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免疫力が低下した猫に対するワクチン接種のリスクとメリット~欧州猫疾患諮問委員会(ABCD)のガイドラインから抜粋

 免疫力が低下した状態でワクチン接種を強行すると逆に体調を崩してしまうリスクが常にあるため、決定に際してはメリットとの慎重な差引勘定が必要です。このたび欧州猫疾患諮問委員会(ABCD)が猫におけるガイドラインを公開しましたので抜粋してご紹介します。

免疫力低下とワクチンのリスク

 免疫力が低下した体にワクチンを接種する際は、常に以下のリスクが伴います。
✅ウイルスの毒性を弱めて製造された生ワクチンが病原性を発揮してしまうリスク
✅免疫応答が弱まった体内においては、ワクチンを接種しても十分な免疫力が獲得されないリスク
✅ワクチン接種と免疫刺激が既存疾患の悪化に拍車をかけてしまうリスク
 人医学においては、免疫力に問題を抱えた人に対するワクチン接種に関しガイドラインが設けられています。一方、猫においては全く調査が進んでおらず、行うかどうかは担当獣医師の主観的な裁量に任されているのが現状です。
 2022年、欧州猫疾患諮問委員会(ABCD)は安全性に関するエビデンス(医学的な証拠)を精査し、免疫力が低下した猫に対するワクチン接種のガイドラインを公開しました。該当する研究がそもそもないため人間や犬におけるデータを転用せざるをえなかったり、既存研究があってもエビデンス強度が弱かったりして完全とは程遠い内容ですが、暫定的な知識ベースとして以下にご紹介します。
用語・略語解説
Vaccination of Immunocompromised Cats
Hartmann K, Mostl K., Lloret A., Thiry E., Addie D., D.Belak S., Boucraut-Baralon C., Egberink H., Frymus T., Hofmann-Lehmann R., et al., Viruses 2022, 14, 923, DOI:10.3390/v14050923

免疫不全猫へのワクチンガイドライン

 以下は免疫力が低下した猫に対するワクチン接種のリスクとメリットをケースごとにまとめたガイドラインです。先述した通り、調査・研究の欠落、人医学や犬からのデータ転用、調査のエビデンス強度不足などさまざまな問題がある中での暫定的な総論ですので、絶対基準ではなく参考程度に利用するのがよいでしょう。

急性疾患もしくは短期的な免疫抑制治療

✅FPVの抗体があろうとなかろうとワクチン接種は望ましくないため、そもそも抗体検査を行う必要はない
✅基本的には患猫が回復するまで、もしくは疾患治療が終わるまでワクチン接種を延期する
✅感染リスクが高い保護施設に入るときなどは、たとえ猫が急性疾患を持っていたり健康状態が悪かったとしても、ワクチン接種のメリットがリスクを上回ることがあるため、担当獣医師が現場で適宜判断する。
✅ワクチン接種による獲得免疫形成が間に合わないと判断される場合は、特定疾患に対する抗体をすでに含んだ血清を注射するなど、受動免疫を即座に得られる方法を考慮する(該当する製剤がその国で認可されている場合)。

先天性の免疫不全疾患

✅人医学では先天性の免疫不全を抱えた患者であっても、法で定められているようなワクチン接種を受けるべきであるとされている。猫におけるデータはないため上記した人医学の知見を転用し、臨床上健康であるならばFPV抗体検査を行った上で健常猫と同様のワクチン接種を行う。

猫エイズ(FIV)陽性

✅猫がネコエイズウイルスを保有している場合、ワクチン接種によって免疫応答を誘起すると病気の進行を逆に早めてしまうリスクを理解する。例えば実験室レベルではFIV感染猫のリンパ細胞を刺激するとFIVの増殖が促進される可能性が示されており、生体レベルではリンパ細胞の刺激によって細胞内におけるFIV受容器の発現量が増え、結果としてウイルスの増殖が促されてしまう可能性が示されている。
✅FPVに対する抗体を調べ、防御能が低いと判断される場合にのみリスクとメリットを勘案してワクチン接種を考慮する。
✅FPV、FHV、FCVと接触する可能性を否定できない場合はコアワクチン(できれば不活化)の接種のみを考慮する。
✅完全室内飼育で他の病原体と接触する可能性が低い成猫が、過去にFPVワクチン接種を受けているものの何らかの理由により抗体検査ができない場合、ブースター接種は推奨されない。

