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猫が吐くのは病気?正常?~嘔吐の原因から発生メカニズムまで

 猫が頻繁にゲーゲーと胃の中のものを吐き出すのは正常の範囲内なのでしょうか?それとも心配すべき病気のサインなのでしょうか?猫が吐く原因から発生メカニズムまでを詳しく知り、動物病院に連れて行くべきタイミングを見極めましょう。

猫の嘔吐を引き起こす病気

 猫の嘔吐には正常なものと異常なものとがあります。明確な境界線を引くことは難しいですが、以下のような基準を覚えておけば判断しやすくなるでしょう。

正常な嘔吐

 猫の正常な嘔吐は、毛玉がたまっているときや、猫草を食べた時、あるいはエサを一気にドカ食いしたときなどに見られるものです。食事の後に食べたばかりのものを吐き出したり、吐き出したものの中に大量の毛や草が混じっているような時は、正常の範囲内と考えてよいでしょう。また透明な胃液や白い泡だけを吐き出すような場合は「エサのスケジュールが急に変わった」「毛玉をうまく吐き出せない」などの原因が考えられます。あまりにも頻繁な場合は胃酸で食道が傷ついてしまいますが、たまに吐き出すくらいならしばらく様子見を続けるようにします。 飼い主は猫の嘔吐物に関する日時や特徴を記録しておく  飼い主は嘔吐が見られるたびに回数や吐いたものの様子を記しておきます。たとえば「胃液だけ」「毛玉あり」「猫草混じり」「未消化のドライフード大量」などです。先月2回だった嘔吐回数が今月になって6回に急増している場合は、何らかの病変があるのかもしれません。また胃液ばかりで一向に内容物を吐き出さない場合も少し心配ですね。嘔吐記録さえ残しておけば、こうした頻度や質の変化にもすぐに気づくことができるでしょう。

異常な嘔吐

 異常な嘔吐には以下のようなものが含まれます。飼い主は猫が吐く頻度を記録すると同時に、吐き出したものをよく観察しておかなければなりません。写真に撮っておくとなおよしです。
猫が見せる異常な嘔吐
 可能性としては、寄生虫、食品アレルギー、内分泌疾患、誤飲誤食による中毒、悪性腫瘍など数え切れないほどたくさんの疾患が考えられます。具体的な病名は「口から出した排出物」にまとめてありますのでご参照ください。
「元気がない」とか「食欲がない」といった症状を伴っている場合は、吐き出したものを写真に撮った上で獣医さんに相談しましょう。
NEXT:猫が吐く原因

猫が吐く原因は?

 猫の嘔吐を引き起こす原因には大きく分けて3つあります。幸いなことに人間で見られる「もらいゲ●」は猫ではありません。

食べ過ぎや誤飲

 のど、胃袋、腸への機械的な刺激が嘔吐の原因になることがあります。猫で最も多いのはおそらくこのパターンでしょう。

胃袋や腸からの嘔吐

 胃腸への刺激を引き金にして嘔吐するというメカニズムは、猫本来の食生活を考えると非常に重要なものです。
 野生の猫は獲物であるげっ歯類(ネズミやウサギ)や鳥類を食べる際、事前に毛をむしり取ってから食べるが普通です。しかし感謝祭の七面鳥のようにきれいに処理できるわけではありませんので、肉とともに多かれ少なかれ被毛や骨を飲み込むことになります。 野生の猫は獲物の被毛や羽根ごと肉を食する  猫の胃酸は強力ですが、ハゲワシやハイエナでも無い限り骨や被毛をうまく消化できません。そこで重要になってくるのが「いらない部分だけを後から吐き出す」という芸当です。胃や腸の内壁に対する「チクチク」という刺激が迷走神経を通じて脳に送られ、そこから「吐き出せ!」という指令が出て嘔吐反射が引き起こされます。
体重4kgの猫の平均的な胃の容量は200cc程度  ペット猫では被毛や羽根の代わりに、エサの食べ過ぎ、一気食い、食べてはいけないもの(糸・小さなおもちゃ・猫砂など)の誤飲や誤食、飲み込んだ自分の被毛(毛玉)が胃腸を刺激して嘔吐の原因になります。またエサの種類を急に変えると消化が追いつかず、胃腸の中に溜まったフードが刺激となって嘔吐を引き起こすことがあります。
 猫の胃の大きさは、体重3kgなら180ml、4kgなら240mlくらいと言われています。これは銭湯で売られている牛乳を一本飲めば満タンになる程度ですので、あまり調子に乗って大量にエサを丸飲みしたり、食べたものをうまく消化できないと、胃袋がびっくりして押し返してしまうのでしょう。

