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猫だって痛みを感じている!~痛みは「5つ目のバイタルサイン」

 痛みや体調不良を抱えているとき、猫はそれをひた隠しにしようとします。野生環境においては役に立つこの習性も、家庭環境においては「怪我や病気を発見しにくい」という致命的な欠点になりかねません。まずは猫が感じている痛みに関する理解を深めましょう。

急性の痛みとは?

針が指に刺さった時、痛みはどこに刺さったかを教えてくれる  急性の痛みに関する明確な定義はありませんが、一般的に「原因部位の治癒と共に3ヶ月以内に収まる痛み」であるとされます。この痛みは生体を防御する上で絶対的に必要なものです。まず体内における初期の警報として機能し、体のどこに不具合があるかを本人に伝える役割を果たします。その後、生得的に備わっている各種の防衛反射を誘発し、障害を受けた箇所がそれ以上悪化しないよう、さまざまな反応を引き起こします。これが急性の痛みが担っている重要な役割です。その他を含め、急性痛が持っている特徴を列挙すると以下のようになります。
急性痛の特徴
  • 警報としての役割を担っている
  • 障害部位が治れば痛みも消失する
  • 痛みの消失時期を予測しやすい
  • 鎮痛薬によく反応する
 「鎮痛薬によく反応する」という特性から、多くの場合オピオイドなどを用いた投薬治療が第一選択肢となります。痛みが長引いてしまうと、痛み刺激に対する反応が異常に高まる「痛覚過敏」や、通常は痛みを誘発しないような微小な刺激を痛みとして認識する「異痛症」といった病的な状態に進行する危険性がありますので、早急な疼痛緩和が求められます。

慢性の痛みとは?

慢性痛は、長引くとそれ自体が病気とみなされる  慢性の痛みは急性の痛み同様、明確な定義を持ちません。一般的には「原因部位が治癒したのちも残る3ヶ月以上続く持続的な痛み」とされます。体に対する機械的な刺激や温熱・冷却といった刺激によって引き起こされる急性の痛みのことを「生理学的疼痛」と呼ぶのに対し、慢性的な痛みのことを「病的疼痛」と呼び分けることがあります。こう呼ばれる理由は、長期的に持続する痛みがストレス反応を引き起こし、体の各所に病的な不具合を生じさせるためです。具体的には以下のようなものがあります。
慢性痛によるストレス反応
  • 交感神経系を興奮させる
  • 頻脈や高血圧
  • 末梢血管抵抗の上昇と末梢循環の低下
  • 胃腸運動の低下
  • 免疫機能の抑制
  • 創傷治癒の遅延
  • 喚気能の低下と肺炎の危険性の増大
  • 酸素消費量の増加
  • 血液凝固機構の活性化
  • 慢性疼痛症候群の増悪
  • アルドステロンとバゾプレシン分泌亢進による排尿の抑制
  • 異化ホルモンの分泌を介した代謝の促進(ACTH・コルチゾール・グルカゴン・カテコールアミン)
  • 同化ホルモンの分泌抑制による代謝の促進(インスリン・テストステロン・STH)
犬と猫のリハビリテーション実践テクニック(インターズー, P20)
 上記したように、慢性的な痛みは「痛み」そのものによる不快感のみならず、痛みがもたらすさまざまなストレス反応による不快感も引き起こす極めて厄介なものと言えます。同じ痛みでも、急性痛とはずいぶん違うことがお分かりいただけるでしょう。慢性痛の一般的な特徴を列挙すると以下のようになります。
慢性痛の特徴
  • 侵害刺激とは直接的に関係がないこともある
  • 警報としての機能を持たない
  • 鎮痛薬への反応はあまりよくない
 「鎮痛薬への反応はあまりよくない」という特徴から、慢性痛には普通「多面的(集学的)疼痛管理」というアプローチ法が行われます。これは投薬治療のみならず、様々な知識を総動員してあらゆる方向から鎮痛を試みるという治療法のことです。詳しくは「老猫の痛みの管理」というページ内にまとめてありますのでご参照ください。
 慢性痛でしばしば問題となるのは、「突破痛」(Breakthrough Pain)と呼ばれる一過性の激しい痛み、および「神経障害性疼痛」(Neuropathic Pain)です。前者は鎮痛薬の効果を「突破」するほど強い痛みが急に発生する現象のことで、後者は最初に生じた障害によって引き起こされた痛みが、中枢神経や末梢神経系の機能不全を引き起こして生じる二次的な現象のことです。犬や猫がこうした痛みに苦しまないようにするためには、飼い主が定期的に痛みの評価を行い、いち早くサインに気づいてあげることが必要となります。

痛みは5つ目のバイタルサイン

 人医学の領域で提唱されている「痛みを5つ目のバイタルサインに」というスローガンは、獣医学の領域に導入されてもよいものと思われます。
人医学分野では、痛みを5つめのバイタルサインとして組み入れる動きが進んでいる  2000年、アメリカ議会と当時の大統領であるクリントン氏は、2001年からの10年間を「痛みの10年」とすることを採択し、痛みの研究や教育上の助成を高め、痛みに悩む人へのケアを充実させる方針を明らかにしました。翌2001年、「医療組織認定合同委員会」(JCAHO)は、体温、血圧、心拍、呼吸数と同様、「痛み」を5つ目のバイタルサインと位置付け、全ての患者で評価することを義務付けました。また複数の団体から成る「痛みケア連合」(PCC)は、痛みの研究・治療を飛躍的に充実させるため、国を挙げて行動を起こすことを求めた「痛みケア国家戦略2003議定書」を議会に提出しています。
獣医学分野における痛みは、人間の痛みに比べて軽視される傾向にある  このように、人医学の領域では見直しが進んでいる「痛み」ですが、獣医学の領域ではいまだに軽視される傾向にあるようです。例えば2004年にイギリスで行われた調査によると、病院内で猫の疼痛評価を客観的な指標を用いて行っている割合はわずか8.1%に過ぎなかったとの結果が出ています。また2015年にニュージーランドで行われた調査によると、入院動物の疼痛管理を任されている医療アシスタントの内、93%もの人が「自分がもつ痛みの知識や評価能力はもっと改善できる」と回答しています。このように、犬や猫に対する痛みの管理体制は、立ち遅れているというのが現状です。その理由としては以下のようなものが考えられます。
動物の痛みが軽視される理由
  • 動物は言葉を話せない
  • 痛みのサインが不明瞭
  • 痛みに関する統一された評価基準がない
  • 痛みが動物の無駄な動きを抑制しているとの誤解
 痛みの度合いを言葉によって伝える事は、人医学の領域における基本プロセスとされています。しかし当然のことながら、犬や猫は言葉を話すことができませんので、微妙な行動の変化を捉えることで痛みの存在を推測するという形になります。ところが犬や猫では「微妙な行動の変化」が本当に微妙すぎて、毎日見ている飼い主ですら気づかないことが少なくありません。さらに、動物の痛みを評価するための信頼度の高い統一基準がいまだに確立していないという事実も、犬や猫の疼痛発見をより一層難しくしています。
 では、動物の痛みを見つける事は全く不可能かと言われると、そういうわけではありません。「痛みを5つ目のバイタルサインに」というスローガンを飼い主自身が実践し、日常的に犬や猫の態度や振る舞いを観察していれば、痛みのサインを早期発見できる確率が格段に高まります。猫の痛みを見つける方法に関しては、「猫の急性痛を見つける」および「猫の慢性痛を見つける」に分割して解説しましたので、ぜひ実践してみてください。