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猫伝染性腹膜炎(FIP)に対するGS-441524のウイルス増殖抑制効果

 不治の病でひとたび発症すると死を避けられないとされている猫伝染性腹膜炎(FIP)。しかし「GS-441524」と呼ばれる抗ウイルス薬を用いれば、限りなく完治に近い治療効果を得られる可能性が示されました。

GS-441524とは何か?

 「GS-441524」とは、RNAウイルスの増殖を抑える効果が確認されているプロドラッグの一種「GS-5734」の前駆物質。「GS-5734」(商標名はRemdesivir)はエボラ出血熱ウイルスに感染したアカゲザルや各種のRNAウイルス(※)を抑制する効果が確認されています。
RNAウイルス
具体的には「MERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルス」「エボラ出血熱ウイルス」「SARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルス」「ラッサ熱ウイルス」など。
 一方、FIP(猫伝染性腹膜炎)はFIPV(猫伝染性腹膜炎ウイルス)によって引き起こされる感染症の一種。極めて致死性が高く、猫が発症してからの生存期間は10日足らずで特効薬が無いため、残り少ない余命を緩和ケアに費したり、苦痛を長引かせないため安楽死が施されるのが現状です。 猫伝染性腹膜炎・最新情報  「GS-5734」が人間に感染するRNAウイルスに対して増殖抑制効果を有していることから、その前駆物質である「GS-441524」にも同様の効果があるだろうとの仮説の元、FIP(猫伝染性腹膜炎)を自然発症した猫を対象とした投薬試験が行われました。その結果は、研究チームの言葉を借りると「めざましい」(impressive)ものでした。以下はその詳細です。 GS-441524の投薬治療により寛解を得たFIP猫「Bubba」 Efficacy and safety of the nucleoside analog GS-441524 for treatment of cats with naturally occurring feline infectious peritonitis
Niels C Pedersen, Michel Perron, Michael Bannasch, et al. 2019, Journal of Feline Medicine and Surgery, doi.org/10.1177/1098612X19825701

GS-441524の治療効果

 GS-441524のサイズは1ナノメートル(10億分の1メートル)程度。従来の薬のほとんどはウイルスが感染した細胞に働きかけるタイプのものでしたが、GS-441524は1mmの1千万分の1という極小サイズのため、ウイルスの複製プロセスに直接的に干渉し、増殖を抑制することができます。 FIPに対する抗ウイルス薬の一種「GS-441524」の分子構造  以下は、カリフォルニア大学デイヴィス校の医療チームが行った投薬試験の結果です。

調査対象

 調査対象となったのはFIPを自然発症した31頭の猫たち。平均年齢は13.6ヶ月齢(3.4~73ヶ月齢)、性別や品種はバラバラです。31頭のうち5頭はドライ(非滲出)型、残りの26頭はウエット(滲出)型もしくはドライウエット移行型と診断されました。

投薬プロトコル

 投薬プロトコルは2.0mg/kg(1日1回/皮下注射)を最低12週間継続するというものです。この値は過去に行われた実験室レベルのデータを元に決定されました。

寛解と死亡

 31頭中4頭は投薬試験開始から2~5日以内に死亡もしくは安楽死となり、1頭は治療に反応せず26日目に死亡しました。一方、残りの26頭は症状が寛解しました。「寛解」(かんかい)とは、全治とまでは言えないまでも病状が治まって穏やかな状態にあることです。
症状の再発と寛解の内訳
  • 18頭(再発なし)投薬治療によってFIPの症状が寛解してから、再発もないまま2019年2月の時点で健康を維持しているといいます。
  • 8頭(再発あり)12週間に渡る最初の投薬治療で一時は寛解したものの、治療終了から3~84日で再発が確認され、以下のような再治療が行われました。
    ✓3頭→元の量で投薬を再開
    1頭が神経症状を再発して安楽死となりました。残り2頭は一時は回復するも2度目の再発が確認されたため、投薬量を倍増したところ回復しました。
    ✓5頭→4.0mg/kgに倍増
    投薬量を2.0mg/kgから4.0mg/kgに倍増した所、2度目の再発がないまま回復しました。
 投薬治療により最終的に31頭中24頭が生き残り、2019年2月時点でも健康を維持しているといいます。割合で示すと、生存率は77.4%です。投薬開始は2017年4月でしたので、1年10ヶ月間も生き続けていることになります。これは投薬治療をしなかったときの一般的な生存期間である9日間と比較すると、劇的に長い期間と言えるでしょう。

