結局猫は戻ってこれなかったとのこと。また8回の実験中4回は、放たれたと同時に正しい方向に向かって歩き始めたそうです。 Homing powers of cat

プレヒトらによる帰巣実験

 1954年、ドイツのプレヒトらは、猫を自宅から離れた場所に作った迷路の中に入れ、6つある出口の内どれを選ぶかを観察しました。その結果、迷路が自宅から5km以内にある場合に限り、偶然である16.6%(1/6)よりかなり高い60%の確率で自宅向きの出口を選んだといいます。また、自宅と迷路の間を往復した経験のある猫では成績がよくなり、実験室で育てられた若い猫では成績が悪くなったとも。 Homing Ability of Lost Cats

伝説の結論

全ての猫に帰巣本能があるわけではない  信じられないような帰宅エピソードや、大昔に行われた帰巣実験から考えると、「猫には帰巣本能がある」という都市伝説にも、それなりの根拠があることがわかります。また2015年、体調1mmにも満たない線虫の脳内から地磁気センサーが発見されたことにより、猫の脳内にも生まれつき方位磁石が備わっているという可能性が検討され始めています。
 しかし環境省が公開している「収容動物の情報を掲載している自治体リンク先一覧」と併せて考えてみると、「すべての猫には帰巣本能がある」とは、到底言えない現状も見えてきます。どの都道府県を開いても、必ずといってよいほど「迷子猫情報」が掲載されていることがお分かりいただけるでしょう。こうした事実から考えると、「猫には帰巣本能がある」という従来の都市伝説は、今後「すべての猫に帰巣本能がある訳では無い」という、危機管理意識を含んだ表現に改めた方が良いように思われます。
 私たちにできることは、猫の帰巣本能を過信せず、事前にちゃんとした迷子対策をしておくことです。一般的には以下のような予防策が推奨されます。
飼い主にできる迷子対策
  • 危機意識を持つ 環境省が公開しているデータ「犬・猫の引取り及び負傷動物の収容状況」によると、平成29年度(2017)における猫の返還譲渡率は43.2%にとどまっています。つまり一度迷子猫として行政機関に収容されると、半数以上が殺処分されてしまうのです。こうした現状を事前に知っておけば、猫を迷子にしてしまうことの残酷さが理解できるでしょう。
  • 猫を室内で飼う ペットフード協会が公開しているデータ「全国犬猫飼育実態調査」によると、室内に飼われている猫よりも、外を自由に出歩ける猫の方が、2.5歳ほど短命であることがわかります。外界には、交通事故、感染症、寄生虫、心ない人間による虐待など、多くの危険が潜んでいます。飼い主としてすべきは、ストレス管理に留意しつつ、猫を完全室内飼いにすることです。
  • 所有者を明示する 何らかの理由でどうしても猫を外に出したいという場合は、最低限、所有者を明示するようにします。具体的には首輪に迷子札をつけたり、背中にマイクロチップを埋め込むなどです。このような所有者情報があるだけで、捕獲された時の返還率がぐんと高まってくれます。
  • 迷子猫の探し方を知る 万が一、猫が迷子になってしまった時のことを想定し、あらかじめ迷子猫の探し方を勉強しておきます。迷子になった猫が見つかるかどうかは、気付いてからの初動にかかっています。いざとなったらすぐに行動を起こせるよう予習しておくに越したことはないでしょう。