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GS-441524類似薬による猫伝染性腹膜炎(FIP)の生存率と死亡率

 猫伝染性腹膜炎(FIP)の治療薬市場は、特許(パテント)問題があやふやなままカオス状態になっています。一方、アメリカと日本で行われた大規模な薬効調査によると、「GS-441524類似薬」と総称される薬剤は種類に関わらずかなり高い生存率が期待できるようです。

GS-441524類似薬とは?

 「GS-441524」は1mmの1千万分の1という極小サイズのヌクレオシド類似体。ウイルスの複製プロセスに直接的に干渉して増殖を抑制することから、抗ウイルス薬の成分として期待されています。
 2019年、カリフォルニア大学デイヴィス校のチームが致死率ほぼ100%の病気として恐れられていた猫伝染性腹膜炎(FIP)に効果があると発表して以来、世界中で急速に未承認薬が流通し始めました。病気と薬の詳細に関しては以下のページをご参照ください。 猫伝染性腹膜炎(FIP)最新情報 猫伝染性腹膜炎(FIP)に対するGS-441524のウイルス増殖抑制効果 ウエット型FIPの特徴は滲出液による腹水や胸水  米国内におけるパテント(特許)は「ギリアド・サイエンシズ(Gilead Sciences)」が保有しているものの、社によるライセンス許諾や国による動物医薬品としての認可がないまま、世界中で少なくとも20種類以上の「GS-441524類似薬」が製造されています。日本国内でも例外ではなく、未承認薬の高額な費用をクラウドファンディングに頼るという投稿をSNSで頻繁に目にします。

GS-441524類似薬の効果

 GS-441524類似薬の効果に関する調査を行ったのはオレゴン州立大学の医療チーム。ここで言う「GS-441524類似薬」はGS-441524を成分として含んでいる、 もしくは成分として含んでいると思われる製品の総称です。先述したようにパテントの問題が解決していないため、製品のパッケージに「GS-441524」と明記していない(できない)ものがほとんどです。
 調査チームは2020年7月31日~10月25日の期間、SNS上で公開されていたコミュニティページとコンタクトを取り、FIPもしくはFIPが強く疑われる患猫に対しGS-441524類似薬を少なくとも84日間に渡って投薬した飼い主、および投薬治療を始めたにもかかわらず患猫が死亡してしまった飼い主に対するアンケート調査を行いました。その結果、最終的に393の症例データが集まったといいます。概要は以下です。

FIP猫たちの基本属性

 診断時の平均年齢は1.65歳(2ヶ月齢~18歳)、57.0%(224頭)はウェットタイプ、43.2%(169頭)は神経もしくは眼症状を伴うドライタイプでした。
性別
  • 去勢オス=52.3%
  • 未手術オス=12.6%
  • 避妊メス=25.9%
  • 未手術メス=9.2%
居住国(上位5ヶ国)
  • アメリカ=73.7%
  • カナダ=6.6%
  • イギリス=3.7%
  • イタリア=3.3%
  • ブルガリア=2.0%
猫の品種

投薬治療の基本項目

 飼い主の25.7%(101名)は獣医師の助力がない状態で自宅治療を行っていました。
治療薬の情報源
  • 獣医師が直接的に言及した=14.5%
  • 獣医師が間接的にほのめかした=12.0%
  • ネット情報を自力で調べた=30.4%
  • SNSのコミュニティページ=23.2%
投薬治療の費用
  • 平均額=4,920米ドル(※109円で換算すると536,280円)
  • 中央値=4,000米ドル(※109円で換算すると436,000円)
治療薬の成果
 割合はすべて治療開始から最低12週間が経過した調査時点におけるものです。
  • 生存率=96.7%●治癒=54.0%
    ●経過観察中=43.3%
    ●再発治療中=2.7%
  • 死亡率=3.3%●ウェット型(8/224頭, 3.6%)
    ●ドライ型(5/169頭, 3.0%)
    ※統計的な格差なし
  • 再発率=12.7%●うち96%(48頭)は単一の再発
    ●10%(5頭)は死亡もしくは安楽死
    ※再発を報告した50症例のうち69.0%は食欲、元気喪失、虚弱、発熱の悪化
 神経や眼球に症状が現れるドライタイプの症例に関しては、血液眼関門および血液脳関門の存在により有効成分が対象器官に到達しにくく、薬効が現れにくいと想定されています。しかしウェットとドライの間に死亡率の統計的な格差が見られなかったことから、ドライだからといって必ずしも悲観的になる必要はないと言及されています。
回復の兆し
 治療開始から1週間以内に改善が見られた 割合は88.2%、元の状態に戻るまでの平均治療期間は3.85週間でした。一方、神経・眼球症状を伴う症例だけに限定した場合、1週間以内に改善が見られた割合は66%、初日に目に見える改善が見られた割合は16.3%でした。
  • 食欲の回復=73.8%
  • 活動性の回復=52.7%
  • 元気の復活=39.3%
  • 解熱=26.7%
投薬プロトコル
  • 投薬量●開始時の投薬量は平均値で6.7mg/kg、中央値で5mg/kg
    ●治療終了時の投薬量は平均値で8.5mg/kg、中央値で8mg/kg
    ※神経眼球症例の患猫では開始8.01mg/kg→終了10.47mg/kgだったのに対し、非神経眼球症例では開始5.44mg/kg→終了6.62mg/kgで、両者の格差は統計的に有意
  • 投薬期間●88.5%(348頭)→84日間
    ●11.4%(45頭)→84日間以上(平均追加4週間)
  • 薬剤のタイプ少なくとも20種類以上の製品が確認され、注射薬タイプが71.7%、経口薬タイプが8.2%、複合使用が20.1%という内訳でした。どの製品も法的にグレーゾーンですので頭文字の紹介だけにとどめておきます。
世界中で製造されているGS-441524類似薬一覧
注射後の副作用
 7割以上の患猫が注射タイプの投薬を受けていました。pHが1.5と強い酸性ためか、以下のような反応が頻繁に見られたといいます(複数回答)。
  • 鳴き喚き=82.0%
  • 注射部位の痛み=76.1%
  • 瘢痕・かさぶた=51.7%
  • 発赤・傷跡=42.2%
  • 注射部位の出血=39.4%
  • 活動性の増加=35.5%
  • 注射部位の腫れ=25.7%
  • 食欲増進=14.3%
Unlicensed GS-441524-Like Antiviral Therapy Can Be Effective for at-Home Treatment of Feline Infectious Peritonitis.
Jones, S.; Novicoff, W.;Nadeau, J.; Evans, S. Animals 2021, 11, 2257, DOI:10.3390/ani11082257