のどからの嘔吐

 人間の場合はのどの奥に指を突っ込むことで嘔吐反射(咽頭反射, 絞扼反射)を引き起こすことができますが、猫ではなかなかできません。
 咽頭反射が弱いことのメリットは、たとえ水が無くても固いフードを難なく飲み込めることです。この特技を人間に置き換えると、食事のたびごとに1円玉くらいの固形物を、水なしで20~30枚飲み込むことに相当します。逆にデメリットは、食べてしまった後に「あ、やばい!」と気づき、吐き出してしまうことです。人間ならば飲み込む前に吐き出してしまうものでも、猫の場合はいったん飲み込んでから吐き出すというわけです。

毒物や薬剤

 目に見えないミクロな化学物質が猫の嘔吐を引き起こす原因になることがあります。具体的には毒物、がん治療に用いられる抗がん剤、人為的に嘔吐を引き起こす催吐剤(さいとざい)などです。体内に入り込んだ化学物質(毒や薬)が脳にある化学受容器トリガーゾーン(CRTZ)を刺激して嘔吐反射が生じるというのが想定されているメカニズムです。

化学受容器トリガーゾーン

 化学受容器トリガーゾーン(CRTZ)とは第四脳室の下の方にある神経細胞群のことです。血液脳関門の外にあるため、毒物が脳内に侵入するのをブロックしつつ、近くにある嘔吐中枢に対して「毒が来たぞ!」という警告を出すことができます。敵の襲来を告げる歩兵のような存在ですね。 【画像の元動画】Physiology of Vomiting 脳幹に位置する化学受容器トリガーゾーン(CRTZ)の模式図  CRTZにはドーパミンD2受容体、セロトニン5-HT3受容体、ムスカリンM1受容体、アセチルコリン受容体など7つほどの受容体があり、これらの受容体に引き金物質(ドーパミン、セロトニン、ムスカリンなど)が結合することでインパルスが嘔吐中枢に送られる仕組みになっています。

猫に適した催吐剤は?

 猫が間違って危険なものを誤飲誤食してしまったとき、動物病院では吐き気を誘発する催吐剤(さいとざい)を用いて胃の内容物を吐き出させることがあります。要するにわざと化学物質を取り込ませて人為的な嘔吐を引き起こすのです。
 一昔前までは応急処置として「食塩水を飲ませる」というものがありましたが、この方法は逆に急性の食塩中毒を引き起こす危険性があるため現在では推奨されていません。猫が誤飲誤食してしまった場合は素人判断でむやみに塩水を飲ませるのではなく、動物病院に連絡してどのような催吐剤があるのかを確認するようにしましょう。 猫が異物を飲み込んだ(誤飲誤食)

乗り物酔い

 耳の奥にある三半規管と呼ばれる器官への刺激が嘔吐の原因になることがあります。三半規管(さんはんきかん)は半円形のチューブがきれいに組み合わさった構造物で、体の向きや加速度を検出してバランスを保つ働きを持っています。 猫の耳の解剖学~耳介・耳管・鼓膜・耳小骨・蝸牛などの位置関係  三半規管に水平方向や垂直方向の動きが繰り返し加わると、人間で言う「乗り物酔い」に近い状態が引き起こされ、吐いてしまうことがあります。猫を車に乗せて連れ出した時車内で吐いてしまう一因はこれです。
 三半規管への刺激がなぜ嘔吐を引き起こすのかはよくわかっていません。人間においては、毒物を摂取したときの典型的な症状がめまいやふらつきであるため、揺れによって擬似的にめまいやふらつきを再現してしまうと脳が「毒を食べてしまった!すぐに吐き出せ!」という司令を出して嘔吐が引き起こされるのではないかと考えられています。
 人間における発生メカニズムすらわかっていませんので、猫における「乗り物酔い」のメカニズムもよくわかっていないというのが現状です。ただ自動車、船、飛行機、キャリーに入れての徒歩移動など、猫の三半規管に繰り返し揺れが加わると吐きやすくなることだけは確かです。

