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猫も隠れんぼができる?~視界から消えたものを頭の中で追跡する「対象の永続性」

 ウサギが巣穴に入り、実際の姿を目で見ることはできないけれども「今ウサギは穴の中にいるはずだ」と頭の中で認識する能力は「対象の永続性」(Object Permanence)と呼ばれます。人間の子供では2歳になるまでの間に発達するとされていますが、猫にも同等の能力はあるのでしょうか?

「対象の永続性」とは?

 「対象の永続性」(Object Permanence)とは、今まで目で捉えていたものが見えない状態になったとしても、物体が依然としてそこにあり続けると認識できる能力のことです。人間の幼児においてはいくつかのステージを登りながらこの能力が発達していくと考えられています。ピアジェによる最も有名な発達ステージの区分は以下です。
対象の永続性・発達ステージ
  • ステージ1✓生後0~1ヶ月齢
    視界自体がまだぼんやりしており、対象物が見えなくなっても関心を払わない
  • ステージ2✓生後1~4ヶ月齢
    対象物が消えた地点を注視するようになる
  • ステージ3✓生後4~8ヶ月齢
    対象物が完全に隠れて見えない状態だと関心を抱かないが、一部だけが隠れた状態だと手を伸ばして取ろうとする
  • ステージ4✓生後8~12ヶ月齢
    完全に隠れて見えない状態の対象物を取ることができる/最初は隠れる前に手をのばすなどの探索動作が必要だが、次第に探索動作が先行しなくても取れるようになる/一方、対象物をA地点に隠した後でB地点に改めて隠すと、隠す様子を目の前で見ていたにもかかわらず何もないA地点を探そうとする(A-not-Bエラー)
  • ステージ5✓生後12~18ヶ月齢
    対象物が隠れる様子を見ている場合に限り、完全に隠れて見えない状態の対象物を取ることができる/「A-not-Bエラー」がなくなる
  • ステージ6✓生後18~24ヶ月齢
    たとえ隠す様子を見ていなくても、対象物がどこにあるのかを頭の中で思い描いて取ることができる
 人間の幼児の場合、およそ2歳になるまでの間に「対象の永続性」が十分に発達し、たとえ目の前に実体がなくても頭の中だけで現在の所在地を想像してどこにあるのかを言い当てることができるようになります。では猫にも上記「対象の永続性」という認知能力はあるのでしょうか?もしあるとしたら人間の幼児の何歳くらいに相当するのでしょうか?過去にいくつかの実験が行われました。

猫と可視的な移動テスト

 対象の永続性を確かめる際は「可視的な移動テスト」(Visible Displacement Test)と呼ばれる古典的な試験法が採用されます。これは被験者にターゲットとなる物体を見せた状態で複数ある容器のどれか1つに入れ、見えなくなった物体がどこに入っているかを当ててもらうというシンプルなものです。このテストをクリアするために被験者に要求される能力は、たとえ目で見えていなくても容器の中に物体が留まり続けていると認識する「対象の永続性ステージ4」です。
 過去に猫を対象として行われた数多くの調査では、ほとんどが簡単にこのテストをクリアできることが確認されています。一方、「猫も験担ぎ(げんかつぎ)をする?」で紹介したとおり、幼児で見られる「A-not-Bエラー」に焦点を絞った別の調査では猫がこの間違いを犯すことが確認されています。言い換えると「ステージ5には達していない」となるでしょう。

猫と不可視的な移動テスト

 認知能力が発達すると、一歩進んだ「不可視的な移動テスト」(Invisible Displacement Test)をクリアできるようになります。このテストでは、被験者の目の前でターゲットとなる物体を容器の中に隠し、さらにその容器を遮蔽板の後ろに持っていきます。その状態から中に入っている物体を板の後ろに置き去りにし、容器だけを再び被験者に見える場所まで移動して中身に何も入っていないことを確認させます。対象の永続性がステージ6まで発達している場合、「中身は今どこにある?」と聞かれた被験者は遮蔽板の後ろにとどまっていることを理解できるという寸法です。
 過去に猫を対象として行われた不可視的な移動テストでは、このテストをクリアできないことが確認されています。可視的な移動テストの結果と併せ、猫における「対象の永続性」はステージ4くらいで、人間の幼児に置き換えると生後8~12ヶ月齢程度に相当するのではないかと推測されています。

