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スフィンクスのヘアレス(無毛)遺伝子~皮膚や毛の特徴からDNAの変異部位まで

 触った時の感触が「桃の表面をなでたよう」と形容されるスフィンクス。一般的にまったく毛が生えていないように思われていますが、よく見ると短い毛がびっしりと生えています。皮膚や毛の特徴を顕微鏡を使って調べてみましょう。

スフィンクスの毛と皮膚

 スフィンクスは1960年代にカナダで作出された無毛品種。エジプトの観光モニュメントと区別するため「カナディアン・スフィンクス」と呼ばれることもあります。 無毛(ヘアレス)品種の代表格スフィンクス(正面) 無毛(ヘアレス)品種の代表格スフィンクス(背後)  この猫は一般的につるっぱげで全く毛が生えていないような印象を持たれていますが、耳、しっぽ、胸元には1cm未満の短い毛が生えています。また全身の皮膚をよく観察すると、数mm程度のごく短い毛で覆われていることを確認できます。では、これらの皮膚や被毛を顕微鏡で観察すると、一体何が見えてくるのでしょうか?

表皮

 猫の皮膚は表面に近い方から表皮、真皮、皮下組織という3層構造になっています。表皮に関しては通常、生きた角質細胞が2~3層で構成されていますが、スフィンクスの場合6層ほどになる個体もいるようです。また核を持たない角質細胞からなる最表面の角質層も厚くなる傾向が見られます。これは人間で言う所の「かかとの皮が厚くなった」状態です。被毛がない分、角質層を厚くすることで外圧などのストレスに対抗しているのだと推測されます。

毛包

 毛包(もうほう, hair follicle)とは1本の毛のうち皮膚の中に埋まっている部分の総称です。猫の場合、複数の毛包が1箇所に集合して複合毛包を形成しています。
 スフィンクスの複合毛包に含まれる毛包の数が平均17.9であるのに対し通常の短毛種では17.7と、数に関して違いは見れらません。また1mm2中に含まれる毛包の数に関し、スフィンクスでは平均71.8であるのに対し通常の短毛種では80.9と、単位面積あたりの含有数に関してもだいたい同じです。一方、以下のような点においては短毛種との間に明確な違いが見られます。

内毛根鞘

 毛根をまるで刀の鞘のように包み込む部分は「内毛根鞘」(ないもうこんしょう)と呼ばれます。この内毛根鞘に関し、スフィンクスでは数は多いが幅が不揃いという特徴が見られます。

毛球

 毛の根元にある球状の部分は「毛球」(もうきゅう)と呼ばれます。この毛球に関し、スフィンクスでは毛がアナゲン(成長期)相であっても小さいという特徴が見られます。具体的には、最小二乗法で求めた直径平均値がスフィンクスで58.87μm、短毛種で74.58μmです。

毛幹

 毛穴から下の部分が毛包と呼ばれるのに対し、毛穴から外の向かって生えた部分は「毛幹」(もうかん)と呼ばれます。
 この毛幹に関し、スフィンクスでは短くて細く、形も曲がっていたり波打っていたりしていびつという特徴を持っています。また太さもバラバラです。具体的には、最小二乗法で求めた直径平均値がスフィンクスで14.86μm、短毛種で19.27μmです。 短毛種とスフィンクスの皮膚表面拡大比較写真  さらに毛幹を断面にしてみると辺縁部ががギザギザで、毛の中心部にあるはずの毛髄もあまり見られません。具体的には、有髄毛幹の割合がスフィンクスで3.7%、短毛種で39%です。

