トップ猫の健康と病気猫の寄生虫症猫の寄生虫対策・完全ガイドピリプロキシフェン

昆虫成長抑制剤「ピリプロキシフェン」の猫における安全性~副作用や中毒の危険性を科学的に検証

 昆虫成長抑制剤「ピリプロキシフェン」はネコノミの幼虫が成長しないように抑制し、ライフサイクルを分断する成分です。猫向けの製品にも使われていますが、どの程度安全なのでしょうか?科学的なデータとともに検証します。

ピリプロキシフェンとは?

 ピリプロキシフェン(pyriproxyfen)は1981年に住友化学株式会社が開発した4-フェノキシフェノキシ構造を有する昆虫成長制御剤(IGR)の一種。コナジラミ類、アブラムシ類、アザミウマ類の幼若ホルモンとして作用し、脱皮ホルモンとの協調性を崩すことによってサナギ化や成虫化を阻害し、最終的に殺虫効果を発現すると考えられています出典資料:Hatakoshi, 2003)ピリプロキシフェンの分子構造式  日本国内では農薬として1995年に「ラノー乳剤」(ピリプロキシフェン10.0%含有)が、そして1997年に「ラノーテープ」(ピリプロキシフェン1.0g/m2 含有)が登録されており、韓国、タイ、フランス、アメリカ等の諸外国でも農薬登録されています。動物用医薬品としては「治療を主目的としない医薬品」に区分されており、スポット剤(滴下薬)やスプレー剤(エアロゾル)などの形で流通しています出典資料:食品安全委員会, 2009)

ピリプロキシフェンの毒性・安全性

 ピリプロキシフェンが動物の消化管もしくは皮膚を通じて体内に入るとそのうち6~7割ほどが吸収され、肝臓における代謝を受けて20種類を超える代謝産物に変換されます。その後、硫酸抱合やグルクロン酸抱合を経て便中へ80~90%、尿中へ5~10%が排出されます。血中最高濃度(Tmax)は2~8時間で到達し、7日後には90%以上が体外に排泄されます。Tmax付近では肝臓で多く検出されますが、時間の経過とともに減少することから体内への残留性や蓄積性はないと考えられています。

ピリプロキシフェンの毒性

 以下は動物を対象として行われた各種毒性試験の結果です。「LD50」は投与を受けた動物の半数が死に至る量、「NOAEL」は有害反応が見られない最大量のことで、単位は体重1kg当たりで示してあります出典資料:農薬評価書「ピリプロキシフェン」)
ピリプロキシフェンの毒性
  • 経口急性毒性✓ラットLD50:5,000mg超
    ✓マウスLD50:5,000mg超
  • 経皮急性毒性✓ラットLD50:2,000mg超
    ✓マウスLD50:2,000mg超
  • 経口亜急性毒性(90日)✓ラットNOAEL:23.5~27.7mg
    ✓マウスNOAEL:28.2~37.9mg
    ✓イヌNOAEL:100mg超
  • 経口慢性毒性✓ラットNOAEL(6ヶ月):24.0~27.5mg
    ✓イヌNOAEL(1年):10~30mg
 ウサギを対象とした調査では眼に対して軽度の刺激性(結膜潮紅等)が認められた一方、皮膚に対する刺激性はなかったといいます。またモルモット(オス)を用いた試験では皮膚感作性(※アレルギーの原因になりうる)は確認されませんでした。その他、発がん性、発生毒性、催奇形性、遺伝毒性は認められていません。毒性試験で確認された主な副作用・有害反応は赤血球系指標の減少、肝細胞の肥大や繊維化、慢性腎症などでした。

ピリプロキシフェンの安全基準

 日本の食品安全委員会は、イヌを用いた1年間慢性毒性試験のNOAEL「10mg/kg/日」を基準とし、安全係数を100として人間における一日摂取許容量(ADI)を体重1kg当たり0.1mgとしています。この値はWHO(世界保健機構)の使用ガイドラインでも採用されています出典資料:WHO, 2008)
 一方、EFSA(欧州食品安全機関)は2019年に行った最新の検証を通じ、マウスを対象とした78週に渡る毒性試験の結果から得られたLOAEL(最小毒性量=有害影響が認められた最小の投与量)が体重1kg当たり1日16.4mgだったことから、安全係数を300として人におけるADIを体重1kg当たり0.05mgとしています。またARfD(急性参照用量=人がある物質を24時間以内に摂取しても、健康への悪影響がないと推定される摂取量)を体重1kg当たり1mgまでとしています出典資料:EFSA, 2019)

