トップ2019年・猫ニュース一覧3月の猫ニュース3月27日

ローマの猫30年史~反殺処分法で福祉は向上したのか?

 法律によって野良猫の殺処分が禁止されているイタリアのローマ。1991年に法律が制定されて以来、猫たちの健康や福祉は果たして向上したのでしょうか?

イタリアの「反殺処分法」

 1991年、イタリア国内で「Legge 14 agosto 1991, n. 281」という動物愛護法が制定され、野良猫の殺処分が禁止されると同時に、税金を用いた猫の管理がガイドライン化されました。具体的には、猫に不妊手術を施して元の場所に戻すTNR活動を国家レベルで推進するというものです。ローマの街中では古代遺跡と地域猫というミスマッチが独特の風情を醸し出しています。この様子はグーグルマップのストリートビューなどでも確認できます。 トッレ・アルジェンティーナ広場の猫その1 トッレ・アルジェンティーナ広場の猫その2  法律が制定されると同時に不妊手術キャンペーンが大々的に展開されましたが、果たして猫たちの個体数は減ったのでしょうか?また猫たちの健康や福祉は向上したのでしょうか?

ローマ市内の猫30年史

 ローマにある地区保健ユニットの獣医部門は、1988年から2018年までの30年間で、ローマ市内の猫たちや市民がどのように変化したのかを調査しました。以下は抜粋です。
Evaluation of Unowned Domestic Cat Management in the Urban Environment of Rome After 30 Years of Implementation of the No-Kill Policy(National and Regional Laws).
Natoli E, Malandrucco L, Minati L, Verzichi S, Perino R, Longo L, Pontecorvo F and Faini A (2019), Front. Vet. Sci. 6:31.doi: 10.3389/fvets.2019.00031

猫の個体数変動

 2000年、ローマ市内にある965ヶ所の猫コロニーのうち103ヶ所において個体数調査が行われました。目的は1991年から2000年の期間に実施された猫の不妊手術キャンペーンの効果を検証することです。
 その結果、全てのコロニーで個体数が16~32%減少したといいます。しかしTNRの効果がすぐさま出たわけではなく最低3年の期間を要したとも。

ローマ市民の意識

 市民から「○○にある猫コロニーの管理をしたい」という届け出があった場合、そのコロニーは行政に登録され、不妊手術や飼養費用などが全額補助となります。名目上は「野良猫の所有者である自治体の長から市民やボランティアが委託を受けて管理する」という形です。
 税金による補助が広く知れ渡った2001年以降、市民によって登録されるコロニーの数は増え続け2011年にピークを迎えました。このタイミングは市内における「飼育猫」の不妊手術費用が税金負担になった頃と一致します。飼い猫の手術無料化がニュースになったことで、野良猫の手術も無料であるという事実を知る人が増え、登録申請する人が急増したことが背景にあると推測されます。

猫をめぐるトラブル

 2008年から2017年までの期間、毒餌と思われる事件が74件あり、少なくとも21件が意図的なものと断定されました。
 その一方、猫に関する市民間の感情的なトラブルは減りました。猫嫌い派に関して言えば「野良猫にエサをやるな!」と怒鳴る人が減りました。猫好き派に関して言えば、無節操に道路に餌をばらまく人が減りました。なぜなら猫の管理に関して法律によるガイドラインがあり、 費用は全て税金によって賄われているからです。
 管理方法がルールに沿ってさえいれば公に餌をやってもいいですし、餌をやってる人に「やめろ!」と文句も言えないということです。

猫たちの健康状態

 猫たちの健康状態はおおむね向上しました。トキソプラズマ症の陽性率を例に取ると、1990年~1991年における猫たちの陽性率が50.4%だったのに対し、2012年~2013年におけるそれは28%に激減したといいます。理由としては適切な給餌管理により、食べ物のクオリティや衛生状態が向上したからだと考えられています。
 法律が定められる以前、ローマ市内にあった有名な「猫のたまり場」では、およそ9割の子猫が死んでいたとのこと。死因の多くはヘルペスウイルスやカリシウイルスといった感染症であり、傍から見てもわかるほど健康状態が悪かったそうです。
 法律の整備で猫の健康状態が改善したことにより、猫自身の福祉が向上すると同時に、ひもじい猫たちの姿を見た市民が感じるモラルストレスも軽減しました。ここで言う「モラルストレス」とは、「可哀想な猫たちに何もしてあげられない…」というみじめな気持ちのことです。

日本との比較

 猫の不妊手術費用と管理費用をすべて税金で賄うというイタリアの「反殺処分法」。日本でも実現可能なのでしょうか?

税金は人が優先

 日本においては猫の不妊手術費用を部分的に負担するという制度は各自治体に設けられているものの、全額負担というケースはあまりありません。また支援金の上限も「年間200万円まで」などと設定され、無尽蔵というわけではありません。
 こうした制限がある理由は「税金は猫ではなく人間の為に使え!」という市民の声が少なからずあるからです。ですから猫たちの管理が全て税金で賄うというイタリアの法制度は、日本人の目からするとかなり驚きです。 犬・猫の引取り等手数料及び不妊・去勢手術助成金(平成30年度版)

なんちゃって「猫の街」

 日本においても広島県尾道市のように「猫の街」を売りにしているところがあります。一見、ローマのように外猫に対する手厚い管理を行っているかのように思えますが、実際は過剰繁殖した猫を観光資源として利用しているだけという、かなりお粗末なものです。
 本来であれば県の方針に従い、放し飼いにされている猫たちの完全室内飼いを推進し、野良猫のTNRや地域猫活動を展開するところです。しかし「猫の街」という市の観光方針として、積極的に放し飼い猫や野良猫の存在をアピールしているため、県の方針に矛盾する形になっています。
 この矛盾点に関して市役所や動物愛護センターに問い合わせても、結局返信すら来ませんでした。おそらく都合の悪いパブリックコメントは締め出しているのでしょう。
 尾道市で見られる外猫のほとんどは首輪をしておらず、また耳カットが見られません。これは不妊手術が終わっておらず、生殖能力を保ったまま屋外をうろついているということです。

猫の「バキューム現象」

 ローマ市内にある106ヶ所のコロニーで行われた個体数調査では、TNRキャンペーンの後16~32%の減少率が確認されました。実はその一方、飼育放棄による個体数の増加が16%程度と見積もられています。また個体数が最低を記録した2005年以降、再び増加傾向を示しています。
 これが猫がいなくなったところに新たに猫が吸い寄せられていく「バキューム現象」です。猫たちの多くは過剰繁殖した個体、もしくは市民が飼育放棄(遺棄)した個体で成り立っています。
 今回の調査を行ったイタリアの保健チームは、猫の個体数を減らすためにはTNRによって新たな子猫を産まないと同時に、市民に対する教育を強化し、上記「バキューム現象」が起こらないようにすることが必要だと指摘しています。
 広島県の尾道市に関しては、本来市民に教育を行うべき行政機関が率先して外猫の存在を認め、観光客のアトラクションとして利用しています。ローマ市で確認された「バキューム現象」が起こったらどうするのでしょう?増えた猫たちを観光資源として逆用するのでしょうか?心配なのは、毎年かなりの数の猫がひっそりと姿を消しているという事実です。こうした猫たちはいったいどこに消えているのでしょうか? 広島県尾道は本当に「猫の街」?