猫の嘔吐は伝染する?

 人間においては他人が吐いている姿を見て気分が悪くなり、自分も吐いてしまうという現象がしばしば見られます。1986年の映画「スタンドバイミー」の中における「パイの早食いコンテスト」がわかりやすい例です。
 映画「スタンドバイミー」(1986年)中のパイの早食いコンテストシーン「もらいゲロ」(お食事中の方はすみません…)とも呼ばれるこの現象は、実は人間に特有のものであり、犬や猫では見られません。相手の気持ちや体感を自分のものとして疑似体験する「共感能力」が高度に発達した結果なのでしょうか。面白い説としては「人間の祖先である類人猿は集団で食物を採取していたため、誰か1人が食中毒で嘔吐を始めたら、そばにいる仲間も具合が悪くなる前に食べたものを吐くように進化した」といったものもあります。
 もし猫を多頭飼育している家庭でこうした嘔吐の伝染が起こったら、掃除にかかる手間やベッドの廃棄率が数倍に膨らんでしまうでしょう。幸い猫には相手の気持を推し量ってあげる思いやりはないようです。 NEXT:嘔吐は減らせる?

吐く回数を減らす方法

 猫は基本的に吐く場所や時間を選びません。夜中の3時にタンスの上から飼い主のベッドの上に吐くということも十分ありえます。以下は猫の健康を損なうことなく吐く回数だけを減らすためのヒントです。どこからともなく聞こえてくる「カッコンカッコン」の恐怖を少しでも減らしましょう。

食べ過ぎや誤飲を予防する

 猫が吐く原因の筆頭は胃袋、腸への機械的な刺激です。胃腸への刺激は多くの場合食べ過ぎや一気食いによって生じますので、まずは給餌スタイルを変えてみましょう。
 例えば、1日の給餌回数が朝と晩の2回の場合、1回の食事量を減らして4~5回に分散してみます。こうすることで一気食いや大量食いがなくなり、胃袋や腸の急激な拡張を予防できるでしょう。
 食事以外では誤飲や誤食に気をつけるようにします。猫で多いのは「糸と針」「ネズミのおもちゃ」「骨の欠片」「ボタン電池」などです。こうしたものは飼い主の心がけで100%防ぐことができますので、部屋の中に猫が飲み込めそうな小さな物を置かないという基本方針を徹底しましょう。 猫の誤飲誤食リスト

毒物や薬剤を予防する

 目に見えないくらい小さな化学物質が嘔吐の原因になります。毒物の具体的としては観葉植物、有機性揮発物質、アロマオイルなどがあります。「これが有毒とは知らなかった!」というものがたくさんありますので、知識不足がないようしっかり確認しておきましょう。 猫にとって危険な毒物 猫にとって危険な有毒植物  以外な盲点としては、薬箱に入っている人間用の薬が挙げられます。薬は本来、体の調子を良くするためのものですが、量を間違って摂取したり人間用の薬剤を摂取してしまうと逆に体調不良に陥ってしまいます。猫が間違って近づいてしまわないようしっかりと管理しましょう。また猫の具合が悪そうだからと言って自己判断で投薬するのはNG中のNGです!必ず動物病院を受診し、獣医さんの処方箋に従って薬を与えるようにして下さい。

