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猫の甲状腺機能亢進症・診断と治療のガイドライン

 「全米猫獣医学会」(AAFP)は2016年時点における甲状腺機能亢進症に関する知識を総括し、診断や治療に関するガイドラインを公開しました。

詳細

 甲状腺機能亢進症は、猫ののど元にある甲状腺と呼ばれる器官から分泌されるホルモンが過剰となり、さまざまな身体症状を引き起こす内分泌疾患の一種です。以下では、全米猫獣医学会(AAFP)が2016年にまとめた甲状腺機能亢進症ガイドラインの中から、重要な部分をピックアップしてご紹介します。 AAFP Guidelines for the Management of Feline Hyperthyroidism

疫学

 1980年代初頭に登場した猫の甲状腺機能亢進症(FHT)は、ただ単に見過ごされてきたというタイプの病気ではなく、何らかの要因によってこの時期から急に現れた新興の内分泌疾患です。発見当初の罹患率は非常に低かったものの、その数字は徐々に上昇し、現在では世界中の老猫のうち1.5~11.4%がこの病気を患っていると推測されています。アメリカに限って言うと、10歳を超えた猫のうちおよそ10%が罹患しているとも。

原因

 非常に多くの猫が罹患しているにもかかわらず、いまだにその発症原因についてはよくわかっていません。世界中から報告されたさまざまな研究結果を総括すると、主に以下のようにまとめられます。
  • 遺伝 シャムバーミーズの発症率が低いという事実から、遺伝子が何らかの関わりを持っていると推測されています。
  • 猫を取り巻く環境の変化 1970年代から始まった生活環境の変化が病気の発症に関わってると推測されています。具体的には室内飼育の増加、キャットフードの登場、平均寿命の延長など。
  • 年齢 ほとんどの甲状腺病変が両側性であることから、偶発的な細胞の異常増殖と言うよりも、食事や環境要因に長年さらされることが大きいと推測されています。
  • 化学物質 生活を通して体内に入ってくる何らかの化学物質が発症に関わっていると推測されています。具体的にはフェノール、ハロゲン化炭化水素、防臭加工の猫砂、ビスフェノールA、フタル酸エステルを含んだフード、大豆イソフラボン、難燃剤のPBDEs、フード中のヨウ素など。

診断カテゴリ

 甲状腺機能亢進症を患った猫が見せる典型的な症状は、体重減少、多食、多飲多尿、よく鳴く、落ち着きがない、活動性の増加、頻呼吸、頻脈、嘔吐、下痢、粗雑な被毛などです。確定診断には「T4」(甲状腺ホルモン or チロキシン)が基準値を超えていることを確認しなければなりません。中年期以降の発症率が高いことから、「老猫スクリーニング委員会」(Feline geriatric screening panel)では、「血清T4」を健康診断の検査項目に入れて早期発見に努めるよう推奨しています。
 以下は、甲状腺機能亢進症を診察するときに有用なAAFP版の診断カテゴリです。
  • グループ1典型的な症状が見られT4レベルも高い
    甲状腺機能亢進症とみなして治療を進める。
  • グループ2臨床像は甲状腺機能亢進症に合致するがT4レベルが正常
    2~4週間後に「T4」や「fT4ed」を再測定する。やはり正常値だった場合は、糖尿病、消化管の吸収不良、リンパ腫をはじめとする消化管の悪性腫瘍といった他の疾患の可能性を考慮する。他の疾患の可能性も否定されたら、「T4」や「fT4ed」(平衡透析法で測定された遊離チロシンレベル)のほか「T3(トリヨードチロニン)抑制テスト」、「血清TSH(甲状腺刺激ホルモン)濃度測定」、「甲状腺シンチグラフィー」を行い、再び甲状腺機能亢進症の可能性を追求する。
  • グループ3臨床像もT4レベルも正常だが甲状腺が肥大している
    肥大した部分を注意深くモニタリングし、6ヶ月後にT4レベルを測定する。
  • グループ4T4レベルが高く、甲状腺機能亢進症の症状がいくつか見られる
    1~2週間後にもう一度T4レベルを測定し、相変わらず高い値を維持していたら甲状腺機能亢進症と診断する。逆に値が低下していたら、6ヶ月後に再び全身チェックとT4レベルの測定を行う。
  • グループ5T4レベルが高く併存症がある
    甲状腺機能亢進症は急速に猫の健康を悪化させる病気であるため、併存症に配慮しつつも、なるべく当症の治療を優先する。よくある併存症は、甲状腺中毒性心不全、高血圧、網膜症、慢性腎臓病、消化管不良、インスリン抵抗性増加など。
  • グループ6T4レベルが高いが、その他の症状は一切無い
    測定値が誤りである可能性を考慮し、放射免疫測定法や化学発光酵素測定法を用いてもう一度検査を行う。測定値が正常範囲ならば、6ヶ月経過したタイミングか、何らかの症状が見られたタイミングでもう一度検査をする。

