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猫の咳が心配になったら~原因・発生メカニズムから関連する病気まで

 猫がケホケホと苦しそうに咳をしています。飼い主としては心配になりますが、果たして放っておいてもよいのでしょうか?咳の原因や発生メカニズムを知ると同時に、考えられる病気についても考えていきましょう。

猫が咳をする原因

 咳とは空気の通り道である気管や肺の中に、本来あってはならないものが入り込んでしまったときに起こる反射のことです。空気を勢いよく肺の中から吐き出すことにより、気道内にとどまった障害物を強引に押し出すという働きがあります。 猫の咳には、鼻から息を出すタイプと口から出すタイプとがある

猫が咳をする

 猫が咳をする場合、空気を押し出す横隔膜(おうかくまく=みぞおちにある筋肉の膜)や肋間筋(ろっかんきん=肋骨の間に挟まっている小さな筋肉)がうまく収縮するよう、四つんばいになって頭を下げ前方に突き出します。その姿勢で口をあけて少し舌を出し、「ケホケホ」と勢いよく息を吐き出します。気道に入った異物を「キーボードのすき間に溜まったゴミ」、咳を「エアダスター」に置き換えればわかりやすいでしょう。「シュッ!」と空気を当ててゴミを吹き飛ばすという原理です。
猫の咳
 以下でご紹介するのは、猫が咳をする瞬間をとらえた動画です。息を吐き出すとき、すなわちおなかがへこむときに「ゼーゼー」という痰が絡んだような音を出しています。 元動画は⇒こちら
 食べ物の通り道である食道に空気が入ってしまった場合はゲップとして吐き出すだけで十分です。しかし逆に食べ物が気道に入ってしまった場合、空気の通り道を遮断して呼吸困難に陥ったり、食べ物が腐って炎症を引き起こしたりしますので、早急に取り除く必要があります。本人の意思とは関係なく「反射」という形ですばやく咳が起こるのはそのためですね。
咳の速さは?
 Wikipediaでは咳の瞬間的な速度は時速160kmに達するとされていますが、近年行われた調査によりそんなべらぼうな速さにはならないことが確認されました(Nishimura, 2013)。デジタルハイビジョンカメラを用いたこの調査では、せいぜい時速18kmとされていますので、ノロノロ運転のスクーター程度です。さらに人間よりも呼吸筋が弱い猫においてはさらに遅くなると考えられます。

猫の逆くしゃみ動画

 猫は「逆くしゃみ」(Reverse Sneezing)と呼ばれる現象を見せることがあります。これは、大きな音を出しながら繰り返し息を吸い込む動作のことで、正式には「咽頭絞扼反射」もしくは「発作性呼吸」といいます。息を吸い込むとき、すなわち肋骨が膨らむときに鼻の奥から「グーグー」という音を出すのが、通常の咳との最大の違いです。
猫の逆くしゃみ
 以下でご紹介するのは、猫が「逆くしゃみ」をするときの動画です。息を吸い込み、肋骨が膨らむのと同時に、軟口蓋付近から大きな音を出しています。通常、特別な治療は必要なく、自然に収まります。 元動画は⇒こちら
 「逆くしゃみ」の理由は定かではありませんが、おそらく鼻の奥の違和感を取り除こうとしているのだろうと考えられます。私たち人間は、鼻の奥に米粒が挟まってしまった時、いったん鼻から息を吸い込んでのど元まで落としてから吐き出します。一方、猫の「逆くしゃみ」を観察してみると、「息を吸うときに音が出る」「発作の後に何かを飲み込むしぐさを見せる」といった特徴がうかがえます。こうした特徴から考えると、猫も人間と同じように息を勢いよく吸い込むことで鼻の奥の異物を吸い込み、それを飲み込もうとしているのかもしれません。つまり「逆くしゃみ」は、「くしゃみ」と言いつつ実は咳のバリエーションの一つであり「のどに違和感→ケホケホと吐き出す」「鼻とのどの中間に違和感→グーグーといったん吸い込む」(=逆くしゃみ)という役割分担があるということです。

