トップ2023年・猫ニュース一覧5月の猫ニュース5月26日

猫の首輪による腋窩絞扼外傷~たすきがけ事故の症状・原因から治療法まで

 猫の首輪が脇の下にずれ込み、ちょうど「たすきがけ」のような状態になって発生する腋窩絞扼外傷。ひとたび発症すると重症化して非常に治りにくいため、予防が最重要課題になります。

腋窩絞扼外傷の病態と症状

 腋窩絞扼外傷(axillary entrapment injury)とは首輪が脇の下にずれこむことで生じる外傷のこと。首輪自体による摩擦ストレスの他、締め付けによる血流不足で組織が崩壊し、皮膚が広範囲にわたってめくれあがります。 ずれた首輪が脇の下に挟まり皮膚が壊疽を起こしてしまった飼い主不明の野良猫  受傷部位には線維性の肉芽組織が形成され、毛包や夾雑物のほか傷口から滲出した膿性の分泌液が貯まり、時としてひどい悪臭を放ちます。 猫の腋窩に発症した絞扼外傷  一般的な外傷に比べて治りにくいとされる理由には、可動域が広い肘および肩関節の動きによる慢性的な機械ストレス 、傷口で繁殖した細菌が形成するバイオフィルム、免疫不全を引き起こす疾患(FIV | FeLV etc)による治癒の遅延などが想定されていますが、因果関係に関する十分な検証はなされていません。
CHRONIC AXILLARY WOUNDS IN CATS: What do we know and how should we manage them?
Journal of Feline Medicine and Surgery (2023), Rodrigo Domingues Paulino and John M Williams, DOI:10.1177/1098612X231162880

腋窩絞扼外傷の原因

 腋窩絞扼外傷の原因はずれた首輪による腋窩部への慢性的な締め付けです。
 伸縮型の首輪に多いイメージがありますが、538頭の猫たちを対象とした半年に及ぶ観察調査では、固定型でもリリース型でもこの事故が同レベルで起こることが確認されています出典資料:Load, 2010)。また少数ながら怪我が原因で死亡した例も報告されています出典資料:RSPCA, 2021)
 絞扼外傷が発生するには相当な長時間、締め付けが継続する必要があります。必然的に飼い主がいる室内では起こりにくく、放し飼いにされている猫や迷子になった猫が屋外で発症するケースが大部分を占めます。 嫌がる猫に首輪は必要か?~種類・目的から危険性・効果まで

腋窩絞扼外傷の治療・予後

 以下は腋窩絞扼外傷に対する一般的な治療手順です。長いときは完治まで2ヶ月を要します。
初期治療
  • 傷口の洗浄生理食塩水を用いて傷口を洗い流し、夾雑物や細菌を物理的に除去します。
  • 傷口の掻爬洗浄液では十分に流しきれない組織が付着している場合は、傷口のデブリードマン(壊死した組織の除去, 掻爬)を行います。
  • 傷口の保護傷口が悪化したり病原体と接することを防ぐため、保護(ドレッシング)を行います。腋窩絞扼外傷における患部保護(ドレッシング)の一例
  • 抗菌薬治療皮膚が損壊して無防備になった部位から病原体が侵入した場合を想定し、二次感染を防ぐための抗菌薬治療を行います。取り急ぎ広域スペクトラムを投与した後、感受性検査の結果を待ってピンポイントの投薬に切り替えます。
離開を防ぐ
  • 傷口の縫合損壊した傷口を塞ぐため、軽症の場合は縫合を行って離開部分をつなぎ直します。
  • 網移植網(もう)とは消化管に付随する腹膜のひだのことで、脂肪細胞、線維芽細胞、リンパ球などから構成されています。傷口におけるデッドスペースを減らし血液やリンパ液の供給を適正化して癒着と血管新生を促すため、縫合に先立って網移植が行われることもあります。
  • 皮膚弁移植皮膚弁(スキンフラップ)とは脇腹や肘の余った皮膚のこと。傷口を覆うため、余剰皮膚をフラップとして利用することがあります。
 傷口の初期治療と離開予防が終わったら、合併症(漿液腫など)をモニタリングしつつ、エリザベスカラーを装着して安静(ケージレスト)を心がけます。傷の度合いにもよりますが、完治まで2ヶ月という長期間を要することもあります。
猫における首輪の必要性は慎重に吟味する必要があります。少なくとも放し飼いや迷子にしないよう注意しましょう。猫を放し飼いにしてはいけない理由