自然環境を模したテスト

 猫における「対象の永続性」を確認する際は、便宜上人間の幼児に対して用いられるテストが採用されてきました。しかし人と猫とでは動物種が違うのですから、猫には猫専用のテストを考案した方がよいのではないかという意見もあります。例えば、猫が野生環境に暮らしているときに遭遇する可能性が十分ある状況をセッティングしてあげるなどです。実際にそのような特別なテストを考案して行った結果、予想通り、猫の対象の永続性が飛躍的に向上することが確認されました。

獲物を追う状況を再現

 調査を行ったのはカナダにあるモントリオール大学心理学部のチーム。まず遮蔽板の近くに対象物(丸めたアルミホイル)を置き、見えない糸で左右に動かして小動物のような動きを再現します。約1.5m離れたスタート地点から観察窓を通してこの様子を見ていた猫は興味を抱き、目の前にあるブロックスクリーンを迂回して近づこうとします。 自然環境を模して猫向けにアレンジされたInvisible Displacement Testのセッティング  ブロックスクリーンは不透明ですので、通過する際に一瞬だけそれまで見ていた対象物を視界から消さなければなりません。実験者は猫の顔がこのブロックスクリーンに重なった瞬間を見計らい、アルミホイルを遮蔽板の後ろに移動します。ちょうど猫に見つかった獲物が近くにある茂みや穴に逃げ込むような感じです。
 上記した一連の状況は、猫が視覚で認識できない状態で対象物を隠していますので、「不可視的な移動テスト」と同じ性質を有しています。従来のテストとの違いは、「人間の手でスクリーンの後ろにカップを隠す」などという手品まがいの不自然なものではなく、「小動物が物陰に隠れる」という自然環境で起こりうる状況がうまく再現されているという点です。

猫たちの成績とその解釈

 ペットとして飼われている猫19頭(メス9頭 | 4ヶ月齢~7歳)を対象とし、猫向けにアレンジした不可視的移動テストを1頭につき10回行った結果、57.9%(110/190回)の割合でアルミホイルと同側にあった遮蔽板の後ろを探索する行動が見られたといいます。これはつまり、見ていないときに移動した対象物の居場所を猫たちが頭の中で予想できているということであり、「対象の永続性」発達ステージに当てはめると「6」の初期に相当する能力を有しているということです。
 猫にとって対象の永続性はとても重要な能力です。例えば野生環境で狩猟を行う際、獲物となるウサギが巣穴に逃げ込むたびに「目の前から消えたからもうこの世にはいない」と認識して待ち伏せを諦めていたら、いつまでたってもゲットできません。あるいは餌をついばんでいる鳥に忍び寄る際、低木で一瞬視界が遮られるたびに「いなくなった」と勘違いしていては、そのうち餓死してしまうでしょう。視覚では捉えていないけれども、ターゲットがある特定の場所にいると頭の中で認識する能力には、生きていく上での適応的な意味があると考えられます。 対象の永続性がなければそもそも隠れんぼを楽しめない  これまでイヌおよび霊長目ヒト科に属するチンパンジーとゴリラは不可視的な移動テストをクリアできるけれども、サル科の動物やネコにはできないとされてきました。しかし人間向けのテストではなく、その動物種の進化や生活環境に合った特注のテストを考案してあげれば、また違った結果になるのかもしれません。子猫同士が隠れんぼをして遊んでいる光景をよく目にしますが、そもそも「対象の永続性」がないと待ち伏せもできませんし、隠れた相手を探そうとするモチベーションも生まれないでしょう。成猫がトイレの前で飼い主の出待ちをするのも同じ理屈です。
Object permanence in cats (Felis catus): an ecological approach to the study of invisible displacements
C.Dumas, Journal of Comparative Psychology1992, Vol.106, No.4, 404-410, DOI:10.1037/0735-7036.106.4.404