治療法

 2016年現在、猫の甲状腺機能亢進症に対して用いられている治療法、およびそれぞれのメリットとデメリットを以下に列挙します。治療の成功率は83~99%、治療後の生存期間は腎不全を併発していない場合で5.3年程度と推測されています。なお最初に挙げた「放射性ヨード(ヨウ素)治療」とは、ヨウ素の放射性同位体「ヨウ素131」を静脈か皮下注射によって投与する治療法のことです。ヨウ素は甲状腺に蓄積され、病変部を選択的に破壊します。しかし残念ながら、現在の日本においては猫に対する施術が認められていません。
  • 放射性ヨード治療【 メリット 】
    支持率は95%でガンに対して最も効果的 | 再発率は5% | 注射にしても経口投与にしても治療は1度だけでよい | 深刻な副作用は稀 | 甲状腺機能低下症に転ずるリスクが少ない
    【 デメリット 】
    治療を施すには免許と専用の施設が必要 | 入院期間は3日~4週間と幅がある | 飼い主のお見舞いは不可 | 退院後2週間は外出禁止 | 退院後2週間は糞便を採取する必要がある | 退院後2週間は長時間抱っこできない | 破壊された甲状腺は元に戻らない
  • 投薬治療【 メリット 】
    反応率は95% | 錠剤、液状薬、経皮ジェルなど選択肢が広い | 入院は不要 | 甲状腺機能低下症に転ずるリスクがない | 腎機能が低下して投薬をやめたら元の状態に戻る
    【 デメリット 】
    投薬を止めた時の再発率は100% | 生涯に渡って1日1~2回投薬し続ける必要がある | 治療効果を確かめるため頻繁な検査が必要 | 最大で25%の副作用(顔のかゆみ・嘔吐・肝不全・血球異常・出血傾向) | 腫瘍の増大を抑える効果までは無い
  • 外科治療【 メリット 】
    治癒率は両側甲状腺切除で90%以上、片側性切除で35~60% | 術後1~2日で効果が現れる | 両側性切除の再発率は5%、片側性切除の再発率は30% | 専用の施設は必要ない | 多くの獣医師が施術可能
    【 デメリット 】
    全身麻酔のリスク | 副甲状腺を傷つける可能性 | 入院が必要 | 切除した甲状腺を元に戻すことができない | 鳴き声が変わったり、喉鳴らしが変わることあり
  • 食事療法【 メリット 】
    導入が容易(ヒルズから発売されている療法食など) | 反応率は82% | 腎不全を抱えてる猫にも安全
    【 デメリット 】
    一生涯同じ食事しか食べられない | ヨードの含有量が少ないものしか食べられない | 食事を止めた時の再発率は100%

よくある思い込み

 以下は甲状腺機能亢進症の治療に関してよく言われている思い込みの数々です。AAFPが医学的文献を精査した限り、こうした流言に根拠はないとの結論に至っています。
  • 投薬は腎臓にダメージを与える 潜在的に腎臓病を抱えていた猫にメチマゾールを投与した後で腎臓病が顕在化したため、あたかも投薬が腎臓の機能を悪化させたかのような思い込みにつながったと推測されています。
  • 治療をすると腎臓病を発症する 治療法にかかわらず甲状腺機能亢進症の治療が腎機能低下させるという事実は確認されていません。
  • T4レベルが高いほうが腎臓病の悪化を防ぐ T4レベルを基準値のやや上に維持しておいた方が、腎臓への血流量が増して腎臓病の悪化を防ぐという迷信がありますが、逆に高血圧とタンパク尿によって慢性腎臓病を悪化させ、糸球体を障害する危険性があります。
  • 治療後のT4レベルは基準値以下でも良い T4レベルが基準値以下だと医原性の甲状腺機能低下症を発症し、逆に猫の健康を損なってしまうことがあります。
猫の甲状腺機能亢進症