トップ猫の体猫の知能模倣能力

猫はモノマネができる?~観察を通した模倣学習(コピーキャット)の能力

 教えたわけでもないのに、猫がハンドル式のノブを自力で動かしてドアを開けることがよくあります。おそらく人間の動作を見て学習したのだと推測されますが、猫の模倣能力はいったいどのくらいなのでしょうか?

DAIDとは?

 ハンガリーにあるエトヴェシュ・ロラーンド大学動物学部のチームは、犬で確認されているものと同等の模倣能力が猫にもあるのかどうかを確かめるため、「DAID」(Do As I Do=まねしてごらん)と呼ばれる手法を用いた検証実験を行いました。概要は以下です。
DAIDメソッド
猫の目の前で人間がある特定の行動をする→偶然であれ何であれ、猫が同じ行動をしたらその瞬間に「Do it!」(やってごらん)と言葉をかけて素早くご褒美を与える→猫の目の前で別の行動をし、猫が同じ行動を取ったら上記手順でご褒美を与える→この作業を根気強く繰り返すことで、猫はある特定の行動ではなく、自分が直前に見た人間の行動を真似することでご褒美がもらえるという関連性を学習する→「DAID」のルールを理解した猫に全く新しい行動を見せて「Do it!」と命令すると、その行動を真似してくれるようになる
 以下でご紹介するのは犬を対象として「DAID」の訓練を行っている様子です。指示語は「Do it!」という一種類だけですが、犬は直前に人間が見せた様々な行動を模倣して再現できています。これがDAIDルールを理解している状態です。 元動画は→こちら
 「DAID」では動作と動作の間に共通している「直前に見た動作」という共通項を頭の中で概念化して把握する必要があります。ですのでただ単に1つの動作を行うのとは違う、少し高次元な脳の働きが必要とされます。

猫における「DAID」実験

 「DAID」メソッドを用いた調査に参加したのは、日本の愛知県一宮市に暮らしている「えびす」と言う名の猫(2019年の時点で11歳のメス)。飼い主は犬に対する「DAID」で有名なトレーナーで、書籍なども出版している人です。調査チームははるばる日本までやってきて、猫に対しても犬と同様の訓練が成功するかどうかを検証しました。
 まずは「DAID」ルールを学習させるため、猫にとって馴染み深い5つの動作を使い、3~10回からなるセッションを21セット行いました。予備テストでルールの学習が確認された後、解析用に行った実際のテストで課題として出されたのは、猫が今までやったことがない「50cm離れた地点に置かれた箱を前足で触る」および「箱に頭を擦りつける」という2つの動作です。 「DAID」(まねしてごらん)メソッドにおいて人間が猫に見せた模範演技  手を用いた動作を9回、顔を用いた動作を7回(※2回分はテスト不備により除外)を行って猫の反応を観察したところ、以下のような成績を収めたといいます。
人の模範演技=手
  • 前足を動かした=7/9(77.8%)
  • 体のどこかで箱を触った=8/9(88.9%)
  • 前足で箱を触った=6/9(66.7%)
人の模範演技=顔
  • 顔を何かにこすりつけた=6/7(85.7%)
  • 体のどこかで箱を触った=4/7(57.1%)
  • 顔を箱にこすりつけた=4/7(57.1%)
Did we find a copycat? Do as I Do in a domestic cat (Felis catus)
Fugazza, C., Sommese, A., Pogany, A. et al. , Anim Cogn (2020). DOI:10.1007/s10071-020-01428-6

本当に模倣と言えるのか?