咳が起こるメカニズム

 猫の咳は人間の場合と同様、非常によくできた神経回路によって調整されています。具体的には以下です。難しい漢字は読み飛ばしてかまいません。
咳反射を司る神経や筋肉
猫における咳反射の神経系解剖図
  • 気道への刺激機械的刺激(カテーテルの挿入や食物の混入)や化学的刺激(二酸化硫黄やガスなど)が気道に侵入する
  • 気道の受容器喉頭、喉頭蓋、気管、気管支粘膜、肺などにある受容体(レセプター)が刺激を認識する
  • 求心線維によるの刺激の伝導三叉神経、舌咽神経、上喉頭神経、迷走神経、横隔神経といった求心神経を通じて刺激が脳に伝えられる
  • 延髄の咳中枢延髄腹外側部にある咳中枢に刺激が伝えられる | この中枢は咳と同時に呼吸や嚥下反射も司っている | 髄質内に抑制性ニューロン群があり「低酸素によって咳が抑制される」など拮抗的に働いていると推測される
  • 遠心線維による指令の伝導迷走神経、横隔神経、肋間神経、下咽頭神経、腹壁筋(腹直筋、内腹斜筋、外腹斜筋)などを通じて「咳をしろ」という脳からの指令が伝えられる
  • 筋肉脳からの指令を受け取った横隔膜、喉頭筋、腹壁筋群が収縮し、声門の閉鎖や呼気筋群の瞬発的な収縮が起こる→咳!
 気管や気管支の粘膜には異物の存在をとらえる受容器がたくさん存在しており、大きなものだろうと(機械的な刺激)、目に見えないくらい小さなものだろうと(化学的な刺激)逃しません。そしてとらえられた刺激は求心性の神経線維を伝って脳に伝えられます。以下は気道の上皮1平方mmあたりに含まれる神経の数です(J.G. Widdicombe, 1995)。特に気管が左右に分かれる「竜骨」(carina)と呼ばれる分岐部の神経がかなり豊富であることがおわかりいただけるでしょう。「ここから先は気管支なので絶対入らないでね!」という強い意志を感じます。 気道上皮1平方mmに含まれる神経の数(動物間比較)  求心性の神経線維から脳に送られた信号は「咳をしろ」という指令に転換され、今度は逆向き(遠心性)の神経線維を通じて筋肉に伝えられて咳が発生します。この一連の流れがケホケホという「咳反射」です。2004年に行われた調査では、鼻の粘膜をカプサイシン(とうがらしに含まれる刺激物質)で刺激すると、気管や気管支への機械的な刺激で咳反射が起こりやすくなると報告されています(J.Plevkova, 2004)。これと同じようなまだ発見されていない咳反射のメカニズムがあるかもしれません。
猫にも空咳はできる?
 空咳(からせき)とは自分の意志で咳をすることで、気道の中に異物が存在していなくても出すことができるという点で「咳反射」とは区別されます。人間ではよく見られますが、おそらく猫にはできないでしょう。より厳密に言うと、カラオケを歌ったり照れ隠しをする必要がないため、そもそもやる機会がないといったところです。