GS-441524による変化

 GS-441524の投与により、猫の体内において具体的に以下のような変化が見られました。回復を示すバイオマーカーとしてはPCV(血球容積)、血清総タンパク値、グロブリンとアルブミンレベル、アルブミン/グロブリン比が有用と考えられています。
GS-441524の投薬による症状や検査値の変化一覧リスト
  • 発熱発熱症状の多くは12~36時間以内に収まり、それと同時に食欲、活動レベル、体重も改善していきました。
  • 腹部浸出液ウエット型を発症した猫たちの腹部に溜まっていた浸出液は、投薬開始から1~2週で消失しました。液の減少が始まったのは多くの場合10~14日目からです。
  • 胸部浸出液ウエット型を発症した猫たちの胸部に溜まっていた浸出液は投薬開始7日目くらいから減り始め、最終的には呼吸困難が消失しました。
  • 黄疸肝不全や溶血の指標である黄疸は投薬開始から2~4週の期間で消え始め、それと同時に高ビリルビン血症も改善していきました。
  • 眼症状眼球の濁りは投薬開始から24~48時間で急速に回復を始め、7~14日で正常に戻りました。
  • リンパ節腫脹腸管リンパ節の腫脹は投薬治療中に縮小しました。
  • 体重生存した26頭全てが、投薬開始から2週間後には少なくとも外見上は健康な猫と変わらない状態にまで回復しました。12週間に渡る治療第一ラウンドが終了した後、20~120%の体重増加が認められました。
  • 白血球数白血球数の増加が認められていた猫では投薬開始から2週間以内に正常値に戻り、リンパ球増多症が認められていた猫では1週間以内に改善しました。
  • 貧血軽度~中等度の貧血症状を示していた猫では、6~8週目になって正常値にまで回復しました。
  • 血清タンパク値血清中のタンパク値が異常だった猫では、8~10週目に正常値に戻りました。特に最初の3週間では総蛋白レベルの劇的な増加が見られ、この現象は腹部浸出液の減少および血清グロブリンの増加と連動していました。
  • 血清アルブミン値投薬開始前、26頭の血清アルブミン値は3.2g/dL以下と低いものでしたが、投薬開始から8週かけて緩やかな増加を続けました。またA/G比(アルブミン/グロブリン比)も同じ傾向を見せ、8週目には0.7を超える値を示すようになりました。
  • ウイルスRNAウイルスRNAレベルは8頭中7頭において投薬開始からわずか2~5日後で減少を始め、最終的には検知不能なレベルにまで落ちました。
  • 副作用・副反応26頭中16頭では注射部位(背中から腰にかけて)に副反応が見られました。具体的には皮膚表面の病変、開放性の痛み、注射痕などです。しかしこれらは全て軽度で、治療可能な範囲内と判断されました。また投薬治療中においても治療後においても、CBC値、肝機能、腎機能に異常は見られませんでした。

GC-376との違い

 FIP(猫伝染性腹膜炎)に特化した抗ウイルス薬としては2019年の時点で「GC-376」と「GS-441524」の2つしかありません。「GC-376」とは3C様プロテアーゼ阻害剤の一種で、2017年に行われた投薬試験では、FIPを自然発症した猫に対してある程度の効果があることが確認されています。詳しくは以下のページを参考にしてください。 猫伝染性腹膜炎(FIP)に対するGC-376のウイルス増殖抑制効果  投薬量や投薬期間が違うので両薬剤の単純な比較はできませんが、GC-376よりもGS-441524の方がさまざまな側面において優れているのではないかと考えられています。例えば以下です。
GC-376
  • 再投薬治療に反応しなかったのは20頭中14頭
  • 14頭中8頭では神経症状に発展した
  • 8頭は投薬量を増やしても改善しなかった
  • 子猫においては永久歯の成長と発育を阻害する
GS-441524
  • 再投薬治療に反応しなかったのは31頭中1頭だけ
  • 8頭中2頭で神経症状に発展
  • 2頭中1頭は投薬量を倍増した再治療に反応
  • 純血種と雑種の間で治療成績に差はない
  • 老猫と子猫の間で治療成績に差はない
  • ドライ型とウエット型の間で治療成績に差はない
  • 子猫の発育に悪影響が見られない

GS-441524の展望と課題

 今回の投薬試験により、GS-441524が猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)に対するきわめて効果的な抗ウイルス薬である可能性が判明しました。調査チームは具体的に「1回皮下投与量4.0mg/kg × 最低12週間」という投薬プロトコルを推奨しています。
 過去半世紀、FIPは不治の病とされ、発症した猫は死を免れないとされてきました。しかし今回の調査により1年以上の生存が可能であると分かりましたので、今はまさに「FIPは治る病気」というパラダイムの転換期にあるのかもしれません。
 FIP特効薬として市場に出回る前に、今後以下のような課題をクリアしていくことが必要だと考えられています。
解決すべきGS-441524の課題
  • 血清型(I型とII型)で同じ効果を示すか?
  • 眼症状や神経症状を発症した後で効果があるか?
  • GC-376と組み合わせて投与したとき相乗効果はあるか?
  • 薬に反応しないノンレスポンダーがいる理由はなにか?
 投薬治療にもかかわらず死亡した5頭のうち3頭では、死後解剖においてウイルスRNAが検出されませんでした。これらの猫では薬自体は効いたものの、投薬のタイミングが遅すぎて治療には至らなかった可能性が指摘されています。また26日後に死亡した1頭に関してはウイルスRNA自体が減っていなかったとのこと。このことから、薬に対して抵抗性を持ったノンレスポンダーが存在している可能性を否定できないとしています。
 GS-5734においてはコロナウイルスのアミノ酸に変異がある場合、抵抗性が生じるとされていますが、今回確認されたノンレスポンダーが同じメカニズムによって現れたのかどうかはまだわかっていません。 猫伝染性腹膜炎・最新情報 猫伝染性腹膜炎(FIP)に対するGC-376のウイルス増殖抑制効果
上記したような疑問や課題をクリアすれば近い将来、副作用がほぼゼロの夢のようなFIP治療薬が登場するかもしれません。もう少し待ちましょう。なお「GS-441524」はあくまでも未来の新薬です。日本国内において未承認の薬を宣伝・販売することは薬機法違反となりますのでご注意ください。