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猫におけるローフード(鹿肉)を原因とした結核菌感染症について

 イギリス国内で散発的に確認されていた猫のウシ型結核菌感染症例。外に出ることがないのになぜか感染した猫を対象とした調査により、家庭内で与えられていた鹿肉ベースのローフード(生肉食)が汚染源である可能性が浮上してきました。

ローフードと猫の結核菌感染症

 結核とはミコバクテリアの一種である「結核菌群」によって引き起こされる感染症の一種。人獣共通感染症で人間にも動物にも感染することが知られていますが、猫における症例はなぜかほとんどがイギリス国内に集中しているというのが現状です。イギリス国内における猫の結核菌症のおよそ1/3は結核菌群(MTBC)によって引き起こされ、そのうち19%はネズミ型結核菌(マイコバクテリウム・ミクロチ)、15%はウシ型結核菌(マイコバクテリウム・ボビス)と推計されています。 猫が結核に感染した場合の症状は? 牛型結核菌(M.bovis)の電子顕微鏡写真  スコットランド・エジンバラ大学獣医学部の調査チームは、2018年に入って英国内で確認された5世帯13頭の猫におけるウシ型結核菌感染症の症例報告を行いました。これらの症例で特筆すべきは、手足の先端や皮膚に病変が現れる従来型とは違い、症状が腹部もしくは全身に広がっていたという点です。猫たちが暮らしている地域により5つのクラスターに分類し感染ルートを検証したところ、以下のような特徴が浮かび上がってきたと言います。
結核感染猫のプロファイル
  • 生活環境全ての猫たちは屋外に対するアクセスがない完全室内飼いの猫でした。つまり結核菌を保有した野生動物と接触する機会がなかったということです。さらにほとんどの猫たちは感染ローリスク地域に暮らしていました。
  • げっ歯類との接触猫の結核菌感染症で多いのは、菌を保有したネズミに噛まれることにより顔面、手足の先端、しっぽなどに病変が出るというパターンです。しかし家の中でネズミなどの生息が確認されませんでしたので、上記したルートでの感染は否定されました。
  • 牛乳との接触ミルクを71.5°Cで最低15分間低温殺菌すると結核菌が不活性化されます。絞りたての生乳を飲む場合、乳に含まれる細菌をそのまま摂取してしまうリスクがありますが、猫たちの中で生の牛乳を飲む習慣を持つものは1頭もいませんでした。
 このようにして様々な感染ルートの可能性を否定して行った結果、ただ1つだけ可能性が残りました。それは市販されている鹿肉ベースのローフード(生肉食)を与えられていたという点です。
 判明した事実は速やかに英国食品基準庁(FSA)、動物衛生獣医研究所(APHA)、英国公衆衛生サービス(PHE)、およびペットフードメーカーに伝えられました。感染が確認された5世帯のうち3世帯では、実際に猫に与えていたフードが残っていたため、サンプルがエジンバラ大学に送られて詳細な検査の対象となりました(下写真)。また同時に、英国食品基準庁(FSA)が 感染地域に関する疫学調査を行っています。さらにペットフードメーカー(Natural Instinct)は、製造過程においてEUが定める規定が遵守されておらず、何らかの病原体が混入した可能性を否定できないとして自主回収に踏み切りました。以降、鹿肉を原料としたフードの製造は自粛中です。 英国における猫結核菌感染症の汚染源と考えられている鹿の生肉   まだ断定的な結論は出ていませんが、かなり高い確率で汚染されたローフード(生肉)を感染源としたウシ型結核菌感染症だと考えられています。特徴は、ネズミに噛まれて感染した場合とは違い、消化器系及び全身性の症状として現れるという点です。また発症した6頭のうち5頭までが治療に反応せず死亡という転帰を取りました(死亡率83%)。通常のウシ型結核菌感染症における死亡率が2~3割とされていますので、かなり強い病原性を持っていることがうかがえます。
Tuberculosis due to Mycobacterium bovis in pet cats associated with feeding a commercial raw food diet
Journal of Feline Medicine and Surgery, Conor O’Halloran, Olympia Ioannidi, Nicki Reed, DOI.org/10.1177/1098612X19848455

ローフード(生肉食)には要注意!

 生肉主体の食餌(RMBD)は単純に「ローフード」とも呼ばれ、アメリカ国内における売上高ベースで見ると、2013年から2017年の5年間で2倍に急成長した新興カテゴリです。また2017年から2018年の1年に限ると15.9%の伸びを見せ、市場規模は2億ドル(210億円)に達したとも報告されています。
 「自然環境における食事内容に近い」という漠然としたイメージから、健康志向の飼い主の間で人気がある一方、ローフードによる健康被害の例もちらほらと報告されているのが現状です。例えば猫に限定すると、未加工の肉が多剤耐性菌の一種・ESBL/AmpC産生菌の感染源になっている可能性や、生の鶏肉が感染源と考えられるサルモネラ菌による中毒症例などがあります。 猫に対する生肉(ローフード)の給餌がESBL産生菌への感染リスクを高める 生肉を感染源とする猫では珍しいサルモネラ感染症の事例 人間のサルモネラ感染症の半数以上は汚染食品が原因  生肉はごく限られた病原体しか検査対象となっていないため、ウイルス、細菌、寄生虫に汚染されたまま市場に流通してしまうこともしばしばです。過去の事例では大腸菌O157、リステリア、肉胞子虫、カンピロバクター、トキソプラズマといった病原体が検出されています。またO157の志賀毒素を原因とする人間の死亡例もあります。
 日本においても状況はさほど変わりません。近年は「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」が改正されたことにより、害獣として駆除された野生動物を「ジビエ」という形で食肉利用する流れができています。しかし牛肉、豚肉、鶏肉などとは違い、ジビエを解体するときに病気の有無を検査する義務はありません。例えば以下は、2013年に厚生労働省が野生鳥獣の生肉を対象として行った結果です。 犬にジビエを与えると寄生虫感染率が高まる ジビエ(イノシシ・シカ)の病原体保有率  飼養方法が管理がされていないイノシシやシカといった野生鳥獣は、寄生虫や病原性ウイルスを保有している可能性が通常の食肉よりも高いと考えられます。幸い日本においては、かなり古い例を除いて猫の結核感染例はほぼないようです。またウシ型結核も2004年にはほぼ制圧されたと考えられています。
 しかしその他のウイルス、細菌、寄生虫に関してはほぼ野放しの状態ですので、鹿肉に限らず生肉を用いた食餌には十分な注意が必要です。最悪のケースでは、肉を扱った人間が病原体を取り込み、何らかの疾患にかかってしまうこともあります。 人獣共通のサルモネラ菌 猫の食生活・完全ガイド