乗り物酔いを予防する

 人間と同様、猫にも乗り物酔いがあります。具体的には自動車、船、飛行機、キャリーに乗せての移動時などです。こうした移動に伴う横揺れや縦揺れは猫の耳の奥にある三半規管を刺激し、吐き気や実際の嘔吐を引き起こしてしまいます。
 船乗りと航海をともにした船猫たちはかなり揺れに慣れている猫の乗り物酔いは、30分間の揺れ刺激を1日5回の頻度で与えると慣れが生じるとされています(Crampton GH, 1991)。ただしトレーニングの間隔が2週に1度まで空いてしまうと効果がなくなりますので、最低でも週1の頻度でトレーニングしなければなりません。昔は「船猫」といって船乗りと共に航海する猫がいましたが、こうした猫たちは毎日揺れを経験していたためすっかり乗り物酔いを克服してしまったのでしょう。
 また人間や犬においては鍼灸で言う「経穴」(いわゆるツボ)を刺激することで吐き気や嘔吐を予防できるという報告がいくつか上がっています。例えば人間では「Reliefband®」という製品が発売されており、手首に装着した機器から出された電気パルスが経穴を刺激し、吐き気や嘔吐を減らすとされています。帝王切開で出産した妊婦を対象とした調査では効果がなかったとされていますが(Habib, Ashraf S, 2006)、化学療法を受けたがん患者では吐き気や嘔吐の回数が減ったそうです(Imad Treish, 2003)人間用の酔い止め電子機器「Reliefband」と犬用の酔い止め鍼「耳尖」  犬においては耳にある「耳尖」と呼ばれる経穴に置き鍼(円皮鍼)をすることで乗り物酔いを軽減できるとされています。一方、猫においては同様の経穴が確認されていませんので、吐き気を予防したい場合は「マロピタント」(商品名セレニア)などの制吐剤に頼るしか無いようです。

猫草で毛玉を予防する

 猫が食べても安全な植物に猫草があります。猫がなぜ猫草を食べるのかには諸説ありますが、その代表格が「胃の中に溜まった毛玉(ヘアボール)を吐き出しやすくする」というものです。
 猫草は胃の中の毛を絡めて吐き出しやすくする猫が吐き出したものをよく観察してみると、確かに草の周辺に飲み込んだ毛が絡まっていることがあります。草という「芯」がなかった場合、ここまできれいに吐き出すことはできなかったかもしれません。また草の先っぽが胃の内壁をチクチクと刺激するという役割を併せ持っている可能性もあります。
 猫草が吐く回数を減らしているのか逆に増やしているのかは微妙なところですが、猫のお腹の中をきれいにする効果はあるようです。いちど試してみてはいかがでしょうか?猫草導入の前後半年で嘔吐回数を比較すると効果がよく分かるでしょう。 猫草の種類と栽培方法

ストレスを減らす

 人間で言う「恋わずらい」のように、精神的なストレスが猫の食欲不振を招くことがあります。食欲不振になると胃液や胆汁ばかりが胃袋にたまり、白い泡や茶色い胃液を吐き出すようになってしまいます。ストレスで胃潰瘍になるかどうかまではわかりませんが、できるかぎりのストレス管理はしておきましょう。 猫のストレスチェック

嘔吐反射を止めてよい?

 猫の嘔吐物を掃除するのが面倒だからといって、嘔吐反射を途中で止めてはいけません。
 胃の内容物を吐き出そうとして「カッコンカッコン」えづいている最中、たまたまドアベルなど猫が驚くような音が鳴ると、嘔吐反射が途中で止まってしまうことがあります。人間でも、船酔いしている人の背中に冷水を浴びせると吐き気がおさまることが実験で確認されています。おそらくどちらのパターンも、「驚き」という神経回路のスイッチが急に入ったため、脳が処理しきれずに嘔吐反射のスイッチが切れてしまった結果でしょう。
 上記したように、嘔吐反射を途中で止めようと思えば止められます。しかし猫は理由があって胃の内容物を吐き出そうとしていますので、無理に止めようとしないで下さい。
腸閉塞中毒などまったく別の病気につながってしまう危険性があります。
NEXT:嘔吐のメカニズム

猫はどのように吐く?