猫白血病(FeLV)陽性

✅猫が猫白血病ウイルスを保有している場合、実証的なエビデンスは弱いものの健常猫に比べてワクチン接種後の防御能が短縮してしまう可能性があるため、たとえ室内飼育でもコアワクチン(FPV・FHV・FCV)の接種は定期的に行う。
✅FPV抗体検査を行い、適宜ブースター接種を行う。

悪性腫瘍(がん)

✅猫が悪性腫瘍(がん)に対する化学療法を受けておらず、なおかつ腫瘍以外に持病がない場合はFPV抗体検査を行った上でのワクチン接種を考慮する。
✅化学療法を受けている場合は、治療を開始する少なくとも2週間前までのタイミングでワクチン接種することが望ましい。
✅タイミング的に事前接種が難しい場合は、化学療法の終了後3ヶ月が経過するまで延期する。

糖尿病

✅猫が糖尿病を患っている場合、基本的にはFPV抗体検査を行った上で健常猫と同じようにワクチン接種を行うが、血糖値の制御がうまくいっていない場合は制御できるまで延期する。

慢性腎臓病

✅猫が慢性腎臓病を患っている場合、FPV抗体検査で防御能が低下しているようならブースター接種を行う。
✅抗体検査ができない場合、予防措置としての接種は推奨されない。
✅FPV、FHV、FCVとの接触リスクがある場合は経鼻ワクチンを接種することが望ましい(その国内で認可されている場合)。
✅因果関係は証明されていないものの、ワクチン接種と腎臓病発症との関係性を示す調査結果があることを念頭に置く。

無脾症/脾臓摘出

✅FPV抗体検査を行い、健常猫と同じプロトコルでワクチン接種を行うが、ワクチン接種による恩恵は小さくなる可能性がある。
✅選択的脾臓摘出の予定がある場合は、少なくとも手術の2週間前までにワクチン接種を終わらせておくのが望ましい。

長期的な糖質コルチコイド治療

✅高用量の全身糖質コルチコイド治療を2週間以上行った患猫に生ワクチンを接種する場合は、投薬治療を終了してから少なくとも3ヶ月が経過してから行うのが望ましい。
✅消炎目的で低用量の糖質コルチコイドを投与している場合は、FPV抗体検査を行った上で健常猫と同じようにワクチン接種をする。
✅長期的な糖質コルチコイド治療の継続が必要な場合は、生ワクチンより不活化ワクチンを用いた接種プロトコルの方が望ましい。

長期的な免疫抑制剤治療

✅ワクチンを初回接種をする場合は、投薬前のタイミングもしくは投薬治療終了から少なくとも3ヶ月が経過したタイミングで行うのが望ましい。
✅ブースター接種は投薬中でも可能。

腫瘍化学療法

✅犬における研究では腫瘍に対する化学療法の免疫応答に対する影響は少ないとされている。また人医学では化学療法を始める少なくとも2週間前までの接種が望ましいとされており、それができない場合は化学療法が終わってから3ヶ月が経過したタイミングが推奨されている。
✅猫におけるデータはないが、人医学での知見を転用すると治療終了から少なくとも3ヶ月が経過するまではワクチン接種を延期するのが望ましい。
✅化学療法中の接種では免疫応答が理想値以下になる可能性がある点を理解する。
✅感染リスクが高い場合はFPV、FCV、FHVに抗する受動免疫を付与する。

全身麻酔/周術期

✅TNR(外猫の捕獲・不妊化・リリース)プログラムにワクチン接種を組み込んでいる場合は、猫を捕獲する手間や拘束ストレスを軽減するため不妊周術期のワクチン接種を考慮する。
✅ワクチン接種の機会を周術期以外に設けることが容易ならば、麻酔中や手術中の接種は避け、術後のタイミングまで待つのが望ましい。

老齢猫(11歳超)

✅猫が11歳を超えている場合、免疫老化によるワクチンへの影響は未知の部分が多いものの、基本的には既存のガイドラインに沿ったブースター接種を行う。
✅旅行、引っ越し、生活の変化などを契機にまったく新しい病原体と接する可能性が生じ、それらに対するワクチン接種を新規に行う場合は、十分な量の抗体が形成されない可能性があるため3~4週間隔で複数回に分ける。
✅FPVと狂犬病の抗体検査は最初の注射後に行う。
ワクチンの基本的な接種スケジュールに関しては「猫のワクチン接種・完全ガイド」をご参照ください。