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猫の多発嚢胞腎(PKD)に関わる新たな遺伝子変異候補

 猫の多発嚢胞腎は特定の遺伝子によって常染色体顕性(優性)遺伝することがわかっています。しかしこの遺伝子を保有していないのに発症する例が散見されることから、まったく別の変異が関わっている可能性が予言されていました。

猫の多発嚢胞腎と遺伝子変異

 猫の多発嚢胞腎とは腎臓の中に複数の嚢胞が形成されることにより腎実質を物理的に圧迫し、機能不全に陥れる泌尿器疾患。2004年、ネコ第3染色体にある原因遺伝子(PKD1遺伝子エクソン29にある一塩基多型)が同定されたことから常染色体顕性(優性)多発嚢胞腎(ADPDK)とも呼ばれます。 猫の多発性嚢胞腎 腎臓内に形成された多発嚢胞  変異遺伝子を両親から1本ずつ受け継いだホモ型は致死性で胎子が母体内死するため、必然的に遺伝子型は片親から1本だけ受け継いだヘテロ型しかありません。なおピルビン酸キナーゼ欠損症も「PKD」と略されることがありますので混同しないようご注意ください。
 今回の調査を行ったのは東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部を中心としたチーム。専門性の高い二次診療施設である東京大学附属動物医療センターを受診した猫を対象とし、疾患遺伝子の保有率および疾患の発症に関わっていると推測される新たな遺伝子変異の有無を検証しました。

調査対象

 調査対象となったのは2015年4月から2018年3月までの期間、医療センターを受診した患猫のうち医療情報が十分と判断された1,281頭。年齢は0~20歳と幅広く、性別は去勢オス616頭、未去勢オス101頭、避妊メス466頭、未避妊メス94頭、不明4頭という内訳でした。また品種は非純血種が大多数(791頭)を占めていました。

嚢胞腎の危険因子

 全頭に対してリアルタイムPCR検査を行うと同時に嚢胞腎の罹患状況を調べた上で、サブセットとして遺伝子検査で変異が確認された群23頭、超音波検査で嚢胞が確認されたが遺伝子検査で変異が確認されなかった群9頭、嚢胞も遺伝子変異も確認されなかった群62頭が選別されました。
 遺伝子変異が確認された23頭の内訳は以下です。
変異を有する品種
 嚢胞の有無を確認した上で発症リスクが統計的に有意と判断されたのは3品種で、オッズ比(1より大きいほどリスク大)はスコティッシュフォールドが5.13、ペルシャが7.8、そしてエキゾチック30というものでした。
 一方、オス9頭に対しメス14頭で性別による統計差は認められませんでした。また嚢胞腎と高齢との間に限りなく疑わしい関連性が認められたものの、統計上は年齢と嚢胞腎に明白な関連はないと判断されました。
 血液検査値に関しては、嚢胞腎を有する患猫において血漿クレアチニンが高くなる傾向が認められたのに対し(統計的に非有意)、血漿BUNは統計的に有意なレベルで高値を示すことが明らかになりました。

新たな遺伝子変異発見?

 嚢胞腎の発症に関わっている従来の変異はネコ第3染色体>PKD1遺伝子>エクソン29>g.42858112C-Aです。この従来型以外の変異がないかどうかを確かめるためには、「健常猫では検出されないこと」および「従来型変異がないのに嚢胞腎を発症した猫で検出されること」が条件となります。
 調査チームがこの2条件を満たす遺伝子変異を調べた結果、エクソン15において4つのシングルトン変異が見つかったといいます。さらにこの4つがタンパク質の形成に及ぼす影響をシミュレーションしたところ、唯一「g.42850283C>T」という変異が悪影響を及ぼしうる可能性が浮上しました。さらにこの変異を人間における嚢胞腎の遺伝子変異と照合したところ、全く同一のものが見つかったそうです。
Large-scale epidemiological study on feline autosomal dominant polycystic kidney disease and identification of novel PKD1 gene variants
Fumitaka Shitamori, Ayaka Nonogaki, et al., bioRxiv(2023), DOI:10.1101/2023.03.23.533873

遺伝子検査は猫の健康のため

 たとえ症状を示していなくても、遺伝子検査を通じて変異を検出できれば疾患の発症リスクを早期検出できます。にも関わらず特定品種では異常な保有率が確認されました。この事実は、繁殖屋が適正な事前検査を行わずでたらめな交配を行うことで疾患遺伝子を固定化していることを意味しています。

疾患遺伝子の保有率は不明

 多発嚢胞腎の疾患遺伝子保有率に関してはいくつか先行調査があり、中国で13.5%(111頭中)、スロヴェニアで33.3%(24頭中)、そして日本で40%(377頭中)などと報告されています。しかしこれらはすべて疾患の好発品種であるペルシャや事前検査でPKDが疑われる症例だけをピックアップしたものであり、一般的な猫全般を代表しているとは言えません。
 今回の調査では病歴、品種、主訴、診断名に制限を設けずにサンプリングが行われましたので、選定バイアスは比較的小さく抑えられていると考えられます。とは言え二次診療施設ですので、一次診療施設に比べると重症度が高い患猫に偏る傾向は否めません。

純血種は要注意

 多少の選定バイアスはあるとは言え、特定品種においては明白な発症リスクが確認もしくは追認されました。具体的にはスコティッシュフォールドが6.9%(OR)、ペルシャが10.8%(OR7.8)、エキゾチックショートヘアが33.3%(OR30)というものです。
 非純血種の保有率が0.76%(6/791)であるのに対し、猫全体におけるそれは1.8%(23/1,281)ですので、上記3品種やその他の純血種が全体平均を押し上げているということになります。

新たな変異候補

 中国で行われた先行調査では、超音波検査で嚢胞腎の診断を受けた猫3頭では従来型変異がなかったとされています。またスイスで行われた先行調査では、同様に嚢胞腎の診断を受けたメインクーン6頭のうち、従来型変異を有する個体は1頭もなかったとされています。
 こうした事実および人間における嚢胞腎がたくさんの関連遺伝子によって引き起こされるという事実から、猫における多発嚢胞腎の発症には従来型の変異以外の未知の変異が関わっていると予測されていました。
 今回の調査ではこの未知の変異にスポットを当てて解析が行われ、最終的にPKD1遺伝子エクソン15にある特定の変異が疑わしいことが判明しました。遺伝子変異と疾患との因果関係を証明するには別の検証が必要となりますが、従来型変異と同じPKD1遺伝子内にあることから、膜結合性の巨大マルチドメイン糖蛋白であるポリシスチン1(PC1)のエンコードを狂わせ、細胞内外における機械的シグナル伝達を阻害することで嚢胞の形成につながるものと推測されます。
2023年5月の時点で、当論文はpreprintの段階です。原文中にはまだ数字の誤記がいくつか散見されますので、査読済みの最終バージョンが出たら各自読み直してください。猫の多発性嚢胞腎