 猫が胃の中にあるものを口から外に出そうとする時、人間と同じように「吐き気」(悪心, むかつき)のようなものを感じていると考えられます。この吐き気は具体的に「よだれが多くなる」「生唾を飲み込む」「口元をペロペロなめる」「背中を丸める」といったサインとして現れますが、猫ではそれほどはっきりしていません。「吐き気」の後は「えづき」から「嘔吐」へと移行します。

えづく

 吐き気を覚えた猫はまず後ろ足をたたんで背中を丸め、息を大きく吸い込んで横隔膜を収縮させて胃袋を上から押さえつけます。同時におなかの筋肉を収縮させて腹圧を高め、胃袋を下から押し上げます。ちょうど上下から挟み込むような感じです。 【画像の元動画】The Truth About Vomiting えづきにより横隔膜と腹圧で胃袋を上下から圧迫する  この連携プレーは絶妙なタイミングで自動的に行われるもので、意識してできるものではありません。胃の内容物を吐き出す前のこのモーションは「えづき」(retching, 空嘔吐とも)と呼ばれます。歯ブラシを間違って口の奥に突っ込んだときに無意識的に出る「オエッ!」というあれが立て続けに起こった状態といえばわかりやすいでしょう。猫の場合は「オエッ!」の代わりに「カッコンカッコン」という不気味な音を出しますのですぐに分かります。 えづき相ではのど、首、横隔膜、肋間筋、腹壁筋が調和した動きを見せる

嘔吐する

 えづきによって伸縮を繰り返した胃袋の中には、胃の内容物と腸から送り返された内容物が混じり合い、いよいよ嘔吐の準備が整います。嘔吐に際しては横隔膜、腹壁筋のほか、胃袋自体が強力に収縮することで胃の中身を強引に食道へと押し返します。このときの胃の収縮力はかなり強く、食道方向から胃の内壁が見えてしまうほどです。この過程が「嘔吐」(vomiting)です。
【閲覧注意】猫の嘔吐
 以下でご紹介するのは、猫が嘔吐する瞬間をとらえた動画です。リズミカルに「カッコンカッコン」と音を出しながら、胃の内容物を前方に吐き出します。食事中の方はご遠慮ください。 元動画は→こちら
 通常、胃の入口にある「噴門」と出口にある「幽門」は筋肉がギュッと締め付けられ、逆流しないように防いでいます。しかし嘔吐の最中だけは例外的に筋肉が緩み、通常とは逆に腸や胃の中身が逆流するよう促します。嘔吐が1回で足りなかった場合は、空になった胃袋に腸の内容物が再び逆流してパンパンになり、もういちど嘔吐を繰り返します。

猫の嘔吐中枢はどこ?

 脳内において嘔吐反射を司る部分は便宜上「嘔吐中枢」(vomiting center)と呼ばれます。しかしはっきりとした場所が特定されているわけではありません。模式的に表すと以下のようになります。 【画像の元動画】Physiology of Vomiting 人間や猫の脳幹における嘔吐中枢の模式図  猫はもとより、人間においても嘔吐の神経学的なメカニズムは完全に解明されているわけではありません。嘔吐を引き起こす刺激には胃や腸といった消化管からの刺激、のど(咽頭)からの刺激、バランス感覚を司る三半規管からの刺激、脳そのものからの刺激などがあります。一方、刺激を受け取る器官としては脳幹にある化学受容器トリガーゾーンと嘔吐中枢があります。

猫の胃袋は嘔吐向き?

