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鼻ぺちゃの猫は痛みが顔に出にくい~見た目重視の繁殖が短頭種にもたらした表情の変化

 顔の可愛さに主眼を置いた人間による選択繁殖の末、過去100年ほどの間でマズルが短く耳が小さい短頭種の猫たちが次々と生み出されました。しかしその結果、痛みを感じていてもそれが表情として現れにくいと言う思わぬ悪影響が生まれたようです。

痛みを感じている猫の表情変化

 人間や犬と比較した場合、猫の顔に含まれる表情筋は数が少なく、また体調不良や痛みを隠そうとする本能があるため、表情の変化がそれほど顕著ではありません。
 イギリスにあるリンカーン大学を中心とした調査チームは、明確な品種に分類できないメスの短毛種29頭(2.8kg/14.1ヶ月齢)を対象とし、顔面に付着している筋肉の収縮によって位置が動く箇所や、筋肉の収縮によって形が変わる箇所合計48箇所にランドマークを設置し、猫が感じている痛みの度合いによって表情がどのように変化するのかを検証しました。 猫の表情を解析するため顔の中に設置された48箇所におよぶランドマーク  その結果、猫が何らかの痛みを抱えている時は以下の図中の矢印で示すような微妙な変化が現れることが明らかになったと言います。この変化はブラジルにある別の調査班が提唱している猫用のペインスケール「UNESP-Botucatu MCPS」とよく合致したとも。 痛みを感じている時の猫で見られる典型的な表情筋の変化 Geometric morphometrics for the study of facial expressions in non-human animals, using the domestic cat as an exemplar
Finka, L.R., Luna, S.P., Brondani, J.T. et al., Sci Rep 9, 9883 (2019). DOI:10.1038/s41598-019-46330-5

ペインスケールの汎用性は?

 上記した表情の変化はあくまでも普通の短毛種を観察対象として導き出したモデルです。この変化はいわゆる「純血種」と呼ばれる特徴的な外見を持った猫たちにも当てはまるのでしょうか?
 同じリンカーン大学の調査班は画像データベースであるオックスフォードペットデータセットとGoogleイメージを参照し、19の品種に属する合計1,888頭分の顔画像を集め、短毛種と同じような表情の変化が現れるかどうかを検証しました。 猫の品種ごとのワイヤフレーム画像  調査班はまず明確な品種に分類できない短毛種50頭(2.5kg/14.1ヶ月齢)に不妊手術を施し、「手術後30分~1時間/鎮痛薬なし」および「術後4時間超/鎮痛薬投与」という2つのタイミングで映像を解析したところ、術後すぐのタイミングでは「耳が外側+腹側に偏位」「頬と口が背側に偏位」「頬・目・口角の距離が狭まる」「目の口径が狭まる」といった痛みを感じている時に特徴的な変化が追認されたと言います。
 次に19品種に属する猫たちのニュートラルな顔を1品種につき25枚ずつランダムで選び取り、マズルと頭蓋長が短く鼻と目の距離が近い 「短頭種」と、マズルと頭蓋長が長く鼻と目の距離が遠い「長頭種」、および両者の中間に属する「中頭種」に分類した上で、痛みを感じている時の表情と比較してみました。 骨格から分類した猫の顔の代表的な3タイプ~短頭種・中頭種・長頭種  その結果、中頭種や長頭種と比較して短頭種のニュートラルな顔の中には、普通の短毛種が痛みを感じている時に特徴的な変化が多く含まれていたと言います。そしてこの特徴は短頭種の中でも特にスコティッシュフォールドにおいて顕著だったそうです。
Geometric morphometrics for the study of facial expressions in non-human animals, using the domestic cat as an exemplar
Finka LR, Luna SPL, Mills DS and Farnworth MJ (2020) The Application of Geometric Morphometrics to Explore Potential Impacts of Anthropocentric Selection on Animals' Ability to Communicate via the Face: The Domestic Cat as a Case Study. Front. Vet. Sci. 7:606848. doi: 10.3389/fvets.2020.606848

純血種には専用のスケールが必要

 調査チームが猫の表情をランドマーク解析したそもそもの目的は、猫の顔をAIに解析させて痛みや苦痛を抱えているかどうかを客観的に自動判定するシステムを構築することでした。一般的な短毛種を対象として行われた先行調査では、顔の中にある特定のランドマークの、ある特定方向への偏位に着目すれば、高い確率で痛みの有無を判定できる可能性が示されましたが、今回行われた調査によりこのペインスケールを長頭種や短頭種にすぐさま拡大使用することが危険であることが判明しました。 ニュートラルな状態ですでに痛みを感じているかのような表情を見せるペルシアの「ルイス」  特にマズルが短い短頭種の顔を中頭種や長頭種のニュートラルな顔と比較した場合、素の状態でも痛みを感じているかのうような特徴を有していたといいます。この事実は、本当は痛みを抱えているけれども「いつもどおりの表情」と解釈されて痛みが看過されたり、逆に痛みを抱えていないけれども「なんだか痛そう」と解釈されて不必要な医療介入がなされてしまう可能性を示すものです。要するに現時点において、短毛種(中頭種)をもとにして構築した視覚的なペインスケールを短頭種には応用できないということです。

短頭種の痛みは見えにくい

 短頭種のニュートラルな表情の中に、すでに痛みの特徴が含まれていた理由は何でしょう?調査チームは「ベビースキーマ」(baby schema)が関係しているのではないかと推測しています。ベビースキーマとは人間の赤ちゃんや動物の幼獣に見られる特徴のことで、「丸くて大きな頭」「目と鼻の距離が近い」などが含まれます。
 まん丸い顔を作り出すために耳が折れて小さい猫を選択繁殖したり、 目と鼻の距離が狭い顔を作り出すために鼻ぺちゃの猫を選択繁殖したりすると、 ベビースキーマを含んだ可愛らしい猫が生まれますが、同時に痛みの兆候を生まれつき顔の中に含んだ猫が生まれます。その最たる例が、調査の中でも挙がってきたスコティッシュフォールドです。 スコティッシュフォールドの耳折れは「TRPV4」遺伝子によって生み出されている  この品種に関しては骨瘤(骨軟骨異形成)と呼ばれる先天的な疾患を高い確率で発症することが確認されていますが、仮に骨瘤によって足先に痛みを感じていたとしても、人間のように極端なしかめっ面でもしない限り不快感を抱いてるとは気づかれない危険性があります。スコ座りをした猫をかわいいかわいいと愛(め)でる人が多い理由は、そもそも猫の痛みの表情が微妙すぎてわかりにくいからと、特にスコティッシュフォールドは顔の中に痛みの兆候をデフォルトで含んでいるため、表情の変化がより一層分かり分かりにくくなっているからだと推測されます。
猫が感じている痛みのサインに関しては「猫の急性痛を見つける」および「猫の慢性痛を見つける」で詳しく解説してあります。微妙な救難信号を見過ごして「かわいい」とか言っていませんか?