猫における安全性

 海外ではピリプロキシフェンを含んだ猫向けノミ駆除薬が流通しており、認可を得る際に提出した試験データが公開されています。日本国内の製薬企業はこの種の情報を隠したまま教えてくれないため、便宜上、海外で行われた猫に対する安全性試験の結果を以下でご紹介します出典資料:CVMP, 2014)
猫における毒性
  • 経口毒性・子猫7週齢の子猫を対象とし体重1kg当たり72.2mgのピリプロキシフェンを経口投与したところ、便の異常、流涎(よだれ)、嘔吐が見られたものの症状は一時的で、3~4時間で自然回復したといいます。
  • 経皮毒性・子猫7~8週齢の子猫(体重744~834g)を対象とし、推奨最低用量(体表1平方m当たり90mg)の1倍量、3倍量、5倍量のピリプロキシフェンを14日に1回のペースで合計8回に渡って滴下投与したところ、投与部位に落屑、紅斑、脱毛などがまれに見られたほか、目立った副作用はなかったといいます。

ピリプロキシフェンの効果

 ピリプロキシフェンの効果はネコノミの幼虫が成長するのを阻害することです。成虫に対する殺虫効果やダニに対する成長予防効果は保証されていません。多くのノミダニ駆除商品がピリプロキシフェン以外の有効成分を含んでいるのは、足りない効果を補うためです。
 体表1平方m当たり90mgのピリプロキシフェンを猫に滴下投与したところ、ネコノミの発育防止効果に関し最初の2ヶ月は100%、最後の1ヶ月は94.5~99%で、3ヶ月を通じて96.5%超の効果が確認されたといいます。このデータから、ピリプロキシフェンの推奨最低用量は体表面積1平方mでは90mg、体重1kg当たりでは4.23 mgとされています出典資料:CVMP, 2014)
 なお、海外で販売されているスポットオン(滴下式)製剤は、体重0.6~10kgの範囲内にある猫に対し単一の薬剤(0.9mL)が適用されています。体重0.6kgの子猫における1kg当たりの用量は70.5mgですが、体重10kgの大柄な猫におけるそれは4.23mgで、16倍以上の差があります。しかし高用量を投与された子猫においても副作用を引き起こすことなく効果を発揮するとのこと。

日本のピリプロキシフェン製品

 ピリプロキシフェンを含んだ動物医薬品や医薬部外品は、日本国内でも農林水産省によってたくさんの種類が承認されています。主な形態はスプレー、スポットオン(滴下式ピペット)、パウダー(ベビーパウダーのように振りかけるタイプ)、首輪などです。以下のデータベース内「主成分」の部分に「ピリプロキシフェン」と入力してみてください。全体では250種類ほど、猫向けに限定した商品では90種類ほどが登録されています。 農林水産省・動物医薬品データベース  ピリプロキシフェンを単一の有効成分としている製品はなく、多くの場合「フェノトリン」「アレスリン」などの合成ピレスロイドとの混合になっています。ほとんどが医薬部外品という区分ですので、獣医師の処方箋がなくても通信販売や量販店などで簡単に入手することができます。
 猫を対象とした毒性試験では比較的高用量(体重1kg当たり70mg超)を経口摂取しても重大な副作用は見られなかったとされていますが、代謝に際しては硫酸抱合やグルクロン酸抱合など、猫が苦手としている解毒プロセスが関わっています。体質によっては想定外の副作用や有害反応が出てしまう危険性も否定できないでしょう。またピリプロキシフェン含有商品には「フェノトリン」など毒性の強い他の有効成分も含まれています。グルーミングで被毛をなめるという習性を持っていることから考え、スプレーやパウダーなど猫の口が届く範囲に適用するタイプは避けたほうが良いと思われます。また他の猫や犬と同居している場合も、相互グルーミングを通じて経口摂取する危険性がありますので要注意です。 猫における「フェノトリン」の危険性について 猫向けノミ駆除製品「アドバンテージプラス」の効果と副作用 グルーミング(セルフ・アロ)を通じた有害薬剤の経口摂取に要注意!
猫向け製品に使われている合成ピレスロイドの中では「フェノトリン」が最も危険です。シャンプーなどにも平気で使われている成分ですが、海外において過去に大規模な中毒事故を起こしたことがあります。