 猫の胃袋の形はそもそも嘔吐に向いているようです。
 ビバー、ヌートリア、ハタネズミ、ハムスター、ラット、マウスといったネズミ目(Rodentia)の動物は嘔吐できないことで有名ですが、これまで「食道が長すぎて嘔吐ができない」という説が有力でした。しかし2013年に行われた調査(Charles C. Horn, 2013)により、食道の長さはそれほど関係なく、そもそも嘔吐を引き起こす神経回路自体が存在していないことが判明したと言います。さらに調査チームがネズミ目と同時に嘔吐できる動物(イタチ、ネコ、フェレット)の食道や胃袋を調べた所、胃の形が逆三角形の漏斗(ろうと)型になっており、内容物を食道方向に押し戻しやすくなっていることが判明したとも。 ネズミとネコの胃袋の形状比較図~ネコの胃袋はややロート型をしている  ネズミたちはたとえ食べたものが毒だったとしてもそれを吐き出すことができないというのは驚きですね。もしできたらネズミよけの効果も半減してしまうでしょう。一方猫の胃袋は漏斗を逆さにしたような形になっており、下の方を強く収縮すると中に入っているものが上(食道)の方にせり上がりやすくなっています。腹筋に力を入れて腹圧を高め、下から胃袋を押し上げると「ゲー」といった具合に中身が外に出るという仕組みです。

猫が嘔吐できない理由

 猫の嘔吐は神経と筋肉による複雑なメカニズムによって調整されています。しかし病気や怪我などで横隔膜や肋骨が傷ついた状態だと、嘔吐に必要な胸郭や腹腔の伸縮運動がうまくできなくなり、結果として嘔吐ができなくなってしまいます。たとえば交通事故による横隔膜の破裂、落下事故による肋骨の骨折などです。
 また老猫においては肋間筋や横隔膜の筋力が低下することで正常な嘔吐ができなくなります。
年をとってから吐く回数が減ったという場合は、猫が健康な証拠なのではなく老化の証拠です。「猫の老化・老衰」を参考にしながら介護してあげましょう。
NEXT:吐き戻しは嘔吐と違う?

嘔吐と吐き戻しの違い

 「嘔吐」が意志では制御できない反射であるのに対し、「吐き戻し」(吐出)とは自分の意志でコントロールして胃の内容物を吐き出すことです。一度飲み込んだ金魚を自分の意志で口の中まで押し返す「人間ポンプ」をイメージすればわかりやすいでしょう。
 猫にもし「吐き戻し」の能力があると、飲み込んだ錠剤を自分の意志で吐き出してしまいますので薬の効果が半減するどころかまったくゼロになってしまいます。幸い猫は「人間ポンプ」にように自在に胃の内容物を口から出せるわけではありませんので、ひとまずは安心です。 ウシによる反芻とペンギンによる吐き戻し(ペンギンミルク)  ちなみにこの「人間ポンプ」を日常的に行っているのが反芻動物です。「反芻」(はんすう)とは草食動物が一度食べた草を再び口の中に押し戻し、またクチャクチャと噛んで消化を促す行動を指します。また犬においても一度胃の中に入れて消化したものを吐き戻し、子犬に与えるという行動を観察することができます。同様の行動はペンギンでも観察され、吐き戻した半消化物は「ペンギンミルク」などとも呼ばれます。猫においてこのような行動は観察されていませんので、やはり「嘔吐」は得意だけれども「吐き戻し」はできないのでしょう。
 ただし食道に異物が引っかかっていたり、腫瘍ができていたり、食道の正常な蠕動運動が阻害される食道アカラシア(巨大食道症)の場合、例外的に猫でも吐き戻しをすることがあります。
特徴的な「カッコンカッコン」というモーションがないままいきなり吐き戻した場合は注意深く観察し、繰り返すようでしたら獣医さんにご相談下さい。
NEXT:吐いた後の掃除の仕方

嘔吐物の掃除の仕方

 猫が口から吐き出したものには水分の少ない「ソリッドタイプ」と水分の多い「リキッドタイプ」とがあります。固形成分が多いソリッドタイプの場合、トイレットペーパーにくるんでトイレに流したり、新聞に包んで燃えるゴミで出してしまえば処理は終了です。しかし液体成分が多いリキッドタイプの場合、床がカーペットや絨毯だと胃液が染み込んでいわゆる「ゲロ染み」を作ってしまいます。

