トップ2021年・猫ニュース一覧6月の猫ニュース6月1日

猫にも食べ物のコク味(kokumi)がわかる~ただし人間の味覚とはぜんぜん違う可能性あり

 完全肉食動物である猫を対象として味覚調査を行ったところ、基本味(塩・酸・苦・旨)の他に近年注目されている「コク味」を認識できる可能性が浮上してきました。しかし人間とは感じ方がだいぶん違うようです。

食べ物の「コク味」とは?

 「コク味」(kokumi)とは、味(味覚)、香り(嗅覚)、食感(触覚)に関する複数の刺激から構成される複合感覚のことです。人間の場合、長時間煮込んだカレーやシチュー、熟成したチーズや生ハムを食べたときに強く感じます。「コク味物質」と言った場合は特に、独立した状態では味を持たないものの、基本味(特に甘味、塩味、うま味)と合わさることで味覚の持続性(Lastingness)、厚み(Complexity)、広がり(Mouthfulness)を修飾する物質とされ、具体的にはグルタチオン、ヒスチジン、γ-Glu-Val-Glyなどが確認されています。 コク味の概念は味覚だけでなく嗅覚や触覚が絡むことで成立している  ヒトを対象とした実験により、コク味物質は味細胞に存在するカルシウム感受性受容体(CaSR)と反応してうま味、塩味、甘味の濃厚感や広がりを強めることが示されています出典資料:Maruyama, 2012)。またマウスのCaSRが特定のコク味物質で活性化することから、受容器は多くの哺乳動物に共通しているのではないかと推測されています。
CaSR
カルシウム感受性受容器(Calcium-sensing receptor, CaSR)とは、うま味や甘味を感じるT1R受容器と同じクラスであるGタンパク質共役型受容体(GPCR)のクラスCに属する味覚受容分子。共通部位として細胞質尾部、TMD(heptahelical transmembrane domain)、NTD(N末端ドメイン)、VFT(Venus-Flytrap domain)を有しており、カルシウムだけでなく一部のアミノ酸やペプチドと結合することもできる。CaSRの主な役割は副甲状腺ホルモンの分泌調整を通じた血中カルシウムの恒常性維持で、甲状腺、副甲状腺、腎臓、脳、消化管、舌乳頭など多彩な組織内に発現している。
 では哺乳類に属する猫にも同様の受容器はあるのでしょうか?もしあるとしたら人間と同じように食べ物の「コク味」を感じることはできるのでしょうか?そしてもし「コク味」を感じるとしたら一体どのような物質がコク味物質になりうるのでしょうか?コンピューターシミュレーション(in silico)、研究室(in vitro)、そして生身の猫(in vivo)を用いた検証実験が行われました。

猫の「コク味」物質を探す

 調査を行ったのはペットフードメーカー大手「WALTHAM Petcare Science Institute」の研究チーム。人間の食品科学で注目されている「コク味」が猫の味覚にも存在しているかどうかを検証するため、 最新の技術を用いた段階的な解析を行いました。

コンピューターシミュレーション

 遺伝子情報を元にしてネコCaSRとヒトCaSRに含まれるアミノ酸の配列をコンピューター上で再現したところ、95%超の割合で同一性が確認されました。 ネコとヒトのカルシウム感受性受容器は構造的にも機能的にもほぼ同じ  また受容器の構造を比較した場合、ヒトとネコにおけるリガンド結合(※標的タンパク質上の特定部位に特定分子が結合することでシグナルが生成されること)の親和性に違いは見られなかったとも。要するに味覚受容器の構造も、その受容器を活性化する際に鍵となる分子も人と猫では大体同じということです。

味覚受容器の人工生成

 調査チームは人と猫のCaSR遺伝子を、遺伝子組み換え実験に使われる微生物内にクローニングした後、核酸を動物細胞内へ導入して実験室内で味覚受容器を再現しました。ちょうどペトリ皿の中に味覚を保った状態の人間と猫の舌が人工的に作られたようなイメージです。 受容体技術を用いれば実験室内に人工的な味覚細胞を再現できる  次にこれらの味覚受容器を用い、コク味物質として知られる成分に対する反応を試した結果、受容器を介して味覚細胞を活性化させる作動体が64種類、受容器が細胞に送る信号の強度を高めるPAM(ポジティブ・アロステリック・モジュレーター)が29種類確認されたと言います。またこれらの成分リストは人と猫とでほとんど同じであることが判明しました。

「コク味」の官能テスト

 人間と猫は同じ成分に対してコク味を感じるのでしょうか? 調査チームはこの疑問に答えるため、生身の人間(24~25人)および生身の猫(25頭 | 4.4kg | 4.8歳) を用いたコク味の官能テストを行いました。コク味物質として選ばれたのは、ヒトおよびネコのCaSRで作動体として確認された3成分です。また猫向けのうま味水溶液には「L-ヒスチジン15mM+L-トリプトファン15mM+L-フェニルアラニン」 が、人間向けのうま味水溶液には「グルタミン酸ナトリウム1.18mM+5-イノシン酸二ナトリウム0.57mM+食塩119.7mM」が採用されています。

CaCl2(塩化カルシウム)