毛周期

 猫の毛は成長期(アナゲン)→退行期(カタゲン)→休止期(テロゲン)を1単位として延々と繰り返されます。これが「毛周期」と呼ばれるサイクルです。
 単位面積に含まれる毛を調査したところ、スフィンクスのアナゲン:テロゲン比率が76.9%:23.1%だったのに対し、短毛種のそれが34.9%:65.1%と、かなり大きな違いが見られました。さらにテロゲンを毛穴の中に毛幹がとどまっている有毛テロゲンと、すでに抜け落ちてしまっている無毛テロゲン(=ケノゲン)とに分類すると、スフィンクスでは無毛テロゲンが60.1%であるのに対し、短毛種では11.2%という違いも見られます。
Histological and dermatoscopic description of sphynx cat skin
David W. Genovese, Tammy L. Johnson, Ken E. Lamb Wallace D. Gram, Veterinary Dermatology Volume 25, Issue 6, doi.org/10.1111/vde.12162

スフィンクスの無毛遺伝子

 スフィンクスの無毛(ヘアレス)には「KRT71」と呼ばれる遺伝子の変異が関わっています。この遺伝子は被毛の主成分であるケラチンと呼ばれるタンパク質の生成に関わっており、変異がある場合、マウス、ラット、ウシ、イヌにおいてカーリーコート(巻毛)を作り出すことが確認されています。

デボンレックスの巻毛

 猫においてはデボンレックスがこのKRT71遺伝子に変異を持っています。具体的には挿入と欠失の複合変異で、ケラチンタンパクを構成しているαヘリカルロッドドメインのC末端がアミノ酸35個分短くなり、上毛(ガードヘアー)の欠落、およびカールして細く短いアンダーコート(下毛)という特徴的な被毛が生みだされると推測されています。なおこの遺伝子は母猫と父猫から1つずつ変異遺伝子を受け継いで初めて発現する劣性遺伝です。 巻毛(カーリーコート)の代表品種デボンレックス

スフィンクスの無毛

 デボンレックスのカーリーコートを生み出す変異(re)とスフィンクスのヘアレス(hr)とは、染色体のおなじ遺伝子座にある対立遺伝子だと考えられています。要するに両親から1本ずつ受け継いだ染色体のある特定部位(遺伝子座)にそれぞれ「re」があると巻毛、それぞれ「hr」があると無毛になるということです。
 スフィンクスの変異はKRT71遺伝子のエクソン7における置換(c.816+1G>A)で、ケラチン中にあるαヘリカルロッドドメインの大部分が消失することで内毛根鞘の著しい形成不全が起こり、毛は生えるもののすぐに抜けてしまうものと推測されています。つまりヘアレス(無毛)といってもまったく毛が生えないのではなく、生えるけれどもすぐに崩壊したり抜け落ちてしまうということです。スフィンクスの皮膚を触った時の感触が「桃の皮をなでたよう」と形容される理由は、短いながらも全身に毛が生えているためなのでしょう。 スフィンクスと短毛種の内毛根鞘・形態学的比較写真  ただし34頭のスフィンクスを対象としたDNA調査では、26頭がホモ型(両親から1本ずつ継承)で、8頭がヘテロ型(両親のどちらか一方だけから継承)だったといいます。ですからKRT71遺伝子の置換変異がヘアレスの発現に関わっていることは確かなものの、まったく別の遺伝子も関わっている可能性が指摘されています。なお、デボンレックスのカーリーコート変異とスフィンクスのヘアレス変異を1つずつ受け継いだ場合はヘアレスになることから、遺伝子の強さ的にはワイルドタイプ(通常)>ヘアレス>カーリーと推定されています。
 スフィンクスの作出過程でデボンレックスの血統が使われました。遺伝的にも歴史的にもこの2つの品種はきょうだい関係にあるといったところです。
The naked truth: Sphynx and Devon Rex cat breed mutations in KRT71
Barbara Gandolfi, Catherine A. Outerbridge et al., Mammalian Genome Volume 21, Issue 9?10, pp 509?515, DOI:10.1007/s00335-010-9290-6
スフィンクスは被毛がないため普通の短毛種に比べて体温調整が苦手です。これから猫を迎えようという方は興味本位で衝動買いなどせず、保護猫を迎える選択肢から考えてあげてください。