ウェットタイプのFIPに対する効果

 オハイオ州立大学が行った薬効調査では日本からの回答者がいなかったためデータがすっぽりと欠落していました。その代わり神奈川県横浜市に本院を持つブルーム動物病院が、ウェットタイプのFIPを発症した日本国内に暮らす患猫たちを対象とした投薬治療の成果を報告していますのでご紹介します。
 調査対象となったのは、飼い主による表徴報告、PCR検査を通じたウイルス遺伝子の検出、代表的な検査値(ヘマトクリット/A:G比/総ビリルビン/血清アミロイドA/α1-酸性グロブリン)などにより滲出性(ウェット型)の猫伝染性腹膜炎と診断された合計141頭の猫(1~11歳/うち70頭までが純血種)、および各種検査からFIPではないと診断された28頭の猫たち。

FIPと非FIPの違い

 FIPグループと非FIPグループの検査値を比較したところ、両者の間で明白な違いが見られたといいます。具体的には以下のような項目で、「↑」はFIPグループの方が値が大きいこと、「↓」はFIPグループの方が値が小さいことを意味しています。
FIP vs 非FIP
  • 食欲スコア↓
  • 活動性スコア↓
  • ヘマトクリット↓
  • アルブミン:グロブリン比↓
  • 総ビリルビン値↑
  • 血清アミロイドA↑
  • 血液PCR陽性率↑
  • 腹水・滲出液PCR陽性率↑
  • α1-酸性グロブリン値↑

生存組と死亡組の違い

 FIPのウェットタイプと診断された141頭に対し、未認可の抗ウイルス薬(M社製/基本的に経口投与)が処方されました。その結果、84日間に渡る投薬治療を終えた時点における生存率は82.3%(116頭)、死亡率は17.7%(25頭)だったといいます。
 生存グループと死亡グループの検査値を比較したところ、以下の項目において統計的に有意な格差が見られました。
生存 vs 死亡
  • 総ビリルビン値:生存<死亡
  • 体温:生存>死亡
  • 食欲スコア:生存>死亡
  • 活動性スコア:生存>死亡
  • 嘔吐回数:生存<死亡
 特に総ビリルビン値に関しては両者の間に2.5倍もの開き(生存0.94mg/dL:死亡2.35mg/dL)が見られたことから、投薬治療に対して反応が悪い患猫の予見因子として有用ではないかと考えられています。
Pharmacological Therapy of 141 Client-Owned Cats with Feline Infectious Peritonitis with Mutian® Xraphconn Adenosine Nucleoside Analogue and Prognostic Prediction of Their Clinical Outcomes
Masato Katayama, Yukina Uemura, Research Square(2021), DOI: 10.21203/rs.3.rs-690208/v1

FIP治療薬はグレーゾーン

 FIP治療薬の分野はグレーゾーンです。米国内でGS-441524のパテントを保有している「ギリアド・サイエンシズ」とライセンス契約をしていない関係上、成分名をラベルに表記できず「サプリメント」という苦し紛れの売り方をしている製品も見受けられます。
 ギリアム社が不気味な沈黙を保っている理由は推測するしかありませんが、「人間のコロナウイルス研究に軸足を移した」「自分達がリスクを負うことなく臨床試験の結果を概観できる」「どのくらいの需要があるのかを目測して採算性を評価する」などが考えられます。いずれにしても法的な問題が解決しているわけではありませんので、ある日突然特許訴訟が勃発し、流通していた薬剤が製造中止に追い込まれるという最悪の状況も十分に想定されます。
 またFacebook内で公開されていたコミュニティページは2020年8月、何の予告もなく突然閉鎖されました。治療に関するアドバイスを無資格者が行っていると判断されたためでしょうか。誰がどのように情報を提供するかという面も、法的なグレーゾーンに引っかかっているようです。
 日本国内ではM社の製品がやたら有名ですが、世界中では少なくとも20種類以上のGS-441524類似薬が製造され、価格競争から治療費の下落も起こり始めています。クラウドファンディングを通じてFIP患猫を支援する場合は、飼い主がお金を工面するためにどのくらい努力したのか、見積もり金額は妥当なのかを慎重に判断する必要があるでしょう。例えばオハイオ州立大学の調査で報告された43~53万円という標準的な治療費は、赤の他人にどうしても頼らなければ用意できない金額とは思えません。 猫伝染性腹膜炎(FIP) 猫伝染性腹膜炎(FIP)に対するGS-441524のウイルス増殖抑制効果 「Mutian®X」は猫伝染性腹膜炎(FIP)の予防新薬になるか?