 実験結果を一見すると人間の動作をうまく真似できたと思えますが、別の可能性も含まれています。例えば実験で用いた箱が単に珍しかったとか、人間の手や頭が偶然にも明示的なシグナル(指差し)としての作用を持ってしまったとか、人間と同じ動作を真似したのではなく「箱に触る」という意図の方を理解したなどです。猫の行動のモチベーションが上記したようなパターンの場合、箱に触る体の部位がデタラメだったり、箱の方は見るけれども近づかないなどの行動が見られるはずです。しかし実際には、人間の体と同じ部位を動かした割合が81.3%(13/16)、スタート地点から移動して箱にタッチした割合が75%(12/16)とかなり高いものでした。 「DAID」(まねしてごらん)メソッドにおいて人間の模範演技を見て模倣した猫  また別の可能性も考えられます。例えば人間が模範演技をする際、実は特定の声符(スピン!/タッチ! etc)を付け加えているとか、行動自体を視符(目で捉える指示)として覚え込んでいるなどです。しかし実際には、猫に対して与える声符はすべてのテストで「Do it!」に統一されており、模倣させる動作も猫がこれまで訓練したことがなく、視符として予習できないタイプのものでした。
 こうした観察結果から、猫の動作は真新しいものに興味をひかれたとか、人間の注目している先に意識を向けたとか、人間の目標だけを理解したとか、特定の声符や視符に反応した訳ではなく、動作自体を模倣した可能性が高いと判断されました。文字通り「コピーキャット」といったところでしょうか。
 なお猫の完全模倣率(手で箱を触る+顔で箱を触る)は62.5%(10/16)で統計的には偶然レベルと判断されましたが、これには「えびす」の体調(※腎臓が悪かった)、反復テストによる疲労、満腹に伴うモチベーションの低下が関係しているのではないかと推測されています。

猫の観察模倣学習能力

 観察を通した猫の模倣学習に関しては、実はかなり昔から報告が行われています。例えば母猫が獲物を捉えている姿を見た子猫では捕獲行動が促されるとか出典資料:Caro, 1980)、母猫がレバーを押す様子を子猫に見せた上で同じ動作にチャレンジさせるとトライアル回数が少なくて済むとか出典資料:Chesler, 1969)、母猫が新しいフードを食べる姿を見ていた子猫においては同じフードに食いつくまでの待機時間が短い出典資料:Wyrwicka, 1980)などです。猫は未熟な状態で生まれる晩成性の動物ですので、親の姿を間近で見て学習する能力が生まれつき備わっているのは動物学的に自然なことですが、上記した調査ではどれも「別の猫」が観察対象になっていました。
 今回の調査では観察対象が「人間」でしたので、動物種が違うにも関わらず、自分自身の体の部位と人間の体の部位がどのような対応関係にあるのかを理解していたということになります。この能力は猫全般が潜在的に持っているのかもしれませんし、「えびす」だけがもっている特殊な能力なのかもしれません。教えたわけでもないのに、猫がハンドル式のドアノブを開けられるようになるという事実から考えると、人間の行動を観察学習すること自体はありふれた現象である可能性の方が大きいでしょう。
人間のマネをして前足を使って器用にレバー式ドアを開く猫  一方、ハンガリーの調査チームがわざわざ日本くんだりまでやってきた理由は、時間の関係上、自分たちで猫に「DAID」ルールをマスターさせることができなかったためです。この背景から考えると、直前に見た行動を再現する能力に関しては「えびす」が特別だったか、飼い主が事前に膨大な時間の予習を行っていた可能性がうかがえます。

家庭でできるモノマネトレーニング

 近年行われた別の調査では、猫と遊んだりトレーニングすることで飼い主の脳が活性化される可能性が示されています。うまくいかないくらいがちょうどいいとのデータもありますので、皆さんも「DAID」(まねしてごらん!)にチャレンジしてみてはいかがでしょうか? 猫との交流(遊び・訓練)は人の脳を活性化して機能を高めるかも  なお真似をさせる動作は、前足で何かにタッチするとか「にゃ~」と声を発するなど猫が生まれながらにできるものを採用して下さい。手を不自然に曲げる「あい~ん」という動作や「おはよう」などという人間的な発声は、全く不可能とまでは言わないまでも、恐らくできないと考えられます。
 例えば実験に登場した「えびす」は、事前訓練で「後ろ足だけで立ち上がる」「その場でスピンする」「おもちゃを前足で触る」「引き出しを開ける」「垂れ下がった紐を口にくわえる」という動作を繰り返し行っていました。猫が自然に見せる動作の延長線上でトレーニングした方がはかどるでしょう。 猫の模倣能力~その場でスピン 猫の模倣能力~紐を口でくわえる 猫の模倣能力~引き出しを前足で開ける
猫にしつけやトレーニングを行う際は、行動の直後にご褒美(ちゅ~るやナデナデ)を与える「正の強化」を基本として下さい。詳しくは以下のページで解説してあります。猫のしつけの基本