トップ猫の健康と病気猫の感覚器の病気猫の皮膚の病気皮膚無力症

猫の皮膚無力症(エーラス・ダンロス症候群)~症状・原因から予防・治療法まで

 猫の皮膚無力症について病態、症状、原因、治療法別にまとめました。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い猫の症状を説明するときの参考としてお読みください。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

皮膚無力症の病態と症状

 猫の皮膚無力症(cutaneous asthenia)とは結合組織の一種であるコラーゲン線維に異常が起こり、十分に生成されなかったり生成されても正常ならせん構造を形成しないため、皮膚が異常に伸びたり脆(もろ)くなったりする遺伝性の病気。似たような病気は人間、ウマ、イヌ、ウシ、ヒツジ、ウサギ、ミンクなどで確認されています。ただし発症因子や症状が全く同じではないため、呼び方は以下のように様々です。
  • 人間→エーラス・ダンロス症候群
  • ウシ・ヒツジ→皮膚脆弱症
  • ウマ→HERDA
  • イヌ・ネコ→皮膚無力症
 人間におけるエーラス・ダンロス症候群は、早くも紀元前400年の段階でヒポクラテスが記述していますが、病名が確立したのは20世紀に入ってからで、症例報告を行ったデンマーク人医師(Edvard Ehlers)とフランス人医師(Henri-Alexandre Danlos )の名にちなんでいます。文献によってまちまちですが、人医学では発現様式によって6~11タイプに分類され、症状だけに着目すると猫の皮膚無力症はエーラス・ダンロス症候群の「タイプ7c」に最も近いと考えられています。 皮膚無力症の猫~異常に伸びる頬とたるんだ腹部の皮膚  病気は遺伝性のため、多くの場合症状は生後3週~4ヶ月齢で現れ始めます。主症状は以下です。
皮膚無力症の主症状
  • 皮膚が異常に伸びる
  • 皮膚がすぐに裂ける
  • 高齢になってからは顔の皺、腹部のたるみ
  • 関節可動域異常(?)
  • 傷が治りにくい(?)
  • 会陰や横隔膜のヘルニア(?)
 「?」マークを付けた関節可動域の異常な増加、創傷治癒の遅れ、ヘルニアに関しては、症例として報告はあるものの数が少ないため、皮膚無力症と関連しているかどうかは確定していません。また症例が少ないためか、人間のエーラス・ダンロス症候群で確認されている偏頭痛、心臓の弁逸脱、肺動脈狭窄、僧帽弁逆流、大動脈瘤、心房中隔欠損、ファロー四徴症などは猫では確認されていません。

皮膚無力症の原因

 皮膚無力症の原因は遺伝子の変異です。劣性遺伝の症例も優性遺伝の症例も混在しています。遺伝形式が完全に解明されたわけではありませんが、変異部は性染色体ではなく常染色体上にあり、発症頻度に性差はありません。症例報告がある国はオーストラリア出典資料:Hansen, 2015)、ポーランド出典資料:Szczepanik, 2006)、韓国出典資料:Seo, 2016)、トルコ出典資料:Dokuzeylul, 2013)、アメリカ出典資料:Fernandez, 2005)、日本出典資料:Teramoto, 2011)などです。

優性遺伝

 父猫か母猫のどちらか一方から変異遺伝子を1つ受け継いだだけで発症します。変異を1つだけ有したヘテロ型しか確認されていないため、2つ有したホモ型は致死性で、生まれる前に母猫の体内で死亡して吸収されてしまうと推測されています。人間のエーラス・ダンロス症候群では優性遺伝するタイプ1および2に相当し、コラーゲンIとVの形成不全によって皮膚と関節の両方に症状が出るのが特徴です。
 2018年に行われた最新のDNA調査では、COL5A1遺伝子のエクソン43で見られる単一塩基対の欠失変異(COL5A1:c.3420delG)が疾患の原因だと推定されました。この変異は疾患を保有していないさまざまな品種103頭、および疾患を保有したバーミーズでは見られなかったとのこと出典資料:Spycher, 2018)

劣性遺伝

 ヒマラヤンにおいて報告されている遺伝型で、父猫と母猫から変異遺伝子を1つずつ受け継いだときに発症します。おそらくコラーゲンの生成に関わる酵素の一種「プロコラーゲンNエンドペプチダーゼ」に異常が起こり、原繊維やコラーゲン線維にねじれが生じることで発症するものと考えられています。症状は皮膚だけで関節には現れません。
 オーストラリアとニュージーランドのバーミーズでも劣性遺伝の皮膚無力症が確認されていますが、主症状は紫斑、壊死性のかさぶたや萎縮性脱毛などで、皮膚の損傷がそれほど見られないという特殊な発症様式が報告されています。

