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猫の人馴れ訓練と抗不安薬の効果

 ホーディング(劣悪多頭飼育)を始めとした厳しい環境から保護された猫は、人との接点が少なかった分、人見知りで怖がりの傾向を示すことがあります。こうした猫を対象として実施される人馴れ訓練は、抗不安薬で効率化できるのでしょうか?

抗不安薬と猫の人馴れ

 調査を行ったのはカナダにあるブリティッシュコロンビア動物虐待防止協会のチーム。劣悪な飼育環境から保護された猫たちに対して行われる人慣れ訓練が、抗不安薬の投与によって促進されるかどうかを検証するため、ホーディング(劣悪多頭飼育)家庭から救出された猫たちを対象とした前向き調査を行いました。

調査対象と方法

 調査対象となったのは3つのホーディング現場から保護された合計32頭の猫たち。選別条件は「中等度~重度の怖がり」および「猫の行動に影響を及ぼしうる健康状態(疾患・怪我・妊娠・投薬治療中)でない」とされました。猫たちは隠れ箱、トイレ、食器、寝床、おもちゃが用意されたケージ(1.5×0.7×0.6m)内に個別に収容され、余計なストレスをかけないよう施設内における人々の往来は可能な限り排除されました。
 猫たちをランダムで2つのグループに分け、一方(17頭)には抗不安薬であるガバペンチン、他方(15頭)には偽薬を、実験者自身にもわからないように液剤加工した上で1日2回(8:00と19:30)摂取させました。ガバペンチンの投与量は猫の体重1kg当たり10mgになる計算です。
 全ての猫たちは基本的に10:00と16:00の1日2回(都合により1~4回)、規定の行動修正プロトコルを受けると同時に、決められた時間に健康状態を評価されました。また以下の項目が数値的に評価されました。
猫の人馴れ評価基準
  • CSS猫のさまざまな挙動を1~7までの数値化し、ストレスの度合いを客観化する
  • LTE最後の人が退室してから猫が表に出てくる(隠れ箱から体の半分が出た状態になる)までの時間を計測する。
  • エソグラムあらかじめ決められた行動カタログに猫の挙動をあてはめて分類する
  • 抑制尿量調査開始前をベースラインとして、最初の3日間における尿量を比較し、どの程度我慢したかを推測する
 さらに譲渡から1ヶ月後および1年後のタイミングで里親にF-BARQと呼ばれるアンケート調査を行い、猫たちの人馴れの度合いを評価してもらいました。

調査結果

 猫たちが規定プロトコルを修了するまでの中央値は11日(4~51日)、最終的な修了率は87.5%(28/32頭)、譲渡率は93.8%(30/32頭)でした。2頭に関してはプロトコルに反応せず恐怖症に改善が見られなかったため最終的に安楽殺となりました。
 薬の摂取量に関わらずグループごとの効果を検証する「ITT解析」、および薬の75%以上を摂取した群だけに絞り込んで投薬効果を検証する「PP解析」を行った結果、以下の項目において統計的な有意差が認められたといいます。
ITT解析
  • CSS時間経過とともに低下/本薬群<偽薬群
  • LTE時間経過とともに低下/本薬群<偽薬群
PP解析
  • CSS本薬群<偽薬群
  • LTE時間経過とともに減る/本薬群<偽薬群
  • 抑制尿量本薬群(0.23)<偽薬群(0.42)
 7家庭へ追跡調査を行った結果、譲渡1週後の評価では1.4(非社交的)だったF-BARQ値が、1年後のそれは3.4(とても~極めて社交的)に増加していました。
Daily gabapentin improved behavior modification progress and decreased stress in shelter cats from hoarding environments in a double-blind randomized placebo-controlled clinical trial
Bailey H. Eagan, Karen van Haaften, Alexandra Protopopova, Journal of the American Veterinary Medical Association(2023), DOI: https://doi.org/10.2460/javma.23.01.0044

抗不安薬が猫の殺処分を減らす?

 ガバペンチンは基本的に猫の抗てんかん薬や鎮痛薬として使用されますが、補足的な効果として抗ストレス作用があることから、「通院」や「車での移動」など強いストレスがかかるイベントの直前に処方されることがあります。

抗不安薬のメリット

 今回の調査を通し、ステップ1→2→3では同等だがステップ4→5→6では本薬群の方が偽薬群よりクリアタイムが早まり、最終的に人馴れプロトコル修了までに要した期間が投薬群においてほぼ半減しました。このことから、ガバペンチンには一時的ではなく恒常的な抗不安作用が期待できるのではないかと推測されています。
 またガバペンチンの一般的な副作用として鎮静、運動失調、流涎、嘔吐などが挙げられますが、投薬群においてこうした症状が見られず、エソグラムでも副作用に関連した項目に顕著なグループ間差は認められませんでした。この事実から、少なくとも体重1kg当たり10mgのガバペンチンを1日2回という用量は、猫に重大な副作用を引き起こさないと推測されました。

抗不安薬のデメリット

 猫に薬を与えることの難しさは、猫を飼ったことがある人なら誰しも痛感していることです。
 猫への投薬法としては優先順にウェットフードに混ぜ込む→注射器で前足に垂らす→カテーテルか注射器で強制的に流し込むという方法が採用され、成功率はフードが85%(431回)、前足が50%(69回)、強制が97%(489回)となりました。強制投与の成功率が最も高いものの、猫をつかまえて保定すること自体がトラウマとなり、当初の目的とは逆に人のことを恐れるようになる危険性をはらんでいます。
 また病院によっては液剤ではなく錠剤しか処方できないこともありますので、液剤のようにフードに混ぜ込んだり前足に垂らしたりといったバリエーションが難しくて投薬コンプライアンスが低下してしまうこともあるでしょう。
 猫に薬を投与することの難しさが最大のデメリットと言えます。

命の線引きの現場で

 現在、日本の動物愛護センターや保健所では収容した猫たちを「譲渡が適切ではない」「家庭で飼養できる」「引取り後の死亡」という3つのカテゴリに分けて譲渡を行っています。しかし「譲渡が適切ではない」の条件はそれほど厳密ではなく、地域、施設、評価者によって微妙に変わりうるあいまいなものです。譲渡に適さないという理由で殺処分された猫の中には、人馴れするポテンシャルがあるにも関わらず時間、収容スペース、人的リソースの制約からそのチャンスすら与えられないまま旅立ったものは全くいないのでしょうか?
 当調査により抗不安薬の投与によって人馴れ期間が最大で半分くらいまで短縮する可能性が示されました。投薬自体に副作用の危険性や拘束ストレスといったデメリットがあるものの、馴化の機会すら与えられないまま殺処分になるよりはましでしょう。
 国内の収容施設で判定を行う獣医師が人馴れ訓練に投薬を組み込めば、現場における恣意的な線引きで邪魔者扱いされる猫たちの数がいくらか減り、殺処分の低減につながってくれるかもしれません。 猫の殺処分の現状