猫の咳を引き起こす刺激

 猫の咳を誘発するものは先述した通り、気道に対する何らかの刺激です。
 肉眼で確認できない小さな刺激としてはホコリ、タバコの煙、空気汚染による微小粒子状物質(PM2.5)などがあります。一方、肉眼で確認できる大きな刺激としては、誤って気道に入ってしまった食べ物、たまった痰(たん)、気管内壁にできた腫瘍、気道の中に生息する寄生中の一種「肺虫」などがあります。後者の肺虫はカタツムリやナメクジといった腹足類の粘液に含まれている可能性がありますので注意してください。肺に入ると長引く咳やゼーゼーという苦しそうな咳を引き起こしてしまいます。 猫肺虫症に関する基礎知識 A.abstrususL1幼虫の特徴は、頭部と尾部のカーブ  不思議なことに、化学的な刺激と機械的な刺激は別々の神経によって脳に伝えられると推測されています。具体的には、化学的な刺激がゆっくりと刺激を伝導する無髄C線維、機械的な刺激が素早く刺激を伝導する有髄Aδ線維を通じて送られるというものです。肺は化学的な刺激に敏感で、気管や大きめの気管支は機械的な刺激に敏感という特徴もあります。また化学的な刺激の方は局所麻酔薬(プロカイン)で抑制されないのに対し、機械的な刺激は抑制されるという性質上の違いもあります。
プレボッツィンガーコンプレックス
 プレボッツィンガーコンプレックス(Pre-Botzinger Complex)とは延髄腹外側部にある呼吸中枢の一部です。2012年、東京大学大学院などが行った調査により、ここに存在しているアストロサイト(星状膠細胞)が自発的な呼吸リズムを作っていることが明らかになり「呼吸調節に関するミステリーが解明された!」と話題になりました。猫が咳をした時に活性化する求心線維もこのボッツィンガーコンプレックスとリンクしていることが確認されていますので(R.Shannon, 2000)、呼吸と咳とは密接に絡み合ってコントロールされていることがうかがえます。

うまく咳ができない原因は?

 猫の咳反射は神経と筋肉によって絶妙にコントロールされされています。しかしどこか1ヶ所にでも不具合が生じるとコントロールが崩れて咳がうまくできなくなってしまいます。例えば以下のようなパターンです。
咳反射のトラブル
  • 鎮咳薬(咳止め)などで受容器が麻痺する
  • 神経が傷ついて声門が閉じなくなる
  • 肋骨を負傷して肋間筋を収縮できなくなる
  • 横隔膜を負傷して横隔膜を収縮できなくなる
  • 老化で筋肉が衰える
 薬箱に入っている咳止め薬を間違えて飲んだりすると受容器に麻痺が起こるでしょう。またトリの骨を丸呑みして神経に傷がつくと声門が閉じなくなってしまうかもしれません。さらに交通事故や落下事故などで肋骨や横隔膜が損傷すると、息を吐き出すことが難しくなりまったく咳ができなくなります。
 特に老猫において問題になるのは、体力が弱って横隔膜や肋間筋、腹壁筋群を収縮できなくなることです。その結果、気道の中に異物が入ってもうまく咳を起こすことができず、入り込んだ異物が炎症を起こして肺炎を引き起こしてしまうことがあります。これが老猫でよく見られる誤嚥性の肺炎です。人間の場合と同様、身の回りの世話をしたり介護する人が注意してあげる必要があるでしょう。 老猫の介護と痛みの管理

猫の咳を引き起こす病気

 猫の咳は通常、数秒~数分で収まります。もし咳がなかなか止まらない場合や、毎日欠かさず咳をしているような場合、もしくは「ゼーゼー」という苦しそうな音が混じっているような場合は、感染症や心臓の病気、肺の病気やアレルギーが考えられますので、獣医さんに相談しましょう。また猫の「逆くしゃみ」はほとんどの場合、自然に収まりますので特別な治療は必要ありません。ただし発作が長時間続く場合や、週に何回も見られる場合は、副鼻腔炎、鼻の中やのどの腫瘍といった可能性も考えられますので、念のため獣医さんに相談しましょう。以下は猫の咳反射を引き起こす代表的な病気のリストです。
咳から考えられる病気
 ちなみに近年、人間において「アーノルド神経-耳咳反射」という奇妙な現象があることが確認されました(Nicole M. Ryan, 2014)。これは耳(外耳や耳管)の皮膚感覚を伝える迷走神経耳介枝(通称アーノルド神経)に神経過敏が起こり、耳の穴を刺激することでなぜか咳が誘発されるという珍現象のことです。 アーノルド神経(迷走神経耳介枝)への刺激で咳が誘発される現象は猫にも起こりうる  アーノルド神経(迷走神経耳介枝)は猫にもありますので、耳掃除をするたびになぜか咳をするような場合は、上記「アーノルド神経」が過敏になっている可能性があります。猫が突然動いて耳を傷つけてしまわないようくれぐれもご注意下さい。 猫の耳かきの仕方