皮膚無力症の検査・診断

 猫の皮膚無力症は皮膚伸長テストと顕微鏡を用いた組織学的な検査によって診断します。また後天性の皮膚脆弱症候群との鑑別も必要です。

皮膚伸長テスト

 皮膚伸長テストでは、後頭稜~しっぽの付け根までの長さを「1」としたとき、背中~腰の皮膚を限界まで上に持ち上げたときの長さがどの程度になるかを計測します。 皮膚伸長インデクス(SEI)  皮膚伸長インデクス(SEI)と呼ばれるこの指標の目安は11~19%未満です。背中の皮膚が異常に伸び、20%を超えるような場合はコラーゲン線維の生成異常による皮膚無力症が強く疑われます。

組織病理学検査

 猫の皮膚から採取したコラーゲン線維を光学もしくは電子顕微鏡で観察することにより異常を見つけます。皮膚無力症における主な特徴は以下です。
顕微鏡所見
皮膚無力症の猫で見られる真皮層のコラーゲン不整列
  • 表皮層における線維細胞や線維芽細胞の過形成
  • 毛包周辺における線維細胞の増加と線維芽細胞の巣形成
  • 真皮乳頭の形が崩れている
  • 真皮層における脂肪細胞の焦点性増殖
  • 真皮層におけるコラーゲン線維の減少と不整列
  • 真皮層におけるコラーゲン線維の短縮化や歪曲
  • コラーゲン線維破損に続発する好中球の浸潤や線維症

皮膚脆弱症候群との鑑別

 皮膚無力症は先天性の病気で早い段階から発症しますが、後天的に皮膚が脆くなってしまう病気があります。ネコ皮膚脆弱症候群(FSFS, feline skin fragility syndrome)と呼ばれるこの病気の特徴は、高齢になってから発症する点、および皮膚伸長性の亢進が見られないという点です。主に以下のような別の疾患が原因となり、二次的に発症します。
FSFSの原因疾患
 皮膚脆弱症候群では多くの場合、皮膚の伸長性が認められませんので、皮膚伸長テストでSEIを算出すれば鑑別が可能となります。

皮膚無力症の治療・予後

 皮膚無力症に対する根本的な治療法はありません。ただ遺伝疾患ですので、発症した猫を繁殖に用いないことで予防は可能です。
 皮膚の傷や壊死に対しては縫合を始めとした外科的な修復が行われます。傷口からの二次感染を防ぐため、抗生剤などが処方されることもあります。またコラーゲン線維の生成を促すためビタミンC(1日50mg程度)の投与が行われることもありますが、そもそも猫は体内でビタミンCを生成できますので、どれほどの効果があるのかは不明です。
 皮膚が脆くちょっとした外圧や衝撃で裂けてしまいますので、完全室内飼いを徹底すると同時に、爪キャップをしたり服を着せるなどの予防策が絶対に必要となります。例えば以下は皮膚無力症を発症した猫たちの私服姿です。飼い主の愛情と根気があれば、比較的健康で穏やかな予後を過ごすことができます。
皮膚無力症の猫たち
  • ポーグ2019年、アメリカのイリノイ州シカゴでダンボールに入れられた状態で捨てられていた子猫の「ポーグ」(Porg)。足でひっかいた部分が簡単に裂けてしまうことから検査が行われ、皮膚無力症と診断されました。現在は診察を行った獣医師の家で幸せに暮らしています。 Appa & pOrG/Instagram 皮膚無力症の猫~アメリカイリノイ州の「ポーグ」
  • トビーイギリスの動物虐待防止協会(RSPCA)が里親を募集していた猫の「トビー」(Toby)。2013年生まれで高齢のため、顔や腹部の皮膚が明らかにたるんでいます。家の中でも服を着ているのはグルーミングやひっかきによる怪我を予防するためです。 Toby & Quinton/Instagram 皮膚無力症の猫~イギリスの「トビー」
  • リードアメリカ・コネチカット州にある動物保護施設に収容されていた猫の「リード」(Reed)。偶然の出会いにより、皮膚無力症の人間バージョンであるエーラス・ダンロス症候群を患う医師が里親となりました。怪我を予防するための防護服は欠かせないものの、現在は同居犬と穏やかな生活を送っています。 Reed/Instagram 皮膚無力症の猫~アメリカ・ニューイングランドの「リード」