 猫の目の前に余分な成分が含まれていない「純水」と「CaCl2水溶液」を並べ、猫が自発的にどちらのボトルから水を飲むかを観察しました。位置バイアスが生じないようボトルの置き場所を入れ替えて2日間にわたる実験を行ったところ、どちらか一方を選り好みする傾向は見られなかったと言います。
 同じ要領で「うま味水溶液」と「うま味水溶液+CaCl2」を猫の目の前に提示して自発的に選ばせたところ、統計的に有意なレベルで後者を選ぶことが確認されました。
 一方、人間を対象とした実験ではCaCl2を8mMの濃度で含んだ水溶液と純水を味覚で弁別できたものの、「苦い」と評する人が多かったといいます。また「うま味水溶液」と「うま味水溶液+CaCl2」に関しては、そもそも弁別すらできませんでした。

MgCl2(塩化マグネシウム)

 猫の目の前に余分な成分が含まれていない「純水」と「MgCl2水溶液」を並べ、猫が自発的にどちらのボトルから水を飲むかを観察した結果、MgCl2水溶液が統計的に有意なレベルで積極的に忌避されることが確認されました。またMgCl2に対する忌避は「うま味水溶液」と「うま味水溶液+MgCl2」でも同じでした。
 一方、人間を対象とした実験では「MgCl2水溶液」だろうと「うま味水溶液+MgCl2」だろうと対照液との弁別ができず、たとえ弁別できても「苦い」もしくは「しょっぱい」と評する人が多かったといいます。

グルタチオン(γ-Glu-Cys-Gly)

 猫の目の前に余分な成分が含まれていない「純水」と「グルタチオン水溶液」を並べ、猫が自発的にどちらのボトルから水を飲むかを観察した結果、グルタチオン水溶液が統計的に有意なレベルで積極的に忌避されることが確認されました。また統計的に有意ではなかったものの、グルタチオンに対する忌避傾向は「うま味水溶液」と「うま味水溶液+グルタチオン」でも確認されました。
 一方、人間を対象とした実験では「純水」と「グルタチオン水溶液」の弁別正答率は37.5%と低かったものの、「うま味水溶液」と「うま味水溶液+グルタチオン」の弁別正答率は58.3%に跳ね上がったといいます。
Kokumi taste perception is functional in a model carnivore, the domestic cat (Felis catus)
Laffitte, A., Gibbs, M., Hernangomez de Alvaro, C. et al. , Sci Rep 11, 10527 (2021), DOI:10.1038/s41598-021-89558-w

人と猫とでは「コク味」が違う

  遺伝子解析とコンピュータシミュレーションを用いた実験により、人と猫のCaSRは分子構造的にほとんど同じであることが明らかになりました。また人工的に生成した味覚受容器を用いた実験により、ほぼ同じ作動体に対して反応することが明らかになりました。

猫は塩化カルシウムが好き?

 構造上・機能上の同一性から猫と人間とでは同じようにコク味を感じると考えそうになりますが、2つのボトルを用いた単純な官能テストにより感じ方が大分違う可能性が示されました。具体的には、猫においては塩化カルシウムがうま味を増強するコク味物質であるのに対し、人間においてはグルタチオンがそれに相当するというものです。
 感じ方になぜこうした違いが生まれたのかに関してはよくわかっていませんが、進化の途上で猫が甘味に対する感覚を失ったのと同様、何かしら適応的な意味があるのかもしれません。今回の調査対象となったのはたった3つの成分ですので、今後の研究で様々な作動体を試してみると、猫に強いコク味を感じさせる強力な調味料が塩化カルシウム以外にも見つかる可能性があります。 コク味における持続性(Lastingness)、厚み(Complexity)、広がり(Mouthfulness)  なお塩化カルシウムは融雪剤や除湿剤の原料として使用される物質です。厚生労働省によって使用基準なしの指定添加物とされているものの、大量に使用すると思わぬ健康被害が出てしまうかもしれませんので、ふりかけ扱いするのはお控えください。またそもそもうま味を含まないものに添加しても何の増強効果も発揮しません。

猫の「コク味」はまだ未知

 今回の調査で辛うじて分かったのは、複数の感覚からなる「コク味」のうち、味覚神経を通じてうま味を増強するコク味物質がどうやら猫にもあるようだという事実だけです。味覚以外の嗅覚や触覚が「コク味」全体に及ぼす影響に関しては全く分かっていませんので、これからの研究分野と言えるでしょう。
 例えば猫は甘味を感じることができないにも関わらず、ガムシロップをペロペロ舐めるという逸話をよく耳にします。猫のこうした反応を生み出しているのはガムシロップが持つ味(味覚)ではなく、トロトロとした食感(触覚)の方なのかもしれません。 猫の舌における乳頭の種類と分布図  ちなみにRT-PCRと呼ばれる手法で解析した結果、CaSRは猫の舌の後方1/3エリア(舌体と舌根の境界部)にある「有郭乳頭」(ゆうかくにゅうとう)に発現していることが確認されました。また甘味受容器のような偽遺伝子化は見られなかったことから受容器としての機能は失っていないと推測されます。猫が味覚を通じて「コク味」を感じるときは、ベロの先っぽではなく奥の方ということです。 猫の舌と味覚完全ガイド
猫においては少なくとも6種類のアミノ酸が受容器と結合し、「うま味」として認識される可能性が示されています。ここに適量のコク味物質が加われば、より強く「うまい!」と感じてくれるというわけです。 猫は人間よりもうま味(umami)に敏感である可能性あり