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猫の下顎枝骨折に対する3Dプリンターを用いた新たな治療法

 ひとたび発症するときれいに修復することが難しい猫の下顎骨骨折。骨にぴったりとフィットするよう、3Dプリンターを用いて固定テンプレートを作製するという新たな治療法が登場しました(2018.9.12/イギリス)。

詳細

 猫の下顎枝(かがくし)骨折とは、下顎骨の後方にある突起状の部分が折れてしまうこと。交通事故や高所からの落下などにより、顎に強い力が加わることで発症します。通常は片側性で、下顎が左右どちらをに大きく偏(かたよ)ることにより噛み合わせが悪くなり、口をスムーズに開いたり閉じたりすることができなくなります。その結果、食事をとることができなくなり、栄養失調による衰弱や免疫力の低下から死亡してしまうこともあります。ですから治療する際のポイントは、なるべく短時間で骨折を修復し、噛み合わせを元に戻してあげることです。 猫の下顎枝骨折と下顎の偏位  今回の症例報告を行ったのは、イギリスのスウィンドンにある口腔外科専門病院「Eastcott Veterinary Referrals」。猫の下顎枝骨折に対しては世界で初めてとなる3Dプリンターを用いた骨折部位のテンプレート固定が試みられました。
 チームはまず患猫の顎をCTスキャンで撮影し、折れた部分の骨を3Dプリンターを用いて忠実に再現しました。次に骨の形にぴったりフィットするようにテーラーメイドされたステンレス製の金属プレートを作成し、ボルトを埋め込む位置などを事前に綿密にシュミレーションしました。 猫の下顎枝の骨折部位にフィットするようテイラーメイドされたステンレス製テンプレート  その後、猫に全身麻酔にをかけた上で実際に手術を行い、骨折部位の整復に成功。手術後はどちらの猫も噛み合わせが正常に戻り、開口障害や閉口障害は見られなかったと言います。1頭に関しては肝リピドーシスを併発していたためチューブによる強制給餌が行われましたが、もう1頭に関しては手術後24時間以内に自力で食事をとることができるようになったといいます。 3Dプリンター製の固定テンプレートを用いてかみ合わせが正常化した猫  こうした結果から調査チームは、 3Dプリンターを用いたテーラーメイドのテンプレート固定は、他の外科手術がはらんでいる欠点を補う新たな治療法として有望であるとの結論に至りました。
Caudal mandibular fracture repair using three-dimensional printing, presurgical plate contouring and a preformed template to aid anatomical fracture reduction
Peter Southerden, Duncan M Barnes, Journal of Feline Medicine and Surgery Open Reports, doi.org/10.1177/2055116918798875

解説

 猫の下顎骨骨折は比較的頻度が高く、骨折症例全体の中で14.5%を占めるとの報告があります。中でも下顎枝は骨の厚みが1.5~3.5mmしかないことから固定治療が難しく、かみ合わせをきれいに元に戻すことが困難なことで有名です。
 下顎骨骨折には様々な外科テクニックが存在しています。しかしどの方法にもそれなりの欠点があり、「ベター」はあるけれども「ベスト」は存在していないというのが現状です。
猫の下顎骨骨折・外科治療法
  • 口内ワイヤ固定
  • アクリルスプリント
  • 下顎骨外固定
  • 下顎骨内固定
  • MMF(上下顎骨固定)
  • BEARD(顔顎保定デバイス)
 上記したテクニックの欠点は「固定土台となるはずの歯がそもそもない」「骨が薄すぎる」「骨折部位の隙間が残ったままになる」「かみ合わせが悪いまま固定されてしまう」などです。
 下顎枝の骨折にはMMFとBEARDが有効とされていますが、周術期の死亡率が高いのが難点です。理由は「周術期の体温調整が難しい」「長期の入院が必要」「補助給餌による栄養不足」「食事の誤嚥」「胃の内容物の逆流」などです。一方、今回の症例報告で登場した3Dプリンターを用いたテンプレート固定法は、猫の回復が早く、24時間以内に顎を使い始めることも可能なため、上記したようなリスクをうまく回避することができるのではないかと期待されています。それよりも重要なのは、下顎骨骨折の原因である交通事故や高所からの落下を予防することである事は言うまでもありませんが。 放し飼いが招く猫の死 高い場所が好き