ゲロ染みの落とし方

 ゲロ染みをきれいに落とす際は市販されているカーペットのシミ取り剤やホームメイドのシミ取り液を使います。毛足(パイル)の長い絨毯では難しいですが、タイルカーペットのような短い素材の場合はけっこうきれいに落ちてくれます。また数ヶ月~数年時間が経過したものでも意外と落ちます。 猫の嘔吐物がカーペットに染み込んでできた通称「ゲロ染み」  上の写真は私の家に実際にあったゲロ染みです。左側を「市販のシミ取り剤」で、右側を「自作のシミ取り剤」で掃除してみましたのでビフォーアフターをご確認下さい。

市販のシミ取り剤

 ホームセンターなどで売られているシミ取り剤をカーペットのシミ部分に染み込ませます。汚れが浮き上がったらきれいなタオルなどでゴシゴシこすりましょう。ちなみに今回使用したのはリンレイの「カーペットしみとり」という商品です。 市販のシミ取り剤をカーペットの汚れに浸して汚れを浮かせる  ある程度汚れが落ちたら「重曹」(ベーキングソーダ)を軽くふりかけて水分を吸収させます。この間猫が近づかないようカバーなどをかけておいて下さい。水分が飛んだら重曹を掃除機で吸い取って完了です。染みのあった場所がわからないくらいきれいになりました。 染みが取れたら重曹をかけて余分な水分と臭いを飛ばす
🚨危険なシミ取り剤  カーペットのシミを取る際は歯磨き粉や消臭剤を使わないで下さい。猫が誤ってなめたり、足の裏に付いた成分をグルーミングのついでに舐め取ってしまうと思わぬ体調不良を引き起こしてしまう危険性があります。

自作のシミ取り剤

 シミ取り剤は自分で作ることもできます。使う材料はお湯(200cc)、食塩(スプーン1杯程度)、食器用洗剤(スプーン1杯程度)、消毒用アルコール(スプーン2杯程度)、ホワイトビネガー(50cc程度)です。上記材料をよくかき混ぜたらカーペットのシミ部分に染み込ませます。汚れが浮き上がったらきれいなタオルやスポンジでゴシゴシこすりましょう。 自作のシミ取り剤をカーペットの汚れに浸して汚れを浮かせる  ある程度汚れが落ちたら「重曹」(ベーキングソーダ)を軽くふりかけて水分を吸収させます。この間猫が近づかないようカバーなどをかけておいて下さい。水分が飛んだら重曹を掃除機で吸い取って完了です。ビネガーの匂いが残ってしまいますので、面倒でも重曹を使って水気と臭いを飛ばしたほうがよいと思います。 重曹に余分な水分と臭いを吸い込ませたら掃除機できれいに吸い取る

吐かせ場所をしつけられる?

 猫を飼っている人すべてに共通している夢は「吐くときは自発的にトイレに行ってもらいたい!」というものでしょう。果たして、吐き気をもよおした猫が自分の意志でトイレに行き、そこで嘔吐するようしつけることはできるのでしょうか?結論から言うと「かなり難しい」となります。
 嘔吐は自己報酬的な行動であり、その行動を終了すること自体が猫にとってのごほうび(快感)になってくれます。理想は「猫がカッコンカッコンえづき始める→飼い主が猫をすかさずトイレ(=吐いてほしい場所)に連れていく→猫が吐く→快感が生じてご褒美になる→以降、自発的にトイレに行ってくれるようになる」というものです。しかしえづいている猫を捕まえることは容易ではありませんし、危険でもあります。また仮にトイレに連れていけたとしても、学習が成立する(=行動頻度が高まる)ためには数十回の反復が必要です。
 猫が吐くたびにトイレに連れていくという練習を繰り返せば可能性はゼロではありませんが、猫に「吐き場所」を覚えさせることはそう簡単ではなさそうです。
飼い主が嘔吐の途中で邪魔すると、外に吐き出すべきものが体の中にとどまってしまいます。腸閉塞を引き起こす危険性がありますので、「カッコン」が聞こえたら